不確かな感情の波に流されて
PROJECT:DATE 公式
青い空
梨菜「ふぁー…は…。」
波流「凄い大欠伸。」
梨菜「だって…眠いんだもん。」
波流「いつもそうじゃない?」
梨菜「うん、いつも眠い…。」
波流「なら変わりないじゃん。」
梨菜「今日は特段眠いの。」
波流「授業中寝た?」
梨菜「寝た。」
波流「あぁ…いつも通りだなぁ。」
梨菜「今日はうんとよく寝た。」
波流「あははっ、先生泣いちゃうね。」
梨菜「もういっそのこと呆れてると思う。」
波流「ふふ、そんな気がする。」
梨菜はもうひとつ大きな欠伸をした後、
机に張り付くように伏せた。
両手を投げ出しているせいで
前の席の人に当たりそうだ。
7月も中旬へと差し掛かる。
テストを終えた今、
何故学校に来ているのか
正直分からなくなっていた。
いっそのこと夏休みでもいいじゃないか。
誰もがそのような口を垂れる中、
私たちは当たり前のように
学校に通うのだ。
室内はエアコンが必死になって
働いてくれているからいいものの、
外に出ればみるみるうちに
汗が衣服へと染み込んでいく。
梨菜「もう帰りたい。」
波流「もう帰れるよ。ホームルーム終わったし。」
梨菜「そうなんだけど違うじゃん。」
波流「ん?何が?」
梨菜「帰るのがめんどくさい時あるじゃん。」
波流「あー、わかるかも。」
梨菜「でしょ?どこでもドアがあればなぁ。」
波流「でも実際に作られたらめっちゃ吸い込まれるかめっちゃ後ろに飛ばされるからしいじゃん。」
梨菜「そうなの?」
波流「移動する分の風が一気に来るんじゃなかったっけ。」
梨菜「へぇ、面白い!」
波流「本当かどうかはわからないけどね。」
梨菜「世の中そんなもんばかりだからいいんだよ。」
波流「夢見ることも大事だよね。」
梨菜「そうそう。」
梨菜は上体を起こし、首元を手で仰いだ。
微風しか来ないであろうそれは
果たして意味があるのだろうか。
あまり効果がなかったからか
すぐにやめてまた机に張り付いていた。
梨菜「波流ちゃんは部活行かなくていいの?」
波流「そろそろいくよ。」
梨菜「ここで2時間くらい潰していかないかい?」
波流「下校時刻になるじゃん。」
梨菜「ちぇ、駄目かぁ。」
波流「残念ながら。」
梨菜「部活は去年から続いてることだし仕方ないけど最近全然遊びにいけてないなって思ったわけですよ。」
波流「まぁ、宝探し以来かな。」
梨菜「そう!そうなの!」
波流「じゃあ今度どっか行こうか。」
梨菜「うん!」
梨菜はまるで子犬のように
目を輝かせてはこちらを見つめた。
何年経ってもこうして
楽しみだと感じてくれるのは
私もしても嬉しい。
ただ、延々とこの反応を
続けられるのもすごいなと
内心驚いていた。
一種、尊敬する気持ちを湧いてくる。
波流「じゃあ行ってくるね。」
梨菜「頑張ってね!」
波流「はーい、ありがと。」
軽く手を振ってその場を後にする。
廊下に1歩踏み出した瞬間、
教室にはなかった暖かさが
私を包み出していた。
教室内は寒いと思っていなかったが、
もしかしたら体に負荷が
かかっていたのかもしれない。
じんわりと体の芯から温めてくる温さに
心地よさを感じる私がいた。
ふと気づく。
いつからか、手を振った後は
振り返らないようになっていたなと。
別に毎度の別れが
惜しいと感じているわけでは
ないからだと思う。
10年間も一緒にいれば
明日だって会えるし明後日だって会える。
いつでも会うことができると
考えるのが妥当だろう。
波流「…。」
何故か、美月ちゃんの顔が過った。
幼馴染というわけではないけれど、
これまででこんなにも深く
仲良くなったのは
梨菜以外で美月ちゃんが1番だった。
勿論、学校内で仲良くしている人は
梨菜や美月ちゃん以外にもいる。
部員の人だって、クラスの人だっている。
けれど、深くまで…
それこそ、完全に心を許しているのは
と捉えるとその2人の顔が浮かぶ。
美月ちゃんと私は5月を境に
関係性が大きく変わった。
つい先日、大体のことは落ち着いて
今では日々のサイクルが
固定化されてきている。
全てが解決したわけではないし、
寧ろ解決とは程遠い。
コロナと同じようなものだろう。
なくすのではなく、
受け入れて共に生活する。
私たちが出した答えは
withという考え方に基づいていた。
これからも私たちは
それとなく一緒にいることになるだろう。
波流「あ。」
ラケットを背でからりと鳴らす。
目の前に見えてくるのは
夏の門を開いている体育館だ。
ふと。
雨が香った気がした。
空を見上げてみれば、
雲がみるみるうちに膨らんで
私たちの上に立ちはだかっている。
もしかしたら雨の中
帰らなければならないかもしれない。
°°°°°
波流「…痛くない?」
美月「ぁう…は…るぅ…っ。」
波流「ごめんね。」
---
美月「うあぁっ…あああぁああぁっ…。」
波流「…1人にしてごめんね。」
美月「うわあぁああぁぁっ…!」
°°°°°
波流「…。」
雨の中大きな声を上げて
子供のように泣いていた
彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
美月ちゃんの症状が
今のところだとこれ以上
良くならないことに関しては残念だと思う。
…。
…否、残念だと思わなければ
ならなかったのだと思う。
本音を言うのであれば、
美月ちゃんが選択をする時に
自殺をして欲しいだなんて伝えなくて
よかったと思っていた。
もしかしたら、この症状もなくなり、
本当に解決したと言える日が
来ていたのかもしれない。
これでよかったと思っていた。
それは、リスクを回避したからということや、
今のままでも過ごしていけるから
ということではない。
これからも美月ちゃんと
いられるかもしれない。
そう思ってしまった。
私のお母さんの教訓は
弱い者は守ること、だった。
それを間に受けて育ったものだから、
それが当たり前だと思っていた。
梨菜と初めて出会って遊びに誘った時も
きっとその考え方があったから。
いい人ぶるのは気持ちよかった。
だって感謝されるのだもの。
子供の頃だなんて、
それだけでヒーローなのだ。
でも、そんなのは立派なことではないと
知ることになったんだっけ。
そのことがあっても尚、
優しさなのか自己肯定感を上げるためなのか
周りの評価が欲しいのか、
将又その全てなのか
答えを出さないままに今日まで経た。
今も尚、必要とされれば
それだけでいいだなんて
考えてしまう子供の私がいる。
雨の中美月ちゃんを抱きしめた時、
これからも隣で助け続けることが
できるのであればそれでもいいやと思った。
必要とされるのが嬉しかったのかもしれない。
優しいなんてものではない。
ねじ曲がっている。
ねじ曲がっているのだ。
こんな自分が嫌いだ。
嫌いだ。
私は最低だ。
「波流!」
波流「…。」
後ろから何度も聞いた声がする。
あぁ。
今日も部活があるらしい。
いつまでも海の底のような青い空を
憎むことしか出来なかった。
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