ロボ母さん

笠川 らあ

第1話

「あなたの母さんは、実はロボットだったの」


 実の母からとんでもない暴露があったのは、夕食の家族会議だった。私は当然驚きの反応を返す訳だが、母は真剣な様子で説明を続ける。


 母の体は気付いたらロボットだった、のだそうだ。少し前から体に違和感を感じており、昨日切り傷を負った時に体内が機械になってることに気づいたらしい。


 切り傷を見せてもらったらマジだった。触ったらホントに金属で、驚いて声を出してしまった。

 母さんは病院に行こうとしたけど、私が止めた。もしかしたら分解されてしまうかもしれない。


 そんなこんなで、私の衝撃とは裏腹に、ロボ母さんとの日常は緩やかに始まった。

 しかし、以前の生活との違いは全くなかった。強いて言うなら呼び名がロボ母さんになったことくらい。そう呼ばないと反応してくれないのだから面倒くさい。

 ロボ母さんはこの状況を実に気に入っているらしくて、あまり問題には思っていないようだ。


「あんまり怒らせると、お母さんビーム出しますからね」


 慣れてきたからか、こんなロボジョークを言ってくる。ジョーク……のはず。


 ロボ母さんはいつも笑顔だ。

 実際本当に楽しそう。ロボになったと知ったことで、きっとテンションが上がっているんだろう。

 まあ、そのせいで──


「わ~!! 花瓶割っちゃった! わ、どうしよう。何の花瓶だっけこれ」

「ロボ母さん、それ会社の偉い人のって言ってたじゃん。お願いだからじっとしてて」


 昔からの天然ドジは加速していた。

 それでもロボ母さんは平気な顔してるのだから私も怒るに怒れない。


         ・・・


 私の母は昔から奔放な人だった。まだ子供の私と、子供のように遊んでくれた。

 中でも印象的なのは、やはり一緒に秘密基地を作ったことだろうか。あれは傑作だった。今でも場所を覚えてる。


 そんなことを思い出し、少し笑って、私は起きた。

 朝、私の日常はロボ母さんを起こすところから始まる。ロボ母さんは朝が弱いから。


「ロボ母さん起きて、ジョギングするんでしょ」

「今日は暑いから祝日~」

「関係ないよ。起きて。お父さんも出張で頑張ってるんだから。長生きして」


 私はロボ母さんに料理を作ってあげてから、学校に向かう。


「ほら、ちゃんと長袖着て」

「夏は暑いのよ~」

「腕の傷見えちゃうでしょ」

「え~」


 放課後。私は帰った後にお風呂とご飯の準備をする。ロボ母さんがやると何かしら壊すから。


 これが私の日常。


 お母さんはロボ母さんになっても、大抵のことはできない。ドジして壊して泣いてくる。

 私は昔から、この女性は私が守ってあげるんだと思っていたし、実際守ってきたと思う。

 だけど、こんなことがあった。


 その日は突然の雨で、私は当然のごとくずぶ濡れで帰ってきた。今日はお母さんが先に帰っていたので、私はお母さんにタオルをお願いした。


「ロボ母さ~ん、タオル取って~」

「はぁ~い!」


 いつも通りの会話だったと思う。私は完璧にできたと感じていた。でも今思えば、あまりに私はいつも通りを意識しすぎていた。

 ロボ母さんがタオルを持ってきた。

 が、タオルは渡さず、訝しげに、言う。


「ねえ、何かあった?」

「え、何いきなり。いつも通りだけど」

「はい嘘。その言葉で確信しました! 言いなさい」

「いやいや、意味わかんないよ」

「……言って」

「───っ!」


 気づけば泣いていた。母というのは恐ろしい生き物で、その胸には不思議な力がある。安心する。ロボ母さんは血が流れていない。けれども誰より温かい。そう思うのは私だけかもしれないけど。


 私はその日、好きな男の子にフラれていた。ボロボロになるまで罵倒された訳じゃない。彼は優しかった。優しく、拒絶した。


 私は思い違いをしていたんだ。守られていたのは私だった。毎日毎日、母を守ってると思い込むことで優越感に浸ってたんだ。母はそれを、優しく許容してくれていたんだ。依存していたのは私で、だから、だから私は、……私は?


