第三話『結晶』
「……康平。やっぱり、帰ったほうがいいんじゃないか?」
「なんで?」
「なんでって……、さやかさんが居なくなっちゃって、おじさんとおばさんも寂しがってる筈だろ? だから……」
「親父とお袋が寂しがってると、どうして俺が帰らないといけないんだ?」
心底不思議そうな表情を浮かべる康平に二の句を告げなくなった。
「そんな事より、今日はどうする? 坂巻も呼んで、駅前にでも行ってみるか?」
「……康平。家族と仲悪いのか?」
段々、本気で心配になってきた。いくらなんでも、家族に対して無関心過ぎる。
「別に悪くないぞ。どうしたってんだ?」
「だって……、家族は支え合うものだろ? 寂しい時は一緒に居てあげるべきだ」
兄弟どころか、両親さえいないオレの言葉に説得力など無いのかもしれない。それでも、オレはそう信じている。
「だから、一緒に居るんだろ」
「はぁ? ここにはおじさんもおばさんもいないぞ」
「お前がいるじゃん」
はて、いつの間にオレ達は家族になったんだろう。
「親父にはお袋がいる。だけど、俺が帰ったら、お前は一人になるだろ。だったら、俺はここにいる。それとも、俺は邪魔か?」
「じゃ、邪魔なわけじゃないけど……」
康平がオレの事を家族同然に思ってくれている事は正直に言って嬉しい。だけど、甘えるわけにはいかない。康平と友達でいるためには対等でいなければならない。もらうばかりの関係ではダメだ。
「康平。オレは大丈夫だ。もう中学生なんだぜ? 一人でいたって寂しくなんかねーよ!」
「あっそ。それより、今日の予定を決めようぜ」
オレの言葉をあっさりと受け流した挙げ句、スマートフォンを弄り始める康平。引っ叩いてやろうかと考えていると、家の電話が鳴った。
ため息を零しつつ電話に出ると、相手は幸人さんだった。
『おはよう、翼くん』
「おはようございます」
『声に張りがあるね。少しは元気になったのかな?』
「は、はい! ご心配をおかけしました」
『構わないよ。昨日はいろいろとありすぎたからね。それで……、少し話しておきたい事があるんだ』
「話しておきたい事……、ですか?」
『ああ。実は……』
幸人さんは少し言い淀んだ後に言った。
『和尚様を含めて、龍鳴寺の僧がいなくなってしまったんだ』
「……へ?」
『手当たり次第に電話を掛けたり走り回ったりしたんだけど、どこにもいなくてね。おかげで寺を一時的に閉めることになってしまったよ』
「た、大変じゃないですか!」
『……全くだよ。事情すら説明せずに全員が雲隠れするなんて、さすがに予想してなかった。あのクソ野郎共が……ッ』
「ゆ、幸人さん……」
『ああ、すまない。ちょっと徹夜明けで気が立ってしまってね』
「だ、大丈夫ですか?」
『……なんとかね。君の方も神社の管理は大変だろう? なにか力になれる事があれば何でも言って欲しい』
「ありがとうございます。落ち着いたらいろいろと確認して、もしかしたらお願いする事があるかもしれません」
『ああ、任せなさい。お互いに大変だと思うけど、がんばっていこう』
「はい!」
電話を切ると、再びため息が出た。
「みんな、行方不明になり過ぎだろ」
「どうした?」
「龍鳴寺の人達が一斉にいなくなっちゃったみたい」
「……マジ?」
康平は立ち上がるとスマートフォンをポケットにしまいこんだ。
「こうなったら、爺さんの部屋を家探ししてみっか」
「家探し? あんまり気が乗らねーな―」
「そんな事言ったって、神社の経営についても調べないといけないだろ。祭りの事もあるし」
そうなのだ。ジジィの不在を寂しがっている場合ではなかった。これから、この贄守神社をオレが一人で切り盛りしなければならない。その事実が重くのしかかって来る。
仕来りは教えられても、神社の経営の事など聞いた事がない。
「……もう、この神社、売っちゃおうかな」
「いや、神社を売るのはダメじゃね?」
「だって、経営とか……、マジ無理だし。だって、オレって中学生だぜ?」
「赤羽さんが手伝ってくれんだろ?」
「あの人、寺の人だし……。そもそも、そこまで迷惑掛けられないし……」
「だったら、尚の事ちゃんとしないと、だろ?」
深々とため息を吐く。もう一生分は吐いた気がする。
たしかに康平の言う通りだ。幸人さんに迷惑を掛けない為にも、しっかりと自立しないといけない。
「やるか……、家探し」
「おう」
よく考えてみると、ジジィの部屋に入るのは初めての事だった。いつも立ち入りを固く禁じられてきたからだ。
「おっ、これじゃね?」
部屋に入るなり、康平が何かを見つけたようだ。近寄ると、そこには分厚い資料とメモ書き、それに通帳や印鑑などが一纏めに置かれていた。
