不気味の国のアリス〈Boosted Man file.01〉
安西一夜
01 ブーステッド
盛り場の路地に、その少女はいた。
純白のシャツにピンクマーブルのパーカーを羽織り、黒レザーのミニは下着が見えそうなほど短い。そこからモデルのような脚が伸び、ガラス細工を思わせるクリスタルなヒールに収まっている。蝶の
積み上がったビールケースの陰から、シュウは路地の様子を窺った。
すえた臭いの漂う
まれに酔客が通る。少女のナマ脚に見とれるが、ちょっかいを出す事はない。頻発する殺人事件を怖れているからだ。犯人がいたいけな少女じゃないという保証はどこにもない。そそくさと行き過ぎる。
少女は塀に寄りかかり、頭をリズミカルに動かしていた。ワイヤレスイヤホンで音楽に夢中だ。
シュウは確信する。彼女はブーステッドだ。したがって殺人犯など恐れるに足りない。むしろ彼女が殺人犯の可能性すらある。が、その可能性は却下。そういうタイプじゃない──ゼロ課エージェントの経験が告げている。
ホテル街に続く闇から小柄な男が現れた。狐を連想させる面相だ。音もなく少女に近づき、ジャンパーのポケットから紙包みを取り出した。
少女は
シュウは既に動きだして二人の横にいた。
ギョッとしたように狐が振り向く。あわてて逃げようとした脚を払う。転倒した狐の首に、拳の指輪を当ててマーキングした。
皮下脂肪に溶けたナノ標識が発信を開始する。もう逃げられない。しくじりで組織に消されたくなかったら、自首するしかないのだ。
少女はホテル街へ逃げた。もう距離が空いている。
チッ、やはりブーステッドだ。しかもAクラスの。
シュウは加速した。風のない三月の夜気が暴風と化す。
前方に廻りこまれた事に驚愕し、少女は加速を解いた。
その腕をつかむ。「あきらめろ。オレのほうが速い」
強化系ナノマシンとつき合うには鍛練が欠かせない。この自堕落娘ではフルスペックを発揮できないだろう。
「離せよ。訴えるぞ」息を弾ませて言う。幼いがしゃがれている。酒とタバコで荒れた声だ。
「麻薬持って交番へ駆け込むってか?」
少女は地べたに尻をつけた。扇情的な銀メタリックのショーツが丸見えだ。「逃げないから離せよ!」
シュウは細腕を解放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます