第20話 秋は夕暮れ(3)愛しい人
「僕ね。花を綺麗と思ったことがないんです」
鳥頭は、話し出す。
自分の話しを。
「母は、子供の頃はとても優しかった。いつも僕の事を第一に考えてくれている人でした。」
母は、よく公園に僕をら連れて行ってくれました。
そして花壇の前で「綺麗ね」と笑いかけてくれましたが僕には何が綺麗なのかが分かりませんでした。と、言うよりも母の言っていることが何一つ分かりませんでした。
絵本の話しを聞いても何がめでたしめでたしなのか分かりませんでした。悪い奴が退治されたから何なのだろう?王子様とお姫様が結ばれたから何なのだろう?と。
犬や猫を可愛いと言うのも分かりませんでした。鳴いてうるさいだけだし、臭いし、舐めてくるのも気持ち悪いし。頭を叩いて悲鳴を上げるのは面白かったけど直ぐに母に怒られてしゅんっとしたのを覚えています」
カナは、左目を細めて鳥頭を睨む。
やはりこの男はおかしいのだ。
普通ではないのだ。
そんなカナの視線に気づき、鳥頭は首を向ける。
カナの肩が震える。
「気持ち悪いですよね」
カナの心を読んだように鳥頭は言う。
「だから小学校に上がると同時に僕はいじめられましたよ。僕は身体が小さく、太っていて、頭も悪かった。いじめの対象としては持ってこいです。
誰も僕を守ってくれる人はいませんでした。
先生でさえも守ってくれませんでした。
ある日、あまりにも酷いいじめに頭がきたので持っていた鉛筆でいじめっ子の1人の足を刺したんです。
そしたらそいつは僕をあれだけいじめてきたにも関わらず先生に言いつけました。大した怪我もしてないのに。
先生は、僕を怒りました。
まるでいじめをしているのは僕だと言わんばかりに怒りました。
それ以来、僕は学校には行きませんでした。
小学校に行ったのは卒業式だけです。
母は、僕が学校に行かなくなっても何も言いませんでした。むしろ部屋から出ない事を望んでいるかのようでした。
父は、学校にいじめのことで何度も話しに行ってくれたようです。しかし、学校はそんな事実はなかったと取りあってはもらえなかったようです
しかし、父には申し訳ないのですが学校が取り合おうが取り合わなかろうがどうでも良かったのです。
僕の願いは干渉しないで欲しい。
それだけでした。
僕は、父の買い与えてくれたパソコンでネットに潜ったり、電子書籍を買ったり、夜中に母の財布からお金をくすねて外出したりしました。
快適でした。
僕にはこの生活がとても合っているようでした。
この生活がずっと続けばいい。
そう思っていました」
「じゃあ、なんであんなことしたのよ」
冷たい声が風となって鳥頭の耳に入り込む。
カナが腹の底が冷え込むような冷たい目で鳥頭を睨む。
「快適だったならずっと閉じこもっていればよかったじゃない。自分1人の世界に閉じこもっていれば良かったじゃない。なのになんであんなことをしたのよ」
鳥頭は、嘴を下げる。
「やはり貴方はあの時いらした方なんですね。
言い訳をしようがありません。
その通りだと思います。
僕があんなことをしなければ誰も不幸にはならなかった」
「じゃあ何で・・・」
「出会ってしまったのですよ」
カナの言葉を鳥頭は遮る。
「愛おしい人に」
それは15歳にもう少しで終わりを告げると言う日の夜だった。
いつものように母親のお金をくすねた鳥頭はコンビニに行ってお菓子と特典付きの漫画を買って家に戻ろうとした。
その時、運悪く小学校の時の同級生達に出会った。
しかもその中の1人が鳥頭が鉛筆で足を刺した湘南だった。
鳥頭に気づいた同級生達は鳥頭を取り囲み暴行を働いた。
やり返す術のない鳥頭は身体を丸めた終わるのを待った。
どうせやり返しても意味がない。
痛いのなんて我慢すればいいだけだ。
それだけで終わるのだ。
「ちょっと何してるの!」
女性の声が聞こえた。
とても綺麗な女性の声が。
彼女は持っていたカバンを振り回して同級生たちを追い払うとスマホを取り出して耳に当てる。
「今、警察呼んでるから待ってなさい!」
そんな事を言われて待つ奴などいない。
同級生たちは、すぐに消え去った。
「大丈夫?」
その時に僕は初めて彼女の顔を見ました。
長い髪が特徴的な、右目の部分が前髪で隠れているがとても綺麗な顔立ちの女性でした。
こんな綺麗な女性を見たのは初めてでした。
彼女は、笑顔で無様に倒れ込んでいる僕に手を差し伸べてくれました。
僕に向けてくれた笑顔を僕は生涯わすれません。
この瞬間、彼女は僕の愛しい人になったのです。
そして彼女をあの男から守る為に僕はあの事件を起こしたんです。
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