第三章『希望』

プロローグ『一億年前の真実』

 摩周湖。北海道川上郡弟子屈町にある世界で二番目に透明度の高い湖だ。

 水中に入る為に水の祈りを捧げる。マリン・フォームは四代目が水中に潜むシーザーというSDOを討伐する為に得た力。

 流線型のスタイリッシュな体に変化してレオは水中を潜る。

 思ったよりも深い。そして、なによりも美しい。頭上を見上げれば、太陽の光を浴びた湖面がキラキラと輝いている。


『綺麗だね、レオ』

「キュア!」


 レオはマリン・フォームになると鳴き声が少し変わった。それでも問題なく意志は伝わってきた。


『行こう』


 レオは更に潜っていく。すると、湖底から無数の泡が溢れ出した。


『なっ、なんだ!?』


 泡が晴れると、そこには暗黒が広がっていた。湖面から届く光さえ呑み込む漆黒に呑まれそうになる。


 ―――― 待っていた。


『え?』


 声が聞こえた。キョロキョロと当たりを見渡すと、奇妙な事に気がつく。闇の端から先に赤が広がっている。更に、その先には白が微かに見える。白と赤と黒の境界を追っていくと、それが巨大な円を描いている事が分かった。


『……これって、眼?』


 ―――― 然様。これは我の眼だ。


 地の竜は日本そのものだと聞いていた。当然、眼球も相応に巨大である筈だと分かっていた。けれど、こうして目の当たりにすると圧倒されてしまう。


『えっと、あなたが地の竜……なんですよね?』


 ―――― 如何にも、我こそが地の竜と呼ばれしもの。真なる名は、地竜。


『地竜……。それって、マシーン・アルヴァとしての?』


 ―――― 然様。我の先代は機竜と呼ばれた。機械の竜という意味だ。その名残を受け、我は地球の竜……、地竜と名付けられた。


『……なんか、意外だな。なんとなく、レオみたいにガオーとか、ギャオーみたいな感じだと思ってた』


 ―――― レオ。ウルガの事だな。


『うん! オレが付けた名前なんだ。かっこいいだろ!」

「キュア!」


 レオはお尻をフリフリさせた。


『あざとい! 可愛い過ぎるぞ、レオ!』


 ―――― 仲が良いな。結構な事だ。


 地の竜は穏やかに言った。やっぱり、イメージと違う。

 もっと、無機質で、遠い存在だと思っていた。


『……地の竜。オレ達が真なるアルヴァを倒せば世界を救えるって聞いた。それは、本当?』


 ―――― どこまで聞いている?


 忠久とミラーから聞いた話をそのまま話すと地の竜は言った。


 ―――― 大まかには合っている。だが、倒すだけでは一億年前と同じだ。


『一億年前……。たしか、地の竜が真なるアルヴァを滅ぼしたんだよな?』


 ―――― 然様。一億年前、我は大いなる者を討ち倒した。


 その言葉と共に地の竜の眼球から無数の泡が溢れ出した。


 ―――― 語るとしよう。一億年前の真実を……。


 ◆


 はじまりは、宇宙から飛来した隕石だった。アメリカ航空宇宙局NASAは直ちに隕石落下の現場へ調査団を派遣する。しかし、調査団の第一陣は現場到着と共に消息を絶つ。程なくして、ソビエト連邦を筆頭に各国も調査団を派遣するが、ただの一人も帰る者はいなかった。

 異変を感じ取り、国際連合は大規模な調査隊を結成して派遣する。だが、総勢七百人に及ぶ調査員達は一人残らず行方を眩ませた。

 同時に隕石の落下現場である海域付近の住民が姿を消し、その範囲は加速度的に拡大していった。

 人類がまともな情報を得る事が出来たのは隕石落下から一ヶ月後の事だった。日本の調査団に同行していた海洋学者の天音 靖友がアメリカの西海岸で衰弱しきった状態で発見された。何故か、彼は小さな赤ん坊を抱きかかえていた。