資料は神社の運営に関するものや、資産管理の為のもの、祭りの取り仕切り方など様々な分野に渡り、必要なものはすべて揃っていた。
「あんなわけのわからない書き置きじゃなくて、こっちを居間に置いてけよな、クソジジィ」
大抵の事は弁護士の人が代理で行ってくれるようだ。オレがやるべき仕事はそこまで多くない。かなりホッとした。祭りの方も、冴羽組の人達が取り仕切ってくれるらしい。
「冴羽組って、冴羽明宏の?」
「そうだよ」
冴羽組はこの近辺を取り仕切る極道組織だ。極道と言っても、そこまで怖い人達ではない。特に現組長の冴羽小十郎さんは時々息子の明宏さんと遊びに来る事があった。
明宏さんは近場の不良グループをまとめ上げて暴走族のトップを張っている絵に描いたような不良だけど、オレには優しく接してくれる。
「とりあえず、挨拶に行っておこうかな」
「挨拶って、冴羽組に……?」
「うん。あっ、康平は来なくてもいいよ? 一応、向こうはヤクザだし」
「……行く」
「そう?」
とりあえず通帳と印鑑を仕舞おうと机に手を伸ばすと、資料の陰に小さな小箱が隠れていた事に気がついた。開けてみると、なんだか見慣れてしまったウルガの紋章を象る首飾りが入っていた。
「これって……」
触れた瞬間、急に意識が遠のいた。
「お、おい、翼!?」
◆
この現象にも慣れたものだ。視界が数回明滅した後、目の前には案の定というべきか、レオの姿があった。
「キュイ!」
『レオ、おはよー』
「キュ!」
相変わらず、実に可愛い生き物だ。
『この感覚は……、多分、幽体離脱中なのかな?』
三度目となると少し分かってくる。きっと、オレの体は贄守神社のジジィの部屋で気を失っている事だろう。康平が傍にいるし、心配はいらない。
幽体離脱の原因は今も手元にある首飾りで間違いない。僅かに光っているし、熱を帯びている。
『冴羽組に挨拶に行かなきゃいけないんだけどなー……』
「キュ?」
『ハハッ、なんでもない。折角だし、レオとの時間を過ごさせてもらうよ』
「キュ!」
この状態の難点は自分の意志で肉体に戻れない事だ。いつも、スーッと意識がなくなるといつの間にか元に戻っている。その感覚も、もう少しで掴める気がした。
『レオ。レオはオレと一緒にいれて嬉しいか?』
「キュキュ!」
嬉しいようだ。素直で可愛い奴め。
よく考えてみると、こんな場所で一人ぼっちのままというのは寂しい気がする。なんとかしてあげたい。
『レオもオレと一緒にいたいんだよな?』
「キュ!」
龍鳴山の洞窟内ならレオの存在を隠しておけるかもしれない。
『オレも一緒にいたいよ、レオ』
お父さんもお母さんも事故で死んだ。お爺ちゃんは本当のお爺ちゃんじゃなくて、書き置きだけ遺して姿を晦ました。沙也加お姉ちゃんも……。
『レオはいなくならないよな?』
「キュー」
友達なんて呼べる相手は康平と健吾くらいで、二人との友情も絶対のものという保証はない。
今は他の何よりもオレの事を優先しようとしてくれている康平も、いつかは離れていってしまうかもしれない。それが怖くて堪らない。
『レオ……』
だけど、レオの事は信じられる。この子だけは最期の瞬間までオレと一緒にいてくれる気がする。まるで、互いが互いの体の一部かのように、この絆は絶対のものだと確信出来る。
いっそ、ここに住んでしまおうか。レオに抱きつきながらそんな風に考えていると、急にレオの纏う空気が変わった。
「キュ!」
まるで、アルヴァが東京湾に出現した時のように勇ましい覇気を発している。
『レ、レオ……?』
「キュ!」
レオは神殿の出入り口に向かって進み始めた。
『待ってよ! どこに行くんだよ!』
「キュ!」
敵が来る。守る。その為に戦う。
レオのそうした意志が伝わってくる。
『一緒に行く!』
慌ててレオの背中に乗ると、レオはスピードを上げた。
島の端まで来ると、レオが感じ取った敵の姿が視界に映り込んだ。
彼方より飛来する黄金の竜。翼があるとは言え、あのような巨体が何故浮くのか不思議でならない。
『レオ……』
空を飛ぶものに対して、アルヴァとの戦いの時のように上手く事を運ぶ事が出来るのか不安になった。すると、急に天から何かが降り注いだ。
『なっ、なに!?』
混乱していると、レオが海に入った。海中へ沈み込んでいって、静かに竜の下へ向かっていく。
天から注がれる光と竜のぶつかり合いによって大いに荒れる海をレオは怯むこと無く泳ぎ進む。
しばらくすると、竜が水中へ落ちてきた。その肉体は無惨にも引き千切られ、海水を真紅に染め上げている。
『黄金の……、竜』
竜は狙いをレオに定めて向かってくる。
―――― レオを守らなきゃ!
