楓と蒔菜と異次元テレビ

鮎河蛍石

私たちがいっぱい

「これで私たちだけの世界ができるね蒔菜まきな

「うんかえで


 楓の部屋にある六十インチのバカでかい薄型テレビが映しているのは、並行世界で恋愛関係にある私達。

 この並行世界は同性愛が許されない。だから世界を滅ぼして私と二人きりになるため、向こうの楓が作った〈人類一斉睡眠誘発装置〉のレバーに二人で手を掛け、終末への一手を打つクライマックスを私は、楓によって謎の改造が施されたテレビ越しに見守っている。


「一緒に罪を背負って生きよう蒔菜」

「よっしゃあ! いけっえッ!」

「これしきの装置を作るのにあんなに老け込むまで時間を掛けるなんて、向こうの世界の私はすっとろいな」


 日本製アニメの盛り上がるシーンで異様なまでに騒ぎ散らす、外国人の様子を収めたYouTubeの切り抜き動画みたいなハイテンションになっている私と打って変わって、楓は向こう側の世界にいる自分を冷めた目で見つめていた。

 このテレビは平行世界の私達が盛り上がっている瞬間をダイジェストで映し出すらしい。

 楓曰く「最近の流行りを取り入れて、今回の発明テーマはマルチバースにしてみた。名付けて〈異次元テレビ〉ってところかな」だそう。対する私は「さいですか」としか返せなかった。また訳の解らない物を作ってからに、コイツはという感じで。しかし一度、この並行世界にテレビのチャンネルに合わせてしまったがために、私の情緒は激しく掻き乱されてしまった。


 楓と私は同い年の幼馴染。同じ高校に通うほど仲がいい。しかし、彼女が頻繁に作り上げるオーバーテクノロジーを有する謎の装置が悩みの種だ。

 そう言えば高校に入学したときにこんなやり取りがあった。


「楓は科学部には入らないの?」

「自分でも動いている原理がわからないものを作っている私が、科学を看板に掲げている部に所属するなんて、偉大な先達が築いてきた科学に申し訳が立たない。そうだな言うなれば私が扱う技術は空想科学といったところかな」

「原理がわからなくて、ふわふわしてるから空想科学ってこと?」

「言い得て妙だねソレ」

 妙すぎる会話だ。


 私が胸に秘めたる想いは、楓がお熱な空想科学よりも私を見て欲しいってこと。しかし楓が心底楽しいって顔をして、出臼でうす家のガレージで妙ちくりんな機械を弄っている姿を隣で見ている。そんな関係でも今は良いかなって思う。

 

 そんな悩ましい楓の空想科学が産んだ〈異次元テレビ〉に映っていたのは、別次元で蜜月の関係を結んでいる私達ではないか。そりゃもう私のテンションは上がらずにはいられなかった。しかし〈異次元テレビ〉が映し出す並行世界では、同性愛を極めて激しく弾圧する地獄そのもので、私はゾッとした。

 私が生活しているこの世界では、同性愛の理解はゆっくりとだが徐々に進んでいる。だからこそ向こう側の世界に居る私の母が言い放った「同性愛なんてこの世に無いんだからしっかりなさい」には脊髄が氷の柱に置き換わったのかと思うくらい身震いした。それと同時にこんな世界滅んでしまえとも思った。そんな訳で、異次元テレビが映したこの世界の顛末に私は大大大大大満足。

 この世すべての愛の形が許されて然るべきなのだ。


「おっかしいなあー」

「どうしたの楓」

「このテレビはYouTubeの切り抜き動画を参考にして作ったから、盛り上がるシーンをピックしてたれ流すんだ。でも〈人類一斉睡眠誘発装置〉の影響で飛行機のパイロットが眠って墜落する場面とか、電車の運転手が眠って電車が脱線するとか、コントロールを失った原子炉が吹き飛んだりとか。そういうカットが挿入されないんだよ」


 楓は私と並んで座っているソファーに、深く背中を沈めてのけぞりポニーテールの先を指先で遊ばせながら、ああでもないこうでもないと唸っていた。色素の薄い色白な彼女の綺麗な栗色の髪が、部屋の照明をうけてきらきらと光る。私が思わずその髪に触れようと手を伸ばそうとしたそのとき。


「何がおかしいか、教えちゃろかワレ?」

 

 私の耳元で誰かが囁く。


「ひゃあっ!」

「ちょっと楓、私をいじめて遊ばないの」

「生娘やった頃の蒔菜が可愛かったんでな、ついついちょっかい掛けてもたわ」

「バカ!」

「いったー堪忍! 堪忍やて! おもっきし肩ど突くんはアカンて」


 さっきまで私と楓しか居なかった部屋に、どこからともなく二人も謎の女が現れた。

 パニック!

 訳が分からない!


