第6話 意味
身体が熱い。足が重い。通りすぎる生徒たちが、怪訝な顔をしてこちらを見ている気がした。でもそれでもいい。今は、今はただ、自分にできることをしたい。吐いているのか吸っているのかわからないような呼吸をしながら、俺は校内を爆走していた。どこにいる。どこにいるんだ、亜季。俺は不安な汗を流しつつも、ただがむしゃらに足だけを動かしていた。
もしかして、返事をしに行ったのか? 俺は一瞬立ち止まり、多量に息を吐きながら虚空を見つめた。それなら、どこへ行く。ふと、頭に電気が走った。確か、ゲームのシナリオでは、裏庭が告白の舞台になってる。そこだ。そこしかない。俺は踵を返し、硬いコンクリートを力いっぱい蹴り飛ばした。
裏庭へつづく廊下に差し掛かると、遠目に女子生徒の姿が見えた。亜季だ。息も絶え絶え、身体の力ももう底をついていたが、上半身をやれるだけ前のめりにし、俺は走った。走れ。前に進め。あいつが扉を抜けたら、もう間に合わなくなってしまう。もはや自分が前に進んでいるのかもわからず、風景もグニャグニャとゆがみ始めたが、俺は脚を必死に前へと出した。亜季。亜季。喉に力をいれるが、かすれた空気だけが口から出ていた。もう少しなのに。もう少しで伝えられるのに。太陽は見えなくなってしまったが、その光がまだ空に残っていた。すると、妙な物音に気づいた亜季が、くるりと後ろを振り返った。それにも気づかず、俺はひたすらに脚を動かそうとしていた。
「ど、どうしたの?」異変に気づいた亜季が近くへと駆け寄ってきてくれた。俺は膝に手をつきながら、息をゆっくりと吐いたり吸ったりした。そして頭を上げ、彼女の顔を見つめた。
「だいじょう―」亜季が言葉を言い切る前に、俺の顔は彼女の頭に引っ付いていた。彼女の小さい両肩を力ない両腕で包み込む。心臓の鼓動が制服を通して彼女に伝わる。なんとも、不恰好な自分だった。
「さっきは、ごめん。」激しく出入りする空気をなんとか取り込んで、俺は言葉を発した。鼻にはラベンダーの匂いが立ち込めていた。
「俺は、バカなんだ。でも、バカでいたい。」
身体にわずかばかり残っていた力を腕に入れると、さっきよりも彼女と接する面積が増えた。これでいいんだ。俺には、こんなことしかできないんだから。
徐々に呼吸も落ち着いてきて、耳をすませば、彼女の鼓動が俺に伝わってきていた。か細く、温かみのある音だった。なんだか不思議だ。今まで散々、飯を共にしてきたのに、いま初めて、彼女が生きてるってことを感じる。
気づくと、彼女の白い腕が俺の腰にまわっていた。まるで壊れ物を触るかのように、やさしく、彼女は俺を抱き寄せた。そして胸にうずまっていた顔をぎこちなく上げた。彼女の目は、濡れていた。でも、笑っていた。
「ありがとう。私も、大好きだったよ。」
太陽が完全に姿を隠し、世界は暗闇に包まれた。ただ一つ、窓から見える電灯が闇の中で凛々しく輝いていたのだけは、覚えている。
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