 靖友は錯乱していてまともに話が出来る状態ではなかったが、彼の荷物から手記が発見された。

 前半は調査団の活動の記録や船の上での生活に対する感想、愚痴などが散りばめられているだけだったが、あるページを境に文字が乱雑となり、その内容も支離滅裂なものに変わる。


『恐ろしい。あれはなんだ! 生き物なのか!? まるで、ラブクラフトの小説のようだ。恐ろしい。ただ、恐ろしい』

『まるでイソギンチャクのような生き物に仲間が襲われた。無数の触手に絡め取られて、血液を搾り取られ、肉も骨も貪られた』

『恐竜のような見た目で、火や雷を放つ生き物が暴れている。なんだ!? わたしは映画の世界にでも迷い込んでしまったのか!?』

『また、仲間が死んだ。理解が出来ない殺され方をした。体を粘土のように捏ね繰り回されて、肉団子のように変えられて、それでも生きていて、最後は喰われた』

『ああ、だめだ。わたしの番が来た。逃げ込んだ廃屋の真上に巨大な鳥が降りてきた。八雲……! 逃げ惑う中で出会った愛しき女を抱く。恐怖から逃れるためじゃない。ただ、最後の瞬間、愛する女を感じていたかった。八雲も、大人しい彼女が見たこともないほどに乱れた。わたし達は死を前に繰り返し、繰り返し、愛し合った。そして、夜が明けた……』

『何故だ。何故、生きている!? 分かっている! 分かっている! 八雲のおかげだ! わたしのせいで八雲が殺された! 愛していたのに! 守りたかったのに! 彼女はわたしが眠っている間に外へ出て行った。遺された手紙には自分が囮になるから息を潜め、時を見て逃げて欲しいとあった。ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな! わたしが死ぬべきだ! 生きるべきは君だ! どうして!? どうして!? いやだいやだいやだいやだいやだ』

『わたしは生きている。何故だ。分かっている。八雲を殺した鳥がわたしを守っているからだ。何故なのだ。わたしを何故殺してくれない。八雲と一緒にいさせてくれない! ハエのような生き物、アメーバのような生き物、表現のしようもない異形、様々な生物を鳥は撃退していく。そして、鳥は卵を産んだ。鳥の体格からすれば、まるで砂粒のような、わたしからすれば、ダチョウの卵よりも大きいそれは、わたしの眼の前に産み落とされた』

『鳥が敗北した』


 そこで、手記は途切れている。あまりにも常識はずれな内容に誰もが半信半疑だったが、最新鋭の衛星が打ち上げられ、件の海域の様相が明らかとなった時、手記の内容を疑う者はいなくなっていた。

 アメリカ合衆国政府は異形の存在を怪獣と名付け、国際的な協力を各国へ求めた。しかし、多くの国が脅威を現実のものと受け止めず、それは超大国であるソビエトや中国も例外ではなかった。

 事態が急変したのは靖友発見より三ヶ月後の事だった。南アメリカ大陸に怪獣が現れ、一晩の内に大陸のすべての国が滅び去った。大地は焦土と化し、生き残った人間は一人もいなかった。

 一つの大陸の消滅は静観を決め込んでいた国々の重い腰を持ち上げるのに十分な衝撃を各国に与えた。

 ようやく動き出した国際連合は怪獣に対抗する為に国際的な軍隊を組織する。だが、そうする間にも怪獣は人類に牙を剥き、暴れ続けた。時を追う毎に国が滅ぼされていく。地図に描かれた無数の国旗が剥がされていく。