「────すっとろい別世界の私とはいえ、私が作った装置なんだからしっかり動く筈なんだよ」

「ちょっとちょっとちょっと楓! 楓ってば!」

「どうしたんだ、いきなり肩を揺さぶってくれちゃって」

「よう邪魔しとるで天才少女」

「こんばんはー楓ちゃん」

「滅茶苦茶偉そうな大人の私と、凄く綺麗な大人の蒔菜?」

「察しがええな自分。でもな、偉そうやなくて実際偉いんやで私、エリート職の次元管理官をやっとるからな」

「綺麗ですってこの子、嬉しいなあ頭撫でちゃおっかな」

「お前もガキの頃の私で遊ぼうとしとるやんけ!」


 このハチャメチャに意味がわからない状況を整理しよう。言動から察するにこの二人は私達だろう。どこから何のために彼女たちが急に現れたのかわからない。


「あのーいいですか?」

「なんや、ちっこい蒔菜」

「次元管理官ってなんです?」

「あかん、ちっこい蒔菜が、ごっつかわええから忘れとった」

「可愛いだなんてそんな……」


 隣にいる楓と違う楓とは言え、可愛いと言われて嬉しくない訳が無く、顔から火が出そうなくらい私は赤面していることを悟り、グッとうつむいた。なんか恥ずかしいじゃんこういうのって。


「遊んどる場合やなかった。さっき自分らテレビ見とったやろ」

「はい……」

「結論から言うとな。そのせいで山の向こうにある原発がな、あと十分で吹き飛ぶんや、この世界の皆が眠ってしまったさかいな」

「はい!?」

「結論だけ言ってもこの子たちが混乱するだけだってさっき言ったよね楓!」

「そない怒らんでええやんか蒔菜、この世界の蒔菜は、どの世界の蒔菜よりも頭一つ飛びぬけて適応能力が高いんやから」

「それにしたってこっちの世界の私はまだ普通の女子高生なんだよ!」

 ソファーの後ろからこっちの楓を抱きしめながら、大人の私が吠え立てる。

 なんと羨ましい事を私も楓を抱きしめたいのに。じゃなかったこっちの世界の皆が眠ってしまった?

「くっ……苦しいです……蒔菜さん」

「あっごめんね楓ちゃん」


 大人の私が楓からパッと手を離すと、次元管理官とやらの白い制服の胸元に付いた金色のバッチがキラッと光った。手のひらサイズのバッチには、やたらに目つきの鋭いフクロウが脚で砂時計を平行に持っているレリーフがあしらわれていた。いかにも次元管理官って感じのシンボルマークだ。


「ちょっと待ってくださいねお三方」

 楓はすくっとソファーから立ち上がると、勉強机のサイドチェストから双眼鏡を取り出し、カーテンを開けて外の様子を眺め始めた。


「どうやら次元管理官の私が言ってることは本当みたいだよ蒔菜」

 双眼鏡を覗いたまま楓は私を手招きする。

「どういう事?」

 楓の隣に私が行くと双眼鏡を手渡される。

「凄い、夜なのにお昼みたいに外が見える」

「特殊なレンズを使った特製のナイトビジョンだからね。学校の方を見てごらん」

「うわあ……学校に電車が突っ込んでるじゃん……」


 小高い丘の上にある集合住宅地に楓の家は建っている。その麓に私たちが通う高校があり、その近くを走る路線のカーブを曲がり切れず脱線したであろう電車が、校舎の横っ面にぶっさ刺さり、黒い煙をもうもうと立ち上らせている。

 あたりを見回すとあちらこちらの家からも煙が上がっている。私は双眼鏡を窓枠に置き壁に掛かった時計を見る。針は午後六時半を指している。夕飯時。火事を起こしている家は調理中に眠ってしまった人がいる家なのだろう。

 

「あのこれ何とかできないですかね?」

「自分らに何とかしてもらおうと、思うて私らが来たんや」

 あなた達が何とかするのではなくて私達が何とかする?


「蒔菜、なんか煙たくないかいこの部屋」

「あッ! 扉の下から」

 煙が出てる!


「ごめんね。この家も火事で焼けることになってるんだ。あなた達が混乱すると思って黙ってたんだ。本当にごめんね」

 白い手帳を見ながら次元管理官の私が申し訳なさそうに言った。

「なんでそんな大事なことを黙ってるんですか!」

 私は私を怒鳴った。

「次元管理官は別世界で問題を起こした私達に深く干渉ができないの。許されてる干渉はちょっとした会話のみで、この問題を解決するに至る、その答えをあなた達に示すことはできないの。ごめんね」

 伏し目がちに次元管理官の私は職務規定を説明した。

「まあ落ち着きなよ蒔菜、私が頭の中で組み上げてる仮説が正しければ、この状況は自力で何とかなる筈だ。それにこんな状況でわざわざ私達を煙に巻くために、別世界からわざわざやって来るほど、大人の私達も暇じゃないさ」