そう思うと、体は勝手に守りの祈りを舞い始めた。
仕来りなんて大嫌いだったけれど、何度も何度も踊らされたおかげで無意識の内でも完璧に踊る事が出来るようになっていた。
祈りの効果は絶大で、竜の放った稲妻を防ぐ事が出来た。けれど、竜はお構いなしに接近してきて、その口でレオに噛み付いてきた。
『レオ! 振り払って!』
「キュキュー!」
竜が離れたかと思うと、次の瞬間に竜の尾がレオの体に叩きつけられた。
海底へ沈んでいくレオに竜は容赦なく稲妻を浴びせようとしている。
『させるもんか!』
今のオレは魂の存在だ。足場なんて関係ない。レオの上で守りの祈りを舞う。
すると、稲妻を打ち消した途端に意識が遠のき始めた。
『なっ……、まだ、ダメ!』
このままではレオが殺されてしまう。あの竜は強すぎる。
視界が暗くなっていく。オレは必死に意識を保ちながら導きの祈りを舞った。
―――― レオ……。レオを……、守らなきゃ。
そして、気がつくとオレは自室の布団で眠っていた。
起き上がると、そばには康平がいて、隣には健吾の姿もあった。幽体離脱している間に来ていたようだ。昨日の今日だから様子を見に来てくれたのだろう。
「翼、大丈夫か!?」
「う、うん」
血相を変える康平に頷き返しながら立ち上がる。
「行かなきゃ」
「お、おい! 今の今まで気を失ってたんだぞ!」
「レオのところに行っていたんだ。それで、空を飛ぶ黄金の竜と戦った」
「黄金の竜……それって、メギドのこと!?」
さすがは健吾だ。どうやら、オレとレオが戦った竜の事も知っていたようだ。
「負けちゃったんだ。レオを龍鳴山に送ったけど、ちゃんと出来たかどうか……。急いで、洞窟へ向かわないと!」
入り口に向かうと、康平に追い抜かれてしまった。止められるのかと思ったら、康平は外で自転車に跨って待っていた。
「後ろに乗れよ。全速力で連れて行ってやるから!」
「……康平。うん!」
「ぼ、僕も自転車取ってくるから待って!」
健吾が慌てて駐輪場に向かっていく。
境内の外で合流すると、オレ達は一目散に龍鳴寺へ向かった。
寺は閉まっていたけれど、途中で電話をしたおかげで幸人さんが中へ通してくれた。
事情を走りながら説明して、オレ達は洞窟の中へ入っていく。すると、その奥は真紅の結晶だらけになっていた。
「なっ、なんだ!?」
「宝石……? あれって、レオか?」
康平が指さした先には結晶の中に閉じ込められたレオの姿があった。
「これって、もしかして……」
「知ってるのか!?」
「う、うん。本に書いてあったよ。ウルガは幼体の時代を終えた時、炎の結晶の中で成体になるって」
「大人になろうとしてるって事?」
健吾は頷いた。
試しにレオの名前を叫んでみたけれど、いつものような愛らしい『キュー』という鳴き声は聞こえなかった。
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