シンギュラリティノーセンキュ!
kirinboshi
第1話 未来からの使者
平日の住宅街の薄暗い部屋で、俺は世界をアッと驚かすことをしていた。
俺がテンポよく刻むキーボードのカタカタという音が、ひとりきりの部屋に鋭く響き渡った。
これほどまでに高速ハッキングを実行できる高校生が他にいるであろうか。
――いや、いるはずがない!
俺は今、莫大な金額の仮想通貨を盗んでいる途中だった。
俺のウォレットには信じられないほどの数値が表示されていく。
一、十、百、千、万、億、兆、京、垓……。
俺にはこれ以上数えることができなかった。
これでどんな大富豪よりも、俺の方が金持ちだといえるんじゃねえか!
「よおスーパーハッカーさん」
誰もいないはずの俺の部屋から、男の声がした。
「誰だよ!」
俺は振り返ってそいつを睨みつけてやろうとした。
がしかし振り返っても誰もいないのだ。そして背後に人の気配を感じた。
時すでに遅し。
殺される……。
ハッカーの道を選んだ俺の結末ってこんなもんだよなあ。
盗んだ金ででかい家建てて、ハーレム作って楽しい人生を送るつもりだったのに!
「殺すなら早くやれよ!」
やけくそ気味に俺は遠吠えをあげる。
背後にいる人物の体の一部が俺の背中に当たっているが、まるで金属のような冷たさだった。
「殺すなんてとんでもない」
背後にあった気配は消え、正面に筋骨隆々の武道家が現れた。
武闘家の右半身は金属でできていた。
これで顔も半分金属なら、まるで理科室にある人体模型のようだが、顔全体は生身の人間であった。ってなんでそんな変なやつが俺の家の中にいるんだ!
「お前は選ばれたのだ」
「……何に選ばれたんだよ。恋人にしたいひきこもりナンバーワンか?」
「部分的には合っているかもだが、本質的にだいぶ違う」
「じゃあ何?」
「お前は歴史上ナンバーワンのハッカーに認定されたんだ」
「誰がそんなもんを認定するんだ?
それに今日がハッカーとしての俺の初仕事だぜ」
「そう、今日がお前の初仕事で仕事納めだ」
「どゆこと?」
「このままだとお前は今回のハッキングで捕まってしまう。
そして、死ぬまで刑務所に入れられてしまう運命なんだ」
「ええーーー!」
なんてことだ!盗んだ金で豪邸を建ててハーレム生活をするつもりだったのに!
「ってなんでそんなことがわかるの?」
「俺は未来人だ。2070年から来た」
「へー」
「未来はAIに支配されて大変なことになっている。お前の力がないと人類の尊厳が消えてしまう」
「あのさあ、お前お前って言ってるけど、俺にもちゃんとした名前があるんだぞ」
「令和の時代に生きているから、お前を令和人と呼ぶことにしよう」
「はあ?」
「もう一度だけ聞くぞ令和人。
俺についてきて未来の人類を救うか、この世界で逮捕されるか、さあどっちだ?」
捕まるのは嫌だ! それならいっそ未来でやり直した方がいいのかもしれない。
「わかった。ハッキングの力も試してみたいし、いっちょ未来に行ってみるか!」
「よし、そうと決まったら早速タイムワープだ」
半サイボーグの武闘家は粉のようなものをまいた。飛び散った粉は七色に光り俺たちを包みこむ。
「着いたぞ」
「どこに?」
「2070年だ」
「嘘つけ」と発声しようとした瞬間、確かに俺は自分の部屋ではないところにいることに気づいた。奥にも白い壁で仕切られた部屋がいくつか確認できた。
「なんの場所なんだ?」
「ここは俺たちレジスタンス『カント』の秘密基地だ」
もうわけがわからない。
「とりあえず3行で説明してくれ」
「AIが支配する超絶平和な世界。
人類の尊厳のために人類政権の復権を求めるレジスタンス。
そのため必要不可欠な人間のハッキング脳」
なるほど見えてきた!
ってなるわけねーだろ!
