柳の洞

ム月 北斗

欲しいもの

 むかしむかしのことじゃった


 江戸の片隅の小さな屋敷・・・

 その前にある通りには、たいそう立派な柳が生えておった。

 屋敷の主が子供の頃からあるその柳は、大切に大切に扱われていた。


 しかしある日、屋敷の主が手入れに行くと、柳は変わり果てた姿になっておった。


「あぁ!なんてことじゃ・・・枝が朽ちて"洞"になっておる・・・」


 広々と伸びていた立派な柳の五本の枝のうち、一本が綺麗に無くなったそこには代わりに、人の腕と同じ程の太さの洞が出来ておった。


「昨日まではあんなに立派じゃったのに・・・こうしちゃおれん!柳に詳しい者に尋ねに行かねば!」


 そう言うと屋敷の主はそそくさと旅支度をし、一日掛けて柳に詳しい者の下へと向かった―――――






 その日の晩のことじゃった。

 月明かりぼやけた薄暗い通りを、千鳥足で歩く男がいた。

 片手に酒の入った徳利とっくりを持ち、上機嫌で鼻歌交じりに右へ左へふらふらと。


 やがて男は洞の出来た柳にぶつかった。

「痛ってぇなぁ・・・どぉこに目ぇつけてやがんだぁん!!」

 酒が回っているのか、呂律ろれつも悪けりゃ目も悪い。

 男はぼやけた視界を薄目で確認すると・・・

「んぁ?んだよぉ・・・柳じゃねえか・・・まどろっこしい・・・」

「っけ」とふてぶてしくその場を去ろうとした・・・その時だった。


『ねえよぉ・・・ねえよぉ・・・』

 薄暗い通りに小さく不気味な声が響いた。

 男は背筋にゾっとするものを感じ振り返った。しかし・・・そこには誰もおらなんだ。

 聞き間違いかなんかだろうと、男は再び去ろうとすると、また声が響いた。


『ねえよぉ・・・ねえよぉ・・・』

 今度は声がするうちに、男は素早く振り返った。

 すると・・・不思議なことにその声は、柳の洞の"中"から聞こえていた。

 人の腕程の太さの洞・・・なんだってそんなところから・・・

 そう思いつつも男は、洞の中へと声を掛けた。

「おぉい、誰かいんのかい?」

 しかし・・・

『ねえよぉ・・・ねえよぉ・・・』

 また、同じことを言い返してきた。

「何がねえんだい?」

 男は心配そうに聞くも返ってくるのはまた、同じことだった。


 やがて男はしびれを切らすと、袂の中からいくつかの銭を取り出して、洞の中へと入れてやった。

「銭か?銭が無くって困ってんのかい?少しだけでよけりゃあよ・・・ほれ」

 洞の中に放り込まれた銭は、洞の底に落ちたのかチャリンと音が鳴った。

 すると―――――




『これじゃねえよぉ・・・これじゃねえよぉ・・・』

 洞の中の声がそう言うやいなや、先ほど放り込んだ銭がまるで口から吐き捨てるかのように『ぺっ』と吐き出された。

「な・・・てめえ!銭様になんて罰当たりな・・・」

 怒りながら男が地べたに捨てられた銭を拾っていると、違和感を感じた。

「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・ありゃ?」

 男が何度銭を数えても、入れた数よりのであった。

 不思議に思った男は、もう一度銭を洞へと入れた。


『これじゃねえよぉ・・・これじゃねえよぉ・・・』

 そしてまた、吐き出された。

 男はまた、地べたの銭を数えると・・・やはり、多いのであった。

「もしかしてこの柳の洞・・・銭を増やして返してくれるってのかい!!」

 男はやれ嬉しやと、何度も何度も洞の中へと銭を放ってやった。

 次から次へと銭が増え、男はまるで"花咲か爺さん"にでもなった気分でいた。


 夢中になっているうちに、時は草木も眠る丑三つ時になっていた。

 もはや抱えて帰れぬほどに銭を増やした男は、最後にその銭を全て洞の中へと放り込んだ。

 男はすっかりいい気分になっていた。

「そら柳よ!今の銭をもっと、もぉっと増やしておくれ!!」

 しかし・・・今度は待てども暮らせども、一向に銭を吐き出さなかった。


 すると―――――


『いけねぇ・・・いけねぇ・・・詰まっちまった・・・』

「あん?詰まっただぁ?!」

 どうも柳は今しがた入れられた銭を、洞に詰まらせたらしい。

「ったく、しょうがねえなぁ・・・」

 そう言うと男は、近くにあった桶を足場に背伸びをして洞の中を覗き込んだ。

 中にはチラリと、たしかに輝く銭のようなものが見えた。


「これだな・・・おらよ・・・っと」

 そう言って男が腕を伸ばし、洞の名へと手を突っ込んだ。


 その時だった―――――






『あぁ、これだこれだ。欲しかったものはこれだよ』

 するとたちまちに洞がぐわっと口のように広がると、寄りかかるように腕を伸ばしていた男を一飲みにした。





 翌日—――――

 柳に詳しい者を連れ、屋敷の主が帰ってきた。

 慌てた様子で主が言った。

「こっちじゃこっちじゃ。うちの立派な柳がな、昨日突然・・・って、ありゃ?」

 主は目を丸くして驚いていた。

 昨日まであったその洞からは、立派な枝が伸びているではないか。

「どういうことじゃ・・・」

 主が不思議そうにしていると、連れてこられた者が言った。

「なんだいじい様よ、ボケたんじゃあるめえな?」

 何度目をこすれども、確かに洞が無くなっているのだ。

「いやはや・・・これは・・・すまんな、ボケたのかもしれん。洞だけに"うろおぼえ"ってな!」

 そう言って屋敷の主は誤魔化した。





 しかし、その後も―――――

 毎年、夏が来るとその柳には"洞"が出来た。

 確かに夏が来るまでは枝があるにも関わらず・・・

 ある日突然、ぽっかりと出来るのだ。


 まるで―――――





 ―――――

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柳の洞 ム月 北斗 @mutsuki_hokuto

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