抗えぬ宿命の果てに

宮野 楓

~抗えぬ宿命の果てに~


「花が咲いたら会おう」


 何の花かも決めずに、彼と約束した。そして彼は帯刀し、暗闇の中を駆けて行った。その背中が見えなくなるまでその場から動けなかった私は、背が見えなくなって漸く頬を伝う涙に気が付いた。

 だが私も泣いてばかりはいられなかった。彼が役目を果たしに行ったのならば、私は私の役目を全うしなければならないからだ。

 涙を拭い、役目を果たそうと足を動かす前に、暗闇の中に花咲く枝垂桜を見る。どうか、花がこの枝垂桜である事を祈り、私も駆けた。


「挨拶は済んだか?」

「はい」


 逃げられると思ったのか、見張りを付けられていたらしく、黒い服の男性に途中で声をかけられ、足を止めて返事をした。そこからはその黒い服の男性が後ろについて約束の場所へと向かった。

 約束の場所は地下で、既に用意が着々と進んでおり、魔法陣が七割程度、展開されている。魔法使いでしかも身内の中で腕利きの彼らが十人がかりで三日間休みなく魔力を注いで漸く、といったところを見ると、その魔法の威力が想像を超える事が伺える。


「来たか、レイリア」

「はい、我が君。もう少しかかりそうでしょうか?」

「いや。もうここまで展開出来れば、逆に誰にも止められはしないだろう」


 私と彼と、ここにいる誰もが、主君であるアーノルド様の悲願を叶えるべく動いている。そして長い月日を経て、古代魔法を探し、研究し、準備し、展開し、発動しようとしている。

 だが悲願が、悲願な為、多くの犠牲が必要であった。それが彼でもあり、私でもある。

 先ほど七割程度と思っていた魔法陣は急激にブワッとまるで花開くように最終形まで展開された。


「見事、ですね」


 綺麗な魔法陣が完成し、先ほどまで魔力を注いでいた魔法使いたちは一様に倒れていた。疲れて倒れているのか、事切れてしまったのか分からないが、彼らの努力を無駄にしない為にも、私は逃げることは出来ない。


「……すまない、レイリア」


 主君の言葉に首を横に振り、私は魔法陣に歩み寄り中央に立った。瞬間。魔法陣は輝き、発動する。

 あまりの眩さに目を瞑り、私は頭の中に枝垂桜を思い浮かべた。後は彼がもう一つの魔法陣の上に立てば、この魔法は成立する。


 主君の悲願である、『時を戻す』のだ。


 我が国は大国の前にあっさり敗戦し、国民も騎士も多くの命が絶たれた。国王陛下の死を以てしても大国の侵略は止まらず、文字通り我が国に属する人は平民であろうと命を絶たれた。

 主君や私や彼といった、ここや彼の下にいる魔法使いはその中辛うじて身を隠し生き延びた数少ない同志だ。

 そして主君は王太子だった身として、多くの血が流れた事に嘆いて、共に生き延びた我らに乞うたのだ。時を戻したい、と。それは禁忌で、我らの犠牲も伴うがどうか、と頭を下げてきたのだ。私たちは皆、家族なり大切な人を亡くしている。だから主君の申し出を受けた。禁忌に手を染めてでも、祖国を取り戻したいと願ってしまったのだ。

 ふと魔法陣が輝きを増した。きっとこれは彼の方も整ったのだろう。私の体がこれ以上なく熱くなってきて、苦しくなってきた。爆発でもしてしまうような熱さに耐えきれなくなり、瞬間、目に映ったのは主君の笑う顔。体は熱いのに、頭に冷水をかけられた気分だ。視線を落とせば、私の手がボトっと魔法陣が展開されている上に落ち、足も立っていられず崩れ、熱く、もう何も感じられず、そして視界は失われた。


 だが視界が失われた瞬間、体を焼く熱さは失われ、次に視界に映ったのは枝垂桜だった。


 思わず私は駆けた。そして、そこにいた彼に抱き着いた。

 何がこの状況を生み出しているのか分からないが、もう一度会えた喜びを嚙みしめた。だが彼は顔を顰めた。


「戦争を引き起こしたのは王太子だ。私たちの魔法陣は祖国を取り戻すためじゃない! 祖国を一掃したんだ」


 彼の言葉に私は理解が追い付かなかった。だが枝垂桜がある丘は町が一望出来る場所なので、恐る恐る後ろを振り返れば、其処には焼け焦げた家や焼死体などがあったはずなのに、綺麗な地面が、戦争の跡がどこにもなかった。ただただ広い綺麗な土地が、広がって、祖国の跡はどこにもない。


「え……」

「もう王太子以外、全員あの魔法陣で、他にも逃げ延びていたかもしれない人たちまで、あの国に住んでいた者は皆、消えた。記憶と共にな」


 なら私と彼は、と思ったが、彼は苦笑する。


「我らは魔法陣の核。我らの消滅を持って魔法は完結する」

「い、いやよ! 私は祖国を取り戻すために、貴方と運命を共にすると決めたのに」

「心配するな。最後のあがきだ。あの王太子は、己がした事を消せたと思っているが、一緒に連れて行くさ」

「私は……こんな事の為に、貴方と自分と皆をまた失うの?」


 彼は私の頭の上に手をポンと乗せた。そしてクシャクシャと撫でまわされた。


「消えぬものもあり、また廻るさ」


 私も彼も足元から消えていく。枝垂桜も枯れていく。


「また会うよね」



「花が咲いたら会おう」


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