第22話 秋は夕暮れ(5)犯行
次の日の朝、僕は寝静まっている家の中を彷徨っていました。そしてキッチンに行き、三徳包丁を手に持ってタオルに包んで服の下にしまいました。
もうこの家に戻ってくることはない、そう思って家を飛び出しました。
僕は、駅へと向かいました。
駅に行ったのは小学生の時以来です。
駅付近の様子は記憶とはまるで違っていました。
店も、建物も、人の数も幼い記憶と何一つはまりませんでした。
電車の出発時間は事前にネットで調べていたから時間には余裕がありました。
僕は、駅の近くにあるディスカウントストアに入りました。店の中はCMにも使われている軽快な音楽が流れ、多くの人がおり、魅力あるゲームや玩具が並んでいましたが、それらには目もくれず、僕はパーティー用品の売られている棚に行き、マスクコーナーで足を止めました。
僕は、臆病です。
今のまま言ってもあの時みたいに足が竦んで動けなくなるかもしれない。
だから僕は変身する必要があった。
彼女を守る為に、強く!
僕の目の前に飛び込んできたのはゴムで出来たカラスの頭でした。他にもヒーローや漫画の主人公を模した物があるのに、何故か僕はこれに惹かれて目を逸らすことが出来ませんでした。
僕はカラスのマスクと黒い外套を購入しました。
店員は慣れたものでこんな歪な組み合わせを購入しても咎めることすらありませんでした。
僕は、それらを持ったまま駅の中に入り、切符を購入して改札口を抜けました。
この時ばかりは裕福な家に生まれたことに感謝しました。
必要なことをやり遂げる為の軍資金を簡単に手に入れることが出来たのだから。
そして僕は電車に乗り込むと外套を羽織ってカラスの頭を被りました。外套の中では三徳包丁を握っています。
これで彼女を救う準備が整いました。
僕は、正義の味方となって車両の中へと入り込みました。
車両の中は騒然としました。
阿鼻叫喚が走り、客たちは反対方向に逃げようとしています。
しかし、僕の耳にはそんな声は入ってきません。
逃げ惑う客なんかもどうでもいい。
見つけた!
僕は、直ぐに彼女を見つけることが出来ました。
彼女も僕を見ていました。
白と黒の瞳が喜びで震えているのが分かりました。
僕は、彼女の方に行こうと足を踏み出しました。
「なんだお前は!」
客の1人が僕の胸ぐらを掴みました。
いじめっ子と同じ目で僕を睨んできました。
でも、このマスクのお陰かまるで怖くありませんでした。
邪魔だな・・・。
僕は、持っていた三徳包丁で僕の胸ぐらを掴む手を刺しました。
その途端に客は悲鳴を上げて手を離し、蹲ってしまいました。
なんだ。弱いな。
僕は、男の腹を蹴飛ばして端に退かすと歩みを進めました。
逃げずに席で蹲っている親子が目に入りました。
小学生くらいの男の子2人を母親がぎゅっと抱きしめて守っています。
なぜだろう。その姿が堪らなくムカつきました。
僕は、包丁を親子に向かって何度も何度も振り下ろし、突き刺しました。
母親が2人に覆い被さり、守ろうとします。
腹が立ちました。
何度も何度も包丁を振り下ろし、突き刺しました。
やがて親子は、動かなくなりました。
僕の身体は、赤黒く染まっていました。
僕は、マスクの中で思わず笑ってしまいました。
楽しい・・・。
僕は、再び歩みを進めました。
人を切り付けるのはとても楽しくて僕は逃げ惑う人を容赦なく切りつけました。
彼女は、身体を震わせて僕を見てました。
僕が来てくれたことを喜んでいるに違いない。
ひょっとしたらこんな僕の姿を格好いいと思ってくれたのかも知れない、そう思うだけで胸が高鳴りました。
僕は、彼女の目の前まで来ました。
僕は、包丁を握ってない、血で汚れていない手を彼女に伸ばそうとしました。
その時です。
彼女の前にあの男が現れました。
男の顔は、マスクの限られた視界の死角に入ってしまい見えません。でも、あの男であることは間違いありませんでした。
男は、両手を大きく伸ばして僕が彼女に近づけないようにしました。
男は、彼女に何かを話しかけています。
彼女も男の顔を見て・・・安心したような、嬉しそうな顔をしました。
僕には見せたことのない顔でした。
視界が赤黒く染まりました。
気がついたら包丁は、僕の手から消えていました。
血に染まっていなかった方の手も赤く染まっていました。
そして彼女に抱き抱えられている男の腹に包丁が突き刺さっていました。
彼女の泣き叫ぶ声が耳に入り込んできました。
それからどうなったのかは覚えていません。
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