第23話 秋は夕暮れ(6)プロポーズ

 それからの記憶は、酷く曖昧で古い活動写真のようになってます。

 何人もの警察に囲まれて話しを聞かれました。

 怒りながら言う警官も入ればゆっくりとした口調で優しく聞いてくる警官もいました。お医者さんのような人もいた気がします。

 僕は、誰が来ても正直に答えました。

 嘘を言う理由なんて一つもない。

 でも、彼女のことだけは隠しました。

 それは僕にとって大切な物。

 誰にも触らせたくないし、聞かせたくない。

 

 父親も僕に会いに来ました。

 父親は、とても僕を心配していました。

 身体は平気なのか?

 ご飯はしっかり食べているのか?

 弁護士さんを雇った。罪を軽くしてもらえるようお願いしてる。

 父は、来る度にどこかに怪我を作っていました。

 僕のせいだろうなと何となく分かりました。

 

 母は、一度も会いに来ませんでした。

 その事に別にショックはありません。

 母にとって僕のような存在は理解できないもの、必要のない存在なのだから・・・。


 弁護士さんから裁判が始まると言われた。

 しっかりと受け答えしないといけないよ、聞かれたら反省してます、ちゃんと謝罪の言葉を述べるようにとも言われました。

 もう覚えていないけどけど学校の先生みたいだな、と思いました。

 僕は、正直に答える代わりにカラスのマスクを被らせて欲しいとお願いした。

 あれがないと人前に出れないから、と。

 あれがあれば正直に話すことが出来るから、と。

 前代未聞な事なので当然揉めたようだが、最後には要望が通った。

 どちらにしても未成年だから顔を隠さないといけないし、正直に話してもらった方が良いと判断したのだろう。


 僕は、カラスの頭を被って出廷しました。

 やはりこれを被ると勇気が出てきます。

 僕は、約束通り正直に話しました。

 背後にある傍聴席からは僕を非難する声、恨みのこもった視線が背中を叩きつけてきます。

 僕は、弁護士に言われたように何度も頭を下げました。

 母親と子供の写真を抱き抱えた男が必ず「お前を許さない!」「妻と子を返せ!」と叫んでいたが、何故だろう?凄く嘘っぽく感じました。

 僕は、傍聴席に目を向ける度に彼女を探しました。

 僕に会いに来てくれるのではないかと期待しました。

 でも、彼女は現れませんでした。

 その度に僕の心は虚しくなりました。

 もう彼女には会えないのではないか、そう思いました。


 そして裁判最後の日。

 傍聴席にはこの日も家族写真を抱えた男が僕を睨んでいました。

 僕が「幸せそうに見えたから」と口にしてから嘘っぽいことは言わなくなり、怒りのこもった目で僕を見るようになった。

 父は、僕の近くの席に座っている。

 また、怪我が増えていた。

 傍聴席の隅の方に母の姿も見つけた。

 無表情に僕を見下ろしていた。

 ああっ結局この人は僕のことなどどうでも良いのだな、と感じた。

 しかし、そんなことは全てどうでも良かった。


 なぜなら彼女が座っていたから。

 彼女が傍聴席に座って僕を見ていたから。


 僕は、それだけで心臓が高まりました。

 弁護士の話しも、検事の話も傍聴席の野次も全てどうでもいい。

 彼女がいてくれる。

 それだけで嬉しかったんです。


 裁判長が僕に前に出るよう言いました。

 そして最後に言いたいことはあるか、と。

 当然、ある。

 僕は、傍聴席の方を向きました。

 あれだけ野次を飛ばしていた人たちが押し黙りました。

 僕は、彼女を見ました。

 彼女だけしか見ませんでした。

 本当にマスクを被っていて良かった。

 勇気を持って貴方に伝えることが出来ます。

「愛しい人よ」

 僕は、絞り出すように言葉を出しました。

「また、必ず会いに行きます」

 それが僕からのプロポーズでした。

 

 傍聴席の人たちが叫び出しました。

 怒りの咆哮を上げました。

 罵る声が黒い外套に突き刺さりました。

 しかし、そんなのは関係ありません。

 この一世一代の告白が彼女にだけ届けばいい。

 そう思い、僕は彼女を見ました。

 彼女は、僕を見ていました。

 冷えるような、見られるだけで全身を突き破られるような怒りのこもった目で僕を見ていました。

 その目に込められた感情の名はそう言うのに疎い僕でも分かりました。


 その感情の名は・・・憎悪。


 その瞬間に僕は悟りました。

 僕は、現世では彼女と結ばれないのだ、と。


 腹部に熱い痛みが走りました。

 家族写真を抱えていたあの男がいつの間にか僕に近づいてきて何かで僕のお腹を刺しました。

 マスクの中で口からゆめりとした物が溢れました。

 僕は、その場で倒れて天井を仰ぎました。

 男が逃げていくのが気配で分かりました。

 彼女が「ありがとう」と言うのが聞こえました。

 父が僕の名を呼びかけています。

 意識が遠のきます。

 それでいい。

 僕は、もうこの世にいる意味がない。

 死んで、生まれ変わってもう一度、彼女に出会うのだ。

 次こそは・・・絶対に。


 扉からガシャンと言う音がした。

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