へびのおきもの
西川東
おきもののはなし
専業主婦のSさんの体験。
Sさんのひとり娘、Nちゃんが幼稚園に通っていたときの話。
幼稚園で先生の指導のもと、「工作をする」という機会が誰しもあっただろう。男性であれば怪獣だの恐竜、車やら、女性であれば花や動物、可愛いもの・・・といった感じで、いろいろな物の工作をしていたと思われるが、Nちゃんの場合は、他の園児と違った、奇妙な傾向があった。
それは、『蛇しか作らない』のである。
蛇といっても幼稚園児の作るものである。
ダンボールを切り取って丸めたもの。
紙粘土を棒状に伸ばして、おはじきの目玉をつけたもの。
ストローの曲がる部分だけを寄せ集めて、セロハンテープでくっつけたもの。
「何を作っているの」と先生が尋ねても、Nちゃんは「へび」と答えるだけで、あとは一心不乱に蛇を作り上げ、完成したらそれをじーーっと眺めている。
それだけに留まらず、お絵描きの時間では、みんなが家族の集合絵を描く一方で、Nちゃんだけは鯉登りが横になったような絵を描いた。「何を描いているの」という問いに、これまた「へび」と答えるだけだった。
一見、変わった傾向であるものの、それ以外で目立った奇行はNちゃんにはなく、他のお友達と仲良く遊んでいたし、別段いじめられたり、他の子をいじめたり・・・といったことはなかったそうだ。
しかし、大人が気づくこの奇行を、子供だけが見逃すはずはなかった。
ある日のこと。
クラスでも一番意地っ張りの子が、いつも蛇しか作らないNちゃんにちょっかいを出して、彼女の作っていた紙粘土の〝へび〟をぐちゃぐちゃにしてしまった。Nちゃんは火が付いたように泣き出し、収まりがつかず、ちょっとした騒ぎになったそうだ。
そんな一連の出来事を、お迎えの時に聞いたSさんは、泣き疲れて眠ってしまったわが子を背負いながら、憤りと共に、この奇行が続くと、将来いじめに繋がらないかと心配にもなった。
ただ、家につき、泣き腫らした顔で眠る我が子をよくみると、その小さな手には、なんとか直そうとした紙粘土の〝へび〟が握りしめられており、(そんなに大事だったのか)と、ちょっと微笑んでしまったそうだ。
このような出来事は、「昔、あんたにはこんな変なとこがあったんだよ」と笑い話にあがったり、もしくは連絡帳などを見返してやっと思い出す懐かしいエピソードかもしれない。しかし、Sさんにとっては忘れたくても忘れられない、忌まわしい記憶となった。というのも、この騒動から数日も経たなかった時のことである。
Nちゃんのクラスの担任の先生が亡くなった。交通事故だった。
葬儀からの帰り道、式の最中は戸惑っており、状況を理解しているようには見えなかった我が子に、いったいどう説明しようか考えながらSさんは歩みを進めていた。そんなNちゃんでも、参列者や母親の雰囲気を感じたせいか、一言も喋らず、暗い様子だった。
やっと帰宅して、お清めの塩をかけようとしたとき、Nちゃんは靴を履いた状態で、すたたた・・・と家の中に駆け込んでいった。声をあげて止めようとするSさんを無視して彼女はどこかにいってしまう。あわてて追いかけると、Nちゃんは居間の窓をあけて、庭に何かを撒いていた。
なにしてるのと怒り声をあげるSさんに、Nちゃんは
「せんせいを、つちににかえしてるの」
あっけらかんとした顔でそう答えると、あの時にぐちゃぐちゃにされ、大事そうに握りしめていた紙粘土の〝へび〟を、千切っては投げ捨てていた。
それから突然としてNちゃんが〝へび〟を作ったり、描くことはなくなった。他の子どものように「動物」や「風景」、「家族」を題材にしたものを作るようになった。
表向きは、先生が亡くなったショックによって奇行はなくなったということにしているが、なぜなのかは全く分からない。
現在、Nちゃんは中学生になっている。
Sさんは、一連の忌々しい出来事を忘れられないでいるが、Nちゃんにそれとなく『蛇』の話題をふっても、手応えはなく、なにも覚えていないそうだ。
また、美術部に入った彼女が『蛇』をモチーフにした作品を作ったことは、いまのところないという。
「因果関係とかは分からないんですけど・・・」
ぐちゃぐちゃにされた〝へび〟。
先生の死。
せんせいを、つちにかえしてるの。
ばら撒かれた〝へび〟。
Nちゃんが作った〝へび〟に関する造形物、絵、文は、いまでも厳重に物置の奥の方に仕舞ってある。
へびのおきもの 西川東 @tosen_nishimoto
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