第6話 本当に昨日初顔合わせしたんだっけ?
翌朝、ボヤっとした頭を起こすと、約束の時間まで1時間を切っている。
「やべっ」
朝飯の暇もなし、目を覚ますためにシャワーを浴びてふと考えた。
「今日は何を着ていきゃいいんだ?」
俺だって自慢できるほどの経験ってものもないわけだし、そもそもデートに行く訳じゃない。
買い物やら配線やらを考えたら、埃っぽい作業もできた方がいい。
とりあえず、長袖シャツに会社に行くときのスラックス。パーカーを引っ掻けて行くことにした。
あとは仕事カバンの中から、必要そうな工具と部材を持って家を飛び出す。
同じ町内、初めての場所でも迷うことはない。昨夜、最後に言葉を交わした場所を過ぎ、一軒の木造アパートの前に着いた。
二階の一番奥の部屋。インターホンを鳴らしたものの返事はない。もう一度押そうとしたとき、中から扉が開いた。
「おはようございます」
「おはよう。約束どおりに来てみたぞ」
「ありがとうございます。お休みの日なのに……」
「気にすんな。見せてくれるか?」
「まだ片付いてないですけど、どうぞ」
靴を脱いで部屋に入る。
昨夜の騒ぎでテレビが横を向いていたり、そもそもまだ引っ越してきて間もないので落ち着いていないのだろう。
それでも、花写真のカレンダーやベージュ系でまとめられたベッドカバーやカーテンなどのインテリアを見ても、我が家とは住人の質が違うのは間違いなさそうだ。
「これなんですけど……」
彼女が部屋の奥に案内してくれたので、早速本題に取り掛かる。
「このご時世によくまだ現役だったな。昨日の電話で向きを変えろと言って悪かった。重かったろう。まぁ製造年代からしても直らなければ買い換えだな」
俺の予想通りというか、陽咲が持ってきていたのは、昔ながらのブラウン管のテレビ。平面横長のタイプだから製品としても最後の頃のものだ。
自宅で役目を終え鎮座していたテレビに地デジ用のチューナーを追加で仕込んで引っ越しの時にも持ってきたとか。
引っ越し早々にトラブルとは気の毒な話だけれど、横に表示してある製造年を見れば元は取ったもんだろう。
俺はとりあえず、持って来た工具で裏蓋を開ける。
「あのぉ、開けちゃっていいんですか? サービス以外はダメだって」
俺はプッと吹き出した。
「だって、俺の仕事、こんなんばっかだぜ?」
「あ、そうでしたぁ。専門家さんでしたよね」
陽咲も自分の質問で笑ってしまう。
「坂田さん、朝ごはん食べてきましたか?」
その場を俺に任せて、陽咲は流しに立って振り返った。
ピンクと白のギンガムチェックのエプロンがまた幼く見えて似合っている。
「いや、寝坊して飛び出してきたから、腹ペコだ」
「やっぱり。実は私もなんです。朝ごはん作っておきますね」
ニコニコしながら戸棚から食パンと冷蔵庫から食材を取り出していた。
これで本当に昨日初めて顔を合わせたって、誰にも信じてもらえないかもしれないけれど……。真実なんだから……、俺たちが分かっていればそれでいいのか……。
そんな陽咲の後ろ姿から再び目の前のテレビに視線を戻していた。
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