 窓を開き最低限の換気を促しつつ楓が私を諭した。それもそうだ、次元管理官の私を詰問しても状況は変わらない。少し頭を冷やそう。

 次元管理官の楓が十分後に山の向こうにあるコントロールを失った原発が爆発し、この辺りが吹き飛ぶと言った。この辺りが吹き飛ぶというのは、私達の尻に火をつけるためのハッタリだろう。先の震災でメルトダウンを起こした原発がそこまでの被害を出さなかったことから明らかな事実だ。それに〈異次元テレビ〉の向こう側で起きた出来事が、窓の外の様子から察するにリアルタイムでこちら側の世界に影響を及ぼしている気がする。十数分で原子炉のメルトダウンが起きるとは到底思えない。

 ということは十分前後の時間で、この世界の楓のひらめきによってこの問題が解決できるということなのだろう。

 冗談にしては趣味が悪すぎる……。


「さすがこっちの世界の適応能力が高い蒔菜や、速攻で落ち着いたな」

「楓を焚きつけるにしては、内容があまりにもキツ過ぎます。原発が吹き飛ぶだなんて」

「なんだ吹き飛ばないのか」

「このままやといずれ吹き飛ぶけどな」

「「うはははははは」」

「不謹慎だろバカ! 」「不謹慎やろどアホ!」

 二人の楓が悪すぎる冗談で同時に笑い、私達が同時にそれぞれの楓の頭を思い切りはたいた。向こうの世界の私も楓みたいに素は関西弁なんだ。


「あいたた……。気を取り直して。この現象に仮説を立てると〈異次元テレビ〉で観測した並行世界で起きた出来事、つまり〈人類一斉睡眠誘発装置〉の効果がこちら側の世界に出た」

「じゃあどうして〈人類一斉睡眠誘発装置〉の効果がこっちの世界に影響を出しちゃったのかな?」

 次元管理官の私が楓の仮説を更に展開するよう促す。

「この〈異次元テレビ〉を使用すると、観測者の私達が居るこの世界と観測される側の世界が極めて近くなる漸近状態になるのかもしれない。その影響で並行世界の事象とこちら側の世界で起きる事象が入れ替わってしまったんだと思う」

「原理は判らんなりにそれなりの防止策は講じとるんやろ? ガキとはいえ私のやることやから」

 次元管理官の楓が、こちら側の世界の楓に事故発生時の対応を迫る。

「勿論」

 楓はリモコンの巻き戻しボタンを押して、向こう側の私達が装置のレバーに手を掛ける直前の場面までシーンを戻す。それと同時に開け放たれた窓がひとりでに閉まり、煙は扉の下へ吸い込まれるよう出て行き、時計が示す時刻は午後六時二十分に巻き戻った。

「楓これって……」

「タイムマシンって奴だね。流石にこればっかりは危な過ぎるし、どんなパラドックスが何が起きるか予想がつかないから、この機能は使いたくなかったんだけれども」

 

 この滅茶苦茶な状況を目の当たりにして私はふと思うことがあった。

 タイムマシンに砂時計のシンボルマーク…………。


「あの次元管理官の私にちょっと聴きたいことがあるのですが」

「んー何かな」

 楓に聞かれないよう私は次元管理官の私の耳元で囁く。

「貴方ってもしかして未来の私ですか?」

 次元管理官の私も私の耳元で囁く。

「正解、じつは私達。次元管理官じゃなくて、時空管理官タイムパトロールでした。この日の事をよーく覚えておくんだよ。あとね楓は意外と押しに弱いから頑張ってね私」

 うわあマジか。凄まじい人生のネタバレを自分の言葉で喰らってしまった。

 何が別世界で起こした私達の問題だよ、この世界で私達が起こした問題だったじゃん。

 それにしたって楓のキャラが変わり過ぎじゃない?

 これから先どうなったらああなるのか?

 なんだかワクワクしちゃうな。ちょっとカッコいいと思っちゃうんだよな未来の楓。


「最後の詰めやで。自分どないしたらこの状況を修正できるんや?」

「これで漸近したこちらとあちらの世界とが元の距離感に戻った筈だよ。どうかなデカい方の私?」

「正解みたいだよ楓、みら……じゃなかった次元管理官の私達、居なくなっちゃったし」

「みたいだね、ああ良かった」

「世界が元に戻って?」

「明日からも蒔菜と一緒に学校に行けるから」

「バカ……」

 こんな大惨事を起こしても、私と過ごす明日を思って無邪気にニコニコしている楓の肩を私は軽く叩いた。

 この子の笑顔に私は弱い。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「これで私たちだけの世界ができるね蒔菜 」

「うん楓 」


 私達を阻むものが無い世界を創る装置に手を掛ける。

 装置の起動レバーを持つ私の震える手にそっと楓の義手が被さる。

 触れると冷たい筈の機械仕掛の義手が、傷だらけの私の手に触れると何故だか温かい柔肌のように感じられた。


「一緒に罪を背負って生きよう蒔菜」

 決心がついた。

 世界を滅ぼしてでも私は楓と一緒に生きるんだ。


 そうして人類は永遠の眠りについた。

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楓と蒔菜と異次元テレビ 鮎河蛍石 @aomisora

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