第27話 取り戻せた温もり
車を降りて、俺の部屋に二人で入った。
ひどい雨の中で濡れてしまっている、陽咲の部屋を汚すわけにはいかなかったからだ。
回収したあの靴にずぶ濡れの足を入れることは躊躇われたから、作業用のサンダルを貸した。
「その服じゃ寒かっただろう」
「うん……」
陽咲がコートの下に着ていたのは、あの服だった。
初めてのデートやら、旅行やら、俺たちのイベントに何度も登場していた組み合わせ。いくらコートやセーターなどで冬用にコーディネートするにしても、真冬のビルの屋上には酷すぎる。
ブラウスも、お気に入りだと言うリボン付きのオーバーニーソックスも黒く汚れて、擦り切れかけている。きっと、あの屋上を暗い慣れない足場の中で歩き回ったのだろう。
とりあえずと、部屋の暖房を全開にして、牛乳を電子レンジで温めて飲ませた。
バスタブに熱い湯を張り、陽咲を浴室に押し込んだ。
一刻も早く暖めなくてはと、半ば強引に俺が服を剥ぎ取った。
何度も一緒に風呂に入っているときに見ているはずなのに、焦りばかりが先行して思うように進まない。
申し訳ないとは思いつつ、冷えきって陽咲の体温すら感じられない下着は力任せに破り取った。ブラジャーの背中にホックがなく、どうしたものかと思ったとき、
「剛さん、これフロントホックなんです」
優しい声がした。陽咲が恥ずかしそうに微笑んでいた。
「ようやくひなちゃんが笑ってくれた」
俺も全てを脱ぎ捨てて、二人でシャワーを浴びて、狭いけれどバスタブに一緒に入る。
「温かいです」
「当たり前だ」
二人で体を洗い、再び浴槽に浸かる頃には、落ち着きを取り戻していた。
「ひなちゃん、もう止めてくれよ……。 俺の寿命が何十年縮んだか」
「ごめんなさい。剛さん、きっと見付けてくれると信じてました」
「信じるって言ってもさぁ……」
陽咲はバスタブの縁に腰を下ろした。
「今日、私はこれまでのこと、ずっと思い出しながら、記憶をさかのぼっていました。こんな私でも、いろんな記憶が残ってるんだなぁって思いました」
きっと、陽咲にとっては、楽しかった事よりも、辛かった事の方が多かったに違いない。
「私が、中学3年の時でした。私の病気が分かって、落ち込んでいたときです。一人の男の子とお付き合いをしたんです……」
「そうか……。でもそれが原因なんだよな。何があったのかは分からないけれど」
「はい。事件の全容をお話しすれば、きっと剛さんは怒ると思います。でも隠し事はしたくないので、きちんと話していこうと思います。ただ、その事件があったのが、12月24日……。私の誕生日なんです……」
「そっか。じゃぁ、ひなちゃんのタイミングで話してほしい。俺はひなちゃんの全てを知りたいから……」
「はい」
ようやく体が温まる。こんな非常時だったけど、いつも突然の泊りに備えて服一式を置いておいたのが役に立った。
湯冷めをしないように、毛布をかけて座って落ち着かせる。
「ひなちゃんごめん……」
「なにかありましたか?」
「俺、さっきからひなちゃんのことを怒鳴ったり、さっきの風呂の時も服とか下着破いちゃったりさ……。知らなかったら強姦だよ……。ごめん……」
それなのに、陽咲はそっと俺を抱いてくれた。
「いいえ、全然怒ってなんかいません。全て剛さんが私のためを思ってしてくれたことです。私のことを助けてくれたんです。本当にありがとうございます」
陽咲はそう告げて、俺の頬に今年唯一のクリスマスプレゼントになるキスを渡してくれた。
「嫁入り前の女の子に手をあげちまった。しかもまだ大学生にだ」
彼女は優しい顔で首を振った。
「剛さんは私の未来の旦那さまです。それに、もうお酒も解禁です。結婚は十八歳からですけど。今日で二十歳です」
「そうか、忘れられない誕生日だったな。二十歳、おめでとう」
頭を撫でてやると、まだあどけない少女のように笑った。
ギリギリのところで取り戻した大切な笑顔を二度と離したくない。細い小指との指切り。いつか叶えてやりたいと思った。
ツリーもイルミネーションもない俺の部屋。それでも俺たちは十分だった。
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