第十話『黙示録』

 マイケル・ミラーと名乗った男は飛び立つウルガを複雑な表情で見つめていた。


「……君は、やっぱりソッチを選ぶんだね」


 深く息を吐き、魂を食い尽くされた抜け殻に縋り付く二人の少年を見下ろす。

 この絶望を彼は知っている。だからこそ、一億年もの間繰り返してきた。

 試行回数はこれで丁度、千回目。その度に贄守翼という少年はウルガの贄となる道を選んできた。それが、運命だからだ。

 平行世界パラレルワールドなど存在せず、あるのは一本の道のみ。多少の変化を加えてみても、必ず元の道に戻ってしまう。それは人の死でさえ例外ではない。誰もが知る有名な科学者、宣教師、英雄を退場させても、必ず印刷機や飛行機が開発され、キリスト教や仏教が世界中で信仰され、国々は現在の状態に至る。

 神はいない。彼はこれまでに何度も言い続けてきた。それは自分自身に対する鼓舞でもあった。見えざる意志など存在せず、抗い続ければ、運命はいずれ変えられる。

 今回で終わらせる事が出来れば、次こそは……。


 ◆


 同時刻、特定災害対策局では、世界各国に同時多発的に出現したSDOの対策に追われていた。


「GKS、発射!」


 局長であるマイケル・ミラー・・・・・・・・も忙しなく働いていた。幸か不幸か、現れたSDOの中で最も強力な個体は日本に現れたヘルガだった。他の地に出現したSDOには改良が施されたGKSが効果を発揮している。


「効いていますね、GKS!」


 隣で興奮した様子を見せるジェイコブ・アンダーソンにマイケルはホッと胸を撫で下ろした。

 次期局長であるジェイコブは十三区画で知った事に打ちのめされ、しばらく塞ぎ込んでいた。だが、どうにか持ち直してくれたようだ。


「なんとか収拾がつきそうですね」

「ああ、事後処理は忙しくなりそうだがな」


 現時点における人類の最強兵器である神殺しの杖GKSには改良を加えたが、量産体制が整ったわけではない。今回の一件で既に全弾を撃ち尽くしてしまっている。早々に新たな衛星を打ち上げなければならない。

 加えて、GKSの破壊力は絶大であり、核兵器のように放射線をバラ撒く事はないが、それでも被害範囲が広すぎる。各国の協力の下、迅速に行われた避難誘導によって人的被害は最小限に抑えられたが、着弾地点の周囲二百キロは完全な更地と化してしまった。

 更に日本で立て続けにSDOが衆目に晒された事で世界中の人々がSDOの存在を認識し、恐慌状態に陥っている。このままでは各国の政府組織が機能に支障をきたすだろう。


「各国の首脳陣と連携を密にしていくぞ」


 マイケルが矢継ぎ早に指示を出していく、その時だった。


「局長!」


 局員の一人が悲鳴を上げた。


「どうした!?」


 嫌な予感がした。


「ふ、再び世界各国にSDOが出現! ニューヨーク市にグリザリア! 地中海にシーザー! 中国にはルビカンテも!」

「インド洋にクルーガーが出現! ウクライナにヴァルセル、ナイジェリアにジガルガン、イスタンブールにエクシオンがそれぞれ出現!」

「ロシアからもミュトス、シュラード、ギノスの出現が確認されました!」


 次々に報告されるSDO出現の一報にマイケルとジェイコブは戦慄した。


「馬鹿な……。GKSの再装填には最低でも一週間は掛るんだぞ……」


 ジェイコブの言葉に折れそうになる心を必死に繋ぎ止め、マイケルは息を吸い込んだ。


「狼狽えるな! 各国に配備している既存兵器で時間を稼げ! 全世界! 全軍の全兵器で! GKSの再装填も急がせろ!」

「局長! ロシアとアメリカ、中国の首脳から核弾頭の使用を提案されました!」

「却下だ! 核兵器の火力ではSDOを滅ぼせないし、放射能は効かない! 逆に人類が疲弊し、稼げる時間も稼げなくなる!」

「局長! 更にオーストラリア、韓国、マレーシア、イランからもSDO出現の一報が!」

「ブラジルからもです!」


 司令室の巨大モニターに表示された世界地図が次々とSDOの出現を示す赤の光で満たされていく。


「……なんだ、これは」


 マイケルは食い縛るようにモニターを睨みつけた後、更なる指示を飛ばした。

 ここで世界を終わらせるわけにはいかない。


 ◆


 それは、まさに地獄のような光景だった。

 撃ち落とされていく戦闘機。燃え盛る都市。悲鳴を上げる人々。

 市民を守りたい。その思いで警察官になったアドルフ・パーカーは握りしめた拳銃を絶望的な表情で見下ろした。

 パーカー。有名なアメコミのヒーローと同じ姓。映画の中で巨大な敵に立ち向かう彼の勇姿にあこがれていた。彼の映画の中での『野菜を食べて、お母さんの言うことを聞け』というセリフも忠実に守ってきた。

