第28話 厳しい現実の甘い夢




「うん……。分かった」


「ごめん。うちの親が星野はやめろって……」


 目の前の男子生徒は、私の顔を見ないようにしていた。


「親御さんがダメだって言ったら、私には何も言えない」


「ごめん……」


「いいよ。じゃあ、さよなら……だね」


 私は気付いてしまった。


 最後の瞬間に思わず出てしまったであろう彼のホッとしたような表情。


 振り返ることもない後ろ姿が見えなくなると、小さくため息をついた。


「初めてのことじゃないし……」


 私は一人で人気のない階段を上って屋上に出た。


 もう何人目だろう。高校生活2年間で同じような理由で別れを切り出されたのは。


 はじめの頃は反論しようとも思ったけど、今ではその気力すらなかった。


 病気を理由にだったら、私だって納得できる。でも、現実はそうじゃない……。


『星野陽咲には、中学時代に自分から誘惑した男子生徒に襲われたと訴えた過去がある。交際はやめなさい』


 なんと言われても仕方ない。実際、私はもう汚されてしまっているのだから。





「今日は映画誘ってくれてありがとう」


「星野が喜んでくれてよかった」


 中学3年生のクリスマス。受験を控えた私たちに本当は遊んでいる日など考えてはいけなかったのかもしれない。


 前年の冬、私には厳しい現実を宣告された。


 私は、自分一人では治せない病にかかっていると。残された時間は、大人になれるのか。なれたとしてもそれほど長くはないと。


 そんな私に、高校への進学などという話題は重要ではなくなってしまった。


 私は、幼い頃に父を亡くした。だから私に父親の記憶はほとんどない。その事を言われ続け、悔しくて勉強に打ち込んだ。


 学年でもトップにいた私は一時的には光を取り戻したかもしれなかった。


 しかし今、私には未来を描けなくなった。何のために進学するの? 数年後には消えてしまう私に何が出来るのだろう。


 そんな思いの中、成績を維持するのは苦痛だった。


「星野と付き合いたい」


 今年の夏休み直前、一人の男子からそんな声をかけられた。


 安田やすだ和真かずま、やはり学年の成績ではいつもお互いに近く、顔も知っていた。


「私とはやめた方がいいと思うよ」


 最初、私はそう答えた。


 しかし、彼はやめなかった。夏休みの宿題をしていた図書館に彼は毎日現れた。


 いつしか、私は彼に心を開き始めていた。


 学年上位の二人の接近は話題にもなった。でも、中学生の交際。放課後の図書館などでの時間がほとんど。定期試験でもレベルは落ちなかった。「付き合ったから成績が落ちた」だけは言われたくなかったから。


 私は彼に自分の体の事を打ち明けた。


「いつかいなくなってしまうから」


「そんなこと、関係ない。星野が好きだ」


 冬休み、彼が私を映画に誘ってくれた。


 宣伝もたくさんされていて、その年のヒット作。見たいと思っていても、一人ではあの混雑の中に行く気にはなれなかった。


 一番混んでいると思われた、クリスマスの午後の回。指定席を取ってくれた。


 だから、初めてデートらしい思い出にしようと思った。


 お小遣いも使って新しい服も買ってみた。


 映画を見終わった後、喫茶店でパフェを食べて帰る頃には周りは暗くなっていた。


「今日は、本当にありがとう。楽しかったよ」


 せっかくの1日、まだ帰りたくない。でも私たちの年ではそうもいかないことも分かっている。


 本当に、初心に従ってまっすぐ帰ればよかったのに……。

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