脱出不可能な教室で、元カノと愚痴をこぼす

平日黒髪お姉さん

第1話

「やっと起きたのね。寝坊よ、晴渡くん」


 無様にも床で寝転んでいた晴渡ハレワタリハレは、頭上から聞こえてきた高圧的な声で目が覚めた。


「最悪な目覚めだぜ」


 声の主は見なくても分かる。因縁の相手だ。

 晴渡は素早く立ち上がり、汚れたズボンをはたいた。


「あらら……ずっと寝ていればよかったのに」


 真正面に佇む黒髪ロング少女――雨咲アメサキアメは侮蔑する眼差しだ。汚いものを見たとでも言うように、口元を白い手で覆い、クスッと笑みを漏らすのだ。


「生憎だが、寝るなんてできないねー。何処ぞの女が、俺を殺す可能性だってあるんだから。怖くて仕方がなくて」


「確かに、今なら晴渡くんを殺せるかもね」


 売り言葉に買い言葉。

 雨咲も抵抗するように吐き捨てる。


「だって、ここは密室なんだから」


「み、密室……?」


 今の今まで、晴渡は意識を失っていた。

 だから気が付かなかった。自分が居る場所に。


 視界を凝らして確認してみる。

 

 普段と変わらない教室。

 綺麗に並べられた椅子と机。乱雑に消されたあとがある黒板。いつもと同じだ。


 だが、違和感がある。視界を逸らす。

 教室から見える景色は、運動場のはず。

 夕暮れ時ならば、綺麗な夕日が見えるはず。

 それなのに——


「…………どうなってんだ?」


 今見えているのは青白い球。

 月だ。超巨大な月があった。

 教室から数十メートル先にだ。

 その周りには、大小異なる石ころが浮遊している。真っ暗闇な世界を。ぷかぷかと。

 宇宙空間という表現が相応しかった。

 ていうか、それが最も近しい状況だ。


「うっ!!」


 怖くなった。

 家の布団で寝ていた記憶があるからだ。

 気味が悪い。こんな場所から逃げ出そう。

 晴渡はドアへと向かった。わざわざこんな辺鄙な場所に来る道理はない。ましてや、雨咲雨が居る場所に足を運ぶなど尚更ありえない話だ。


「ど、どうして開かねぇーんだよ!!」


 訳が分からなかった。自分がどんな状況に居るのかさえ。

 晴渡は踵を返し、次は窓を開けようとするのたが、それさえも不可能だった。


「お……おい。う、嘘だろ……な、なんだ」


 こうなれば、やけくそだ。

 タックルでドアをぶち破ってやる。

 そう思い、晴渡は右肩に力を入れ、駆け出すのだが。


「無駄よ、諦めなさい」


 ピシャリ。

 雷が鳴ったかと錯覚を引き起こす声。


「ここからは出られないわよ」


「…………」


 晴渡は立ち止まった。

 既に何となくだが、察していた。この部屋から出られないと。


「別にお前の意見を聞き入れたわけじゃない。勘違いするなよ。ドアにぶつかったら痛い。そう判断したから、俺は止めただけだ。分かったな?」


 雨咲の言葉を聞いて、行動を止めた。

 そう思われるのは癪だった。


「本当晴渡くんって……プライド高いわよね」


 これだから、と呆れ声を出して。


「わたしに振られるのよ」


 晴渡晴と雨咲雨は付き合っていた。

 数ヶ月前に別れてしまったけれど。

 突然、雨咲雨から別れを告げられたのだ。


『ごめんなさい。わたし……もう無理だわ』


 恋人から別れを告げられたら、多少は引き止めるだろう。でも、晴渡はしなかった。できなかった。その言葉をスンナリ聞き入れたのだ。


「昔の話はやめようぜ。なぁ、過去を振り返っても今は変わらないし」


 晴渡は話題を変えることにした。

 これ以上話しても、水掛け論になるだけと悟ったのだ。


◇◆◇◆◇◆


 時間だけが無駄に過ぎた。

 だが、何も現状は変わらない。

 このままではダメだと思い、晴渡は提案した。


「現在の状況を確認しよう。お互いの情報交換だ」


「考えまとめるのは大切ね。わたしが板書するわ。晴渡くんはどうせ字が汚いだろうし」


「汚いは余計だ」


 晴渡は適当な席に座り、雨咲は黒板へと向かった。


「それで何から考える?」


「5W1Hで考えてみよう」


「Why、How、Who、What、When、Whereの順番で考えるのが良いと聞いたことがあるわ」


 二人はお互いの情報を交換した。

 そして、結論が出た。


「理由も方法も分からないが、何者かが俺と雨咲を集めた。時間帯は二人が寝たあと。場所は宇宙空間と思しき教室で……」


 結局何もはっきりとしたことは分からなかった。


「これは考えても無駄だった感があるんだが? 分からないことばかりだし」


「確認することが大切なのよ。どんなときも考えないと」


「まぁーそれはそうだな。で、次はどうする?」


「教室探索かしらね。何か見つかるかもしれないわ」


 雨咲の意見を聞き入れ、晴渡は手がかりを探すことにした。

 教室に閉じ込められるのはごめんなのだ。自宅へとさっさと帰りたかった。

 それ以上に、雨咲雨を家に帰してあげたかった。不安だろうと思って。

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