 だけど、現実は非情だ。彼はスーパーヒーローにはなれず、目の前で逃げ惑う人々を励ます事も、死にゆく市民を救う事も出来ない。


「……はは、これが現実ってヤツか」


 暴れまわる正体不明の巨大生物にアドルフは拳銃を撃った。弾が切れるまで、何発も、何発も、その巨大な足が落ちてきても、潰され、ペーストになる寸前まで撃ち続けた。

 脳裏に浮かんでいたのは、傷ついても、負けそうになっても立ち向かうヒーローの姿だった。


 ◆


「逃げろ! はやく!」


 反政府組織に所属するレフ・ニコラエヴィチ・トルストイは教会で祈りを捧げ続ける市民達に声を荒げ続けた。

 神の為。そう思い、戦い続けた彼は、1時間前に神の存在を否定した。

 あまりにも理不尽な暴力の化身が国そのものを滅ぼそうと暴れ回り、今まさに地獄を作り上げている。


「神が我らをお救いになる」


 その言葉を、一時間前の彼ならば肯定していた事だろう。けれど、今の彼はその言葉を否定した。


「正気に戻れ! 神はいない! ここにいたら、殺されるぞ!」


 返答は銃弾だった。


「黙れ、テロリスト」


 撃たれた彼は思わず笑ってしまった。巨大生物が暴れまわる地獄の中で助けようとした人間に撃ち殺される。そのあまりにも間抜けな最期に彼は笑うしかなかった。

 

 ◆


 戦闘機の中で彼は世界の終わりを確信した。仲間が次々に撃ち落とされていく。ミサイルも弾丸もいくら撃ち込んでも巨大生物の気を逸らす事さえ叶わず、無意味に死んでいく。

 

「これじゃあ、カミカゼじゃねーか」


 冗談じゃない。殺すために兵士になった。死ぬために戦うなど、そんな英雄的思考を彼は持ち合わせていなかった。

 けれど、逃げ出す事は出来なかった。人を殺す快感に取り憑かれ、数多の戦場で戦果を上げ続けてきた彼は、共に戦う仲間に対して情を抱いてしまっていた。

 撃ち落とされ、花火になっていく仲間達に怒りを滾らせ、彼は操縦桿を握りしめる。


「上等だ! ぶっ殺してやる!」


 完全なマニュアル操作に切り替え、巨大生物の攻撃を避けながら、眼球に向かって突き進む。彼の愛するゲーム達が教えてくれている。どんなに頑丈な敵でも、そこだけは鍛えられない。

 けれど、それはゲームの話。


「……ッハ、クソッたれが」


 ミサイルの直撃を受けながら、眼球に傷一つついた様子はない。

 ただ、初めて、その巨大生物は感情を顕にした。 

 痛かったのだろう。初めて、明確な殺意を持って、巨大生物は彼の機体を粉砕した。


 ◆


 中国は対策局の指示を無視した。

 最初に発進させた1000を超える戦闘機が何の成果も上げられなかった時点で気付いたからだ。

 このままでは、時間を稼ぐ事さえ叶わない。

 故に、禁じられた装置の起動スイッチを躊躇いなく押した。

 打ち出された一発の長距離弾道ミサイルは自国の領空を飛び、巨大生物目掛けて突き進んだ。

 それは、ただの核弾頭ではない。嘗ては都市を一つ焼き滅ぼす威力しかなかったが、ロシアの最新技術を流用したソレは小国を消し飛ばす威力を誇る。

 しかし……、


「目標、未だ健在!」


 その一報が核弾頭の使用を決断した中国の首脳陣の下へ届けられた。

 ダメージを受けた様子さえ見せないSDOに誰もが慄き、


「ならば、何発でも撃ち込め! 滅ぼすまで、何発でもだ!」


 その命令は即座に実行された。それこそ大地に致命的なダメージを与え、地球そのものに甚大な被害を与える事になる規模の核弾頭の連続発射。

 その甲斐あって、SDOは多少のダメージを受けた。だが、それだけだった。

 燃え盛る巨大クレーターの真ん中でSDOが吠える。そして、ミサイルが飛んできた方角へ進み始めた。


 ◆


 世界が滅びようとしている中で、SNSで飛び交う世界の情勢を楽しげに議論する者がいる程度に日本だけが平和だった。

 世界中が炎に包まれる中でいつもと変わらぬ穏やかな様子を見せる日本の大地を眼下に翼とレオは北海道を目指していた。

 

『お前が世界を救いたいと願うのならば北海道の摩周湖へ向かいなさい。そこは他の者にとっては単なる観光地に過ぎぬ。だが、贄守の末裔であるお前にとっては運命を決める地となる』


 それは祖父を演じていた男の遺した手紙の一文。きっと、そこで地の竜と話が出来るはずだと思ったからだ。

 そして、たどり着く。世界で二番目に透明度が高い事で知られる湖、摩周湖だ。

 レオはゆっくりと湖畔の広場に降下していく。

 すると……、


『待っていた』


 その声と共にレオと翼は光に包まれた。

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