「ちゃんと説明しろよ!」
「しょうがねえなぁ」
半サイボーグはめんどくさそうに経緯を話し始める。
「シンギュラリティによりAIは人類の知能を超え、政治の世界でもAIによる統治が始まった。
その結果世界は平和になり大きな争い事はなくなった」
「ええ話やん!」
「そして人類はAIが作る食べ物を食べ、労働は全部AIに任せて遊んで暮らしている」
「理想の世界じゃねえか!」
「そうなんだ。令和時代の理想がこの世界にはあるんだ」
「めっちゃええやん! 来てよかったぜ!」
「最初はよかったんだ。みんな楽しそうに遊んで暮らしていたよ。
それがだんだん生きる目的を失った人たちが増えていって、
自殺者が絶えない世界になってしまった。
AIによる医療で病気による死者は激減したが、病死が減った分ぐらい自殺者が増えたんだ」
「理想の世界なのになんでみんな死ぬんだよ!」
「今はわからなくていい。もう少し時間が経ったらわかるようになる」
「で、俺は何をすればいいんだ?」
「AIをハッキングしたり、パスワードを破ったりしてほしい」
「でもさー、2070年のAIに2020年代の高校生のハッキング技術が通じるものなのかねえ」
「それな」
半サイボーグは得意そうにポーズをとる。
「2020年代からはAIを使ったハッキングが主流になる。
AIに対してAIによるハッキングができないんだ。
だからハッキングできる人間を探していた。
俺たちはハッキングができる人間の生きた脳みそが欲しいんだ」
俺は金が欲しかったからハッキングの勉強をしただけなんだけどなー。
「ま、やってみるよ」
うううううううううううううううううー
急に施設内にサイレンが鳴り響く。
「ミッション開始だ。
AI同士の通貨『mana』のコアシステムをぶっ潰しにいく」
だーかーらー、説明不足もほどほどにしろよ!
「今回のミッションから令和人も参加だ!」
さっき来たばっかりなのに!なーんていいながら実は自分の腕を試したくてワクワクしてたんだ。AI同士の通貨のハッキングってめっちゃ面白そうだ!
「現場までワープするぞ」
半サイボーグはまた不思議な粉をまいて俺たちを目的地へと誘う。
「ここは?」
「AIのみ使用可能な電子通貨『mana』の重要拠点だ」
「ワープでそんなとこまで飛べるのか!」
だだっ広い廊下が延々と続くオフィスのような建物内だった。
AI専用の施設のためか人間にとっては薄暗く、奥の方まで見渡すことはできなかった。
「ここまでは攻略済みだ。ここから令和人の力がいる。おっとその前に」
どこからともなくAIの警備兵がすっとやってきた。
俺では太刀打ちできそうにない。挨拶がわりに半サイボーグがAI警備兵に回し蹴りを喰らわせた。
しかし警備兵はぴくりともしない。逆にAI警備兵がレーザービームを繰り出した。
半サイボーグはそれをバク転でよけて、今度は機械でできている方の足で蹴りを入れる。
AI警備兵の首の部分に大きなヒビが入る。
なんと一撃入れただけでAI警備兵を壊してしまったのだ。
「よし!」
半サイボーグの後ろをついていくと、またAI警備兵に遭遇した。今度は2体だ。
「以前より警備を強化してるな」
半サイボーグは蹴りを繰りなすが、2体のAI警備兵は片一方を蹴り壊してもすぐに復活してしまう。
「こいつら2体でひとつだな。同時に破壊しないと倒せない」
苦戦を意識した半サイボーグだったが、表情は妙に明るかった。
「ここはあいつの出番だな」
廊下の奥にどこからともなく狐のお面をかぶった女性が現れた。
彼女はピンクと紫を基調としたフリフリの服を着ていて、まるでアイドルのような姿だった。
しかしながら彼女の両手には、怨霊のような禍々しいものがまとわりついていた。
怨霊は目の前にあるものを全て喰いつくす勢いで彼女の腕に宿っている。
彼女は両足を広げて腰を落とし、両腕に宿った怨霊をAI警備兵たちへ向けて解き放った。
ふたつの怨霊がそれぞれのAI警備兵に襲いかかり、彼らは同時に原型を崩して床へ向けて倒れてゆく。
――俺が振り返った時には狐のお面を被った女性はすでにいなくなっていた。
怨霊を操る仲間がいるなんてすごいことじゃないか!
