第28話

 愛原君は、迷うことなく一つの部屋の前へとたどり着いた。

 しかし、すりガラスの向こうは真っ暗で中に人がいるとは思えない。


「本当にここであってるの?」


 中からも何の物音もしない。俺たちの足音に気が付いて物音を立てないようにしている可能性もあるが、疑わずにいられなかった。


「あってるはずだ。

 中に入るぞ。」


 愛原君がドアノブに手をかける。

 予想と反して、簡単にドアノブが周り、ほんの少し隙間が空く。

 鍵はかかっていないようだった。


 ドアを全開にするが、見える範囲には誰もいない。

 机といすが置いてあるスペースがあってその奥が衝立で仕切られている。人がいるとすれば、衝立の向こう側だろうか。


 入口すぐにあった電気のスイッチを愛原君が入れる。

 すぐに部屋が明るくなる。


 三人で衝立の向こうへと歩く。

 俺の心臓はドッドッと大きな音をたてていて、恐怖を感じているということがよくわかる。


「早かったね。」


 衝立の向こうにはデスクに座った相場さんの姿があった。

 しかし、周りを見回しても春香の姿はない。


「残念ながら春ちゃんはここにはいないよ。」


「春香はどこだ。」


 思わず、低い声が出てしまった。


「真一君にだけなら、教えてあげてもいいよ。

その代わり、この場で私のことを抱いて、私の中に子種をくれるなら。」


 相場さんが下を向いているために、表情は見えない。

 相場さんは、間違いなく春香のことを大切にしていたはずだ。こんなことをするとは思えなかった。


「なんで、こんなことするんだ。

 相場さんは、春香の親友じゃなかったのか。」


「どうだっていいじゃん。

 いいから、どうするの?私を抱いて春ちゃんの居場所を教えてもらうか、自分たちで探すか、好きな方を選んでいいんだよ。」


 何となく、相場さんが追い詰められているように感じた。


「何が、相場さんをそこまで追いつめているんだ。」


 相場さんの強く握りしめられた手に触れる。

 手はひどく冷たくなっていた。


「貴方の子供を孕んで既成事実を作ろうとしてるだけ。

 私のことなんていいじゃない。


 早くしないと春ちゃん、思井さんが大変なことになっちゃうよ。」


 俺は相場さんに微笑みかけた。


「相場さんは、春香にひどい事なんてできないよ。

 だって、春香の一番の親友だから。


 どうしてこんなことをしたの?」


 俺の腕に水滴が落ちた。

 それは、相場さんの瞳から落ちていた。

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