伊勢路 青嵐
丹寧
伊勢
吹きすさぶ風が、黒い海を荒らしていく。
うねる波の上を、大木をくり貫いた船が木の葉のように東へと漂っていった。伊勢の国長、伊勢津彦とその手勢が乗った船である。
強い風に目を細めながら、
穴戸の国長になってから、早や十年が経っていた。その騒速に突如、伊勢平定を命じたのは、誰あろう
脇に目をやれば、呆然と主の去った方角を眺める、伊勢津彦の臣下たちがいる。よもや国の主が、自分たちを置いて逃げると思っていなかったのだろう、失望とも落胆とも言える色が、その目に浮かんでいた。
――あなたでなければ、ならないの。
脳裏に響く台与の声が、どこまでも虚しく聞こえた。それであれば、と妻子を置いて出て来たのに、伊勢津彦自らが逃げ出すとは。自分である必要など、どこにあったのだろう。
――宿禰や鳥船にはできない。だから行ってほしい。
武人として、主命を拒むことなど選択肢にない。だが、もし自分でなければ、今でも穴戸で狭依や子どもたちとともに過ごせたかもしれない。ここへ無事に辿り着けるかすら、旅そのものが危険な世にはわからなかった。
「騒速殿」
「――久米」
低い声がかかって、騒速は背後を振り返った。手勢として筑紫洲から連れて来た、武人の
「図らずも、早々に務めを果たしてしまった」
「ええ。そのようです」
神の
その彼が、呆れたように溜息をついた。そっけなく後頭で束ねた髪が、海風に靡く。日に焼けた肌を、伸びかけの髭が覆っている。
「呆気ないものですな。ひとつの国が智鋪に降るというのに」
騒速は頷いた。出雲と同じことが起こったはずなのに、こうも気持ちが違うものかと、戸惑いが先に立っていた。
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