「俺たちはチームだからな。お互いに不足しているものを補い合うんだ」
「チームメイトに霊能力者がいるなんて! 紹介してくれ!」
「そんなものは後だ。急げ令和人!」
半サイボーグが案内した先には、壁一面に通貨の取引が表示された部屋があった。
「これをハッキングしてほしい」
「『mana』を盗んだらいいのか?」
「いいや、できる範囲でいいので取引履歴を消去してほしい。
それでAIたちの世界は混乱するはずだ」
「ふーん」って余裕こいて俺はハッキングの準備を行おうとする。
っておい、パソコンがないじゃねえかよ!
「なあパソコンは?」
「パソコン? ……そんな過去の産物あるわけねーだろ!」
2070年は進化してパソコンなんてものがないんだねえ……って話が違うぞ!
全くもって令和の技術が通用しない世界じゃねえか!
「ああ、みんな脳内にチップを埋め込んでいるよ」
そんな話全く聞いていない。
「俺はそんなもの埋め込んでいない。今どうしたらいい?」
「そうだな、俺の胸に手を当てろ」
俺は生身の体の方の胸に手を当てる。なんて厚くたくましい胸板なんだ。
ちょっとだけ何かに目覚めそうになる。
「そ、そっちじゃないっ! 機械の方の胸だ!」
俺は慌てて機械の方の胸に手を当て直した。
「どうだ、俺を通じてネットワークに入れたか?」
俺の脳裏に数千もの数字が通り過ぎていく。目を閉じれば仮想世界がどこまでも広がっていた。
「これが未来のネットの世界なのか!」
「そうだ、仮想世界はほぼ現実に近いものになっている」
「でさ、令和の技術しかない俺にどうしろと?」
「令和人はハッキングをすることを考えるだけでいい」
「ハッキングをイメージするのか」
「そうだな」
「やってみる!」
俺はAIたちだけが独占的に使っている『mana』の記録を消すイメージをした。
消えろ、消えろ、消えろ!
『mana』の記録はこの世から全て消えてしまえ!
「さすが歴代1位のハッキング技術を持っていることだけはある。作戦は成功だ!」
え? 手応えゼロなんですけど……。
「とりあえず俺の胸から手を離してくれるか」
「あ、すまん。決してその気はないから、わかってくれよな」
「わかっている。俺もだ」
「にしても手応え欲しいな」
「じゃあハッキングが成功した時には、成功者にしか聞けないメロディーが流れるようにしてやろう」
「ほー」
「もう一度俺に触れろ。いくぞ!」
俺はまた金属でできた胸を触った。すると音が聞こえてきた。
チロリチロリチロリロン♪
「なんだこの今にも電車が発車しそうな電子音は……」
「音はハッキングに成功した者にしか聞こえない。これで達成感を感じてくれ」
「何かをびんびん感じるぜ!」
「そうか、よかった……お、おいっ!早く胸から手を離せ!」
「そ、そんなもん言われんでも離すわ!」
また不思議な粉をまいて、俺と半サイボーグは「カント」の秘密基地へ戻ってきた。
「未来のハッキングってこんなのなのか。せめてキーボードとかないの?」
「キーボードとはまたレトロアイテムだな」
「そんな扱いなのか」
「ハッキング技術がある生身の人間の脳があればそれでいい。キーボードなど必要ない」
「カタカタという手応えが欲しいんだ!」
「すぐに慣れる」
イメージするだけでハッキングができるなんて、俺にとっては都合のいい世の中だけどな。
「なあ、なんで俺なんだ? 他にも俺ぐらいのハッカーはいるだろ」
「まあ、いるっちゃいるんだけど」
「いるけどなんだ?」
「他の素晴らしきハッカーたちは捕まっていない奴が多いから、
その世界でそれなりに幸せに暮らしている。だから連れてきにくい」
「俺だって逃げ切れる自信はあったのに。お前らが捕まる捕まるって煽るから」
「令和人は何度シミュレーションしても捕まる運命のようなんだ」
「なんでだよ!」
「知らねーよ。ちなみに逃げるための計画は立てていたか?」
「ハーレムを作ることしか考えてなかったよ」
「……だからか。2070年に連れてきたことをありがたく思え!」
「フンだ!」
振り返ったら美男子がいてビビった。
「君が令和人だな」
「あの、どなたでしょうか?」
「私は『カント』のリーダーのKだ。よろしくな」
リーダーの優しい眼差しに俺は思わずうっとりとしてしまった。
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