第32話 そのままでいいんだ




 遊園地は翌日曜日に延ばして、陽咲の学校に二人で出かけた。


 後期試験も終わり、また土曜日だったので校内はがらんとしている。かえって俺たちには好都合だった。


 最後にと、キャンパスを歩いて回っる。


 いつも座っていた教室の椅子。一緒に調べものをした図書館。


 毎回昼食で世話になった学食で、最後の注文をした。


「なんか、しみじみしちゃうなぁ」


 俺はラーメンと炒飯、陽咲はオムライスを向かい合っていただく。


「そうですね。でも私には剛さんと歩く道が出来たんです。寂しいですけど、これも私の人生だと思います」




「こんにちは、星野さんじゃないですか」


「あ、先生。こんにちは」


 陽咲の学科の担任の教授だと紹介された。


「お休みになにかあったんですか?」


「はい、実は……」


 彼女は今回の経緯を話した。学業道半ばではあるけれど、体を治すためには仕方ないことも。


「勿体ないですね。成績も非常に優秀で、これからと言うときに。まだ退学届の提出はしていませんね?」


「はい」


 俺たちは教授に連れられて、学生課の応接室に通された。


 陽咲が用意した書類を持って、奥でなにやら議論をしているようだ。


 暫くして、事務員と二人で陽咲の前に座った。


「星野さん、ご事情は分かりました。休学にしてしまうと学費もかかってしまいますし、期間も制限されてしまいます。なので、形上は一度退学になりますが、もし希望がありましたら、お話しに来てください。その時の検討にもよりますが、復学できるような処理にしておきます」


「ありがとうございます……」


「まずは、しっかり体を休めて、また元気になっていらっしゃい」


 書類をもらって家路につく。


「なんか、逆に気を使ってもらっちゃいました」


 大仕事を終えた気持ちの陽咲は、次の相談を俺に頼んだ。



 この部屋の整理だった。


 今からこの部屋の片付けをして、転居の手続きをしては、入院の日まで間に合わない。


 書類の手続きは入院中に病院から行うので、その前に荷物を実家に送ることなどを頼みたいとの事だった。


「あのさ、その事なんだけど。提案があるんだ」


「なんですか?」


 俺はずっと考えていたことを話す。


 彼女が留守の間、この部屋は俺が管理すると。陽咲がいつ帰ってきてもいいように、帰ってきて、中断した俺たちの生活がすぐに再開できるように。


「で、でも……」


「お金は心配すんな。なんとかなる。それよりも、俺はひなちゃんが帰ってくる場所を作っておきたい。たがら、ひなちゃんは普通に出かけてくればいいんだ。また普通に帰ってくるんだから」


 馬鹿馬鹿しいとは十分に分かっている。


 もはや願掛けに近かった。陽咲には元気になって帰る場所があること。俺は陽咲が帰ってくるのを信じて待ち続けること。




「剛さん……、私は幸せ者です」


「突然どうした?」


「去年の春まで、私は幸せにはなれないんだって、ずっと思っていました」


 ベッドの中、お互いの温もりを確かめながら、彼女は呟いた。


「あの日、剛さんが最初に話しかけてくれたとき、私の中で何かが揺れたんです。『この人と離れたらいけない』って」


「頑張ったもんな」


「何をするのも、頭の中真っ白で、本当に今まで失礼なことばかりしてきました」


「剛さん、私、剛さんに出会えて幸せでした」


「これからも幸せだろ」


「そうですね。ずっと幸せにしてください。あ、そう……。もう一度お願いがあります。もう剛さんも慣れたと思います。これからもずっと私のことをって呼び捨てで呼んでくれませんか?」


「いいのか?」


「あの寒かったのビルの屋上で……、私のことを『ひな!』って叫んで抱き寄せてくれました。とっても特別で……。それを感じていたいんです」


「分かったよ。ひな」


「はい」


 俺は陽咲の体温を感じながら、彼女を抱き締めていた。


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