 気づけば、総人口は数ヶ月の間に半減していた。

 生き残っていた人類はようやく完全なる結束を果たし、あらゆる手段を用いて人類の存続の為に動き始める。

 人類の存続。それ以外のあらゆる国際条約が撤廃され、あらゆる兵器、あらゆる策謀が使われた。だが、それでも怪獣の脅威は人類を絶望へ追いやった。

 超大国の一つが滅ぼされた時、人類はすべてを捨てた。人権の撤廃、倫理の無視、それにより非道な研究が開始され、老若男女を問わず、すべての人間が兵士となった。

 倫理と人権の撤廃により加速する科学技術の発展により人類はようやく怪獣との間に均衡状態を生み出す事に成功する。

 次に行われたのは人間の生産だ。人間の脳という、最新鋭のスーパーコンピューターを凌ぐ計算機を戦闘機のAIとして起用する技術の完成に伴い、幼子さえ兵士となった。

 四肢をもがれれば機械の手足を充てがわれ、体を失えば脳を機械に繋がれ、命の一滴まですり潰される。その地獄の中で人類は必死に明るい未来へ手を伸ばし続けた。

 最初のマシーン・アルヴァ、『機竜』が開発されたのは怪獣との戦争状態が始まってから十三年後の事だった。初期の頃から暴れまわっていた、後にアルヴァと呼称される『邪竜』の細胞を基に開発された機竜は複数の人間の脳を接続する事で高度な演算を可能とし、圧倒的なポテンシャルを発揮した。

 人類の希望となり、徐々に人類の生存圏を広げていく機竜。

 人々は夜明けが近い事を感じて歓喜した。明るい未来に酔い痴れ、歌い、踊り、愛し合った。

 けれど、機竜は破れた。

 相手はオリジナルである邪竜、アルヴァだった。後に現れる劣化存在と区別する為に、後に神の如きもの、真なるアルヴァと呼ばれる存在だ。

 恐るべきはその進化能力。通常、数万から数億年の歳月を必要とする生物の進化を真なるアルヴァは一代の内に、それも数ヶ月の単位で行う。機竜が開発され、実戦投入されるまでの間に真なるアルヴァは機竜を上回る状態へ進化を遂げていたのだ。

 その時点で人類は二つに割れた。一方は地球を捨て、新天地を目指すもの。もう一方は、それでも地球を取り戻す為に戦い続ける事を選ぶもの。

 地上に残った人類は残存する戦力のすべてをかき集め、最終戦争ファイナル・ウォーズを開始する。希望など何一つない絶望の中で彼らが抱くのは、どうせ死ぬなら生まれ落ちた地球で死にたいという諦めの思いだった。

 けれど、奇跡は起きた。

 十三年の歳月は赤子を少年に変える。天音 靖友が発見当時抱きかかえていた子供も十三歳の少年に成長していた。

 戦場から最も離れた場所にある地球政府の本拠地で錯乱した父と共に密やかに成長した彼は一匹の怪獣と、一人の友人と共に戦場へ姿を現した。

 巨大な鳥のような姿の怪獣に乗り、少年は戦う。そして、彼の友人は人類に福音を齎した。それは魂の存在。十三年前、靖友の妻である八雲が起こした奇跡。怪獣に喰われながらも愛する者の為に抗おうとした彼女はその怪獣の中で生き続けた。その奇跡を再現すれば、人類は勝てるかもしれない。

 福音を齎した少年の名に因み、ケンゴ・プロジェクトと呼ばれる作戦が開始される。人類の科学の粋を集め、建造される超巨大兵器。それは、第二のマシン・アルヴァ、地竜だった。今度のマシン・アルヴァは人間の脳ではなく、魂が搭載される。

 少年と付き従う怪獣によって稼がれる時間を使い、人類は地竜を完成させた。魂の存在の実証により更なる躍進を遂げた科学技術は遂に真なるアルヴァの進化のスピードを上回り、これを撃退する。

 すべての怪獣が淘汰されたのは、それから約四十年ほども後の事だった。

 戦争の爪痕は深く、人類の生存域は極めて小さく。宇宙へ逃げ出した者を含めても、残された人類の数は千を超える事が出来なかった。その内の半数以上は人のカタチを保っていない。


『これを勝利と言えるのか……』


 残された人類の指導者となったケンゴ・プロジェクトの発案者である坂巻 健吾の言葉である。そして、彼は一つの計画を立案した。

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