 泣きじゃくってボロボロになって、ロボ母さんの胸の中で、いつの間にか寝てしまった。



 私は高校3年生になり、もうすぐ18歳だ。つまり、お母さんがロボットだと知ってから、2年が経過したことになる。ロボ母さんは変わらず笑顔だ。

 しかし元気ではなくなっていた。

 体がだんだん動かなくなっているのだ。


 それに気づいたのは、私が17歳の夏。ロボ母さんは何の前触れもなくぶっ倒れた。いや、前触れもなく、なんて言い訳だ。ロボ母さんはサインを発し続けていた。 

 ロボットになってから加速していたドジは、ドジではなかったのだ。体にガタがきていたんだ。私は愚かにもそれを責め続けてしまった。

「ロボ母さんは何もしないで!」って。

 ある日、私が家に帰ると、ロボ母さんは倒れて、動けなくなっていた。


「ロボ母さん?」

 反応はない。

「───っ!!」


 揺すっても叩いてもロボ母さんは応えてくれない。私はパニックになった。病院、電気屋、研究所、どれも間違ってる気がする。何も出来ずに狼狽えていると、ロボ母さんは自力で起き上がってくれた。


「だ、大丈夫だから、そんなに心配しないで」


 眩しそうに瞬きしながら、ロボ母さんは私に話しかける。一気に緊張がほどけて、私はロボ母さんに抱きついた。


「大丈夫、大丈夫だよ」


 ロボ母さんは朦朧とした顔で繰り返す。

 安心の後は言い表せない不安が襲ってきた。

 このままじゃ、ロボ母さんは動けなくなってしまうんじゃないか。そんな不安。


 私は学校を休み、ロボ母さんの面倒をみることにした。学級閉鎖だと嘘をついて。

 ロボ母さんをベッドに寝かせて、安静にさせる。

 私は持ち得る知識を集合して、ロボ母さんを直そうとした。絶対に無理だと分かっていても『動かないこと』はしたくなかったから。

 意外なことに、無謀だと思われたそれは成功した。何故かは分からないけど、私はロボ母さんの体を少しだけ修理することができた。


 しかし劣化は止まらない。体はどんどん動かなくなって、認識出来るものも少なくなって……

 今は、目が見えていない。腕も、満足には動かせない。口も喉も動かないのに、何故か汚い音声は聞こえて、その違和感に、上手く馴染めない。

 だが、私は不思議と辛くはなかった。もっと言うと、この状況にどこか既視感を覚えていたのだ。何故だかは分からない。でもきっと、昔忘れた夢のどれかに、そんなものがあったのだろう。


 今日もロボ母さんのベッドに向かう。私は気取られぬように、また、いつも通りを意識していった。どうせ、無駄なのだろうけど。


「ロボ母さん、今日も体を見せて」

「……うん」

「ありがとう。…ねえ。ロボ母さん、何か、したいこととか、いきたい場所とか、ある?」

「……」


 ロボ母さんは何か言いたそうだが、私は続ける。


「あ、映画とかどう? ロボ母さんが好きな映画、あれ続編やったんだよ」


 そこまで言って、私は、ロボ母さんがとても悲しい目をしていることに気がついた。


「……わたしは、しぬのね」

「…っ!! そ、そんなこと!」

「はいウソ、そのことばでかくしんしました」

「……ごめん」


 卑怯な私は、きっと聞こえない小さな声で謝る。


「ねえ、アキ、」

「ん、何?」

「いしょ、が、あるの」


 いしょ? 遺書、だろうか。そんなものいつの間に。私はそんなにも、ロボ母さんを不安にさせていたのか。


「え、ロボ母さんの?」


 だが、ロボ母さんはゆっくり首をふる。どうやら違うらしい。

 それから、とても悔しそうな顔をして、苦しそうに、言う。


「あなたの、おかあさんの、よ」

「……は?」


 意味が分からなかった。私の母は目の前にいる。まさか自分が母親だということすら忘れてしまったのだろうか。


「ひみつきち、あそこにあるわ、いって」

「え、どうゆうこと? 意味分かんないよ」


 最後に、特別苦しそうな顔で、笑顔を作って、言った。


「あなたのおかあさんが、ロボットなわけなかったのよ」


 私は何故か、ロボ母さんの言葉に黙ってしまって、続く言葉を待った。──だが、気づく。


 ロボ母さんの目から、光が消えていた。


「───っ!!」


 まさか、そんな、いきなり。突然のことに頭はパニックになった。知っている。私はこういう時、何も出来ない。


 ロボ母さんが死んだら、私は泣くんだと思っていた。でも全然そんなことなくって。


 私を襲ったのは強烈な既視感だった。


 あり得ない既視感。あってはならない感覚。混乱する私には、記憶がまるで濁流のごとく押し寄せてくる。


 私の母は既に死んでいた。信じたくなくても、記憶は映像として再生される。

 病院のベッドで静かに横たわる母。泣き崩れる幼い私。苦い顔をする父。何故かまだここにいる医者。


 お母さんは、私が10歳の時にはいなかったんだ。


 そうだ、そうだった。ロボ母さんは、私が作ったんだ。


         ・・・


 木陰のおかげで、歩道よりもだいぶ涼しい坂道を抜けると、私達の秘密基地がある。目の前は緑いっぱいで、お母さんは私が生まれる前からここが好きだったそうだ。

 誰のものかも分からない小さな小屋。中には2つの椅子と、机が一つ。そして机の上には、見たこともない白い紙。


『アキへ』

『破られていなければ、あなたのお父さんが、この手紙をアキに渡してくれたのだと思います。

 アキ、まずはお父さんに感謝するのよ』


 …………。


『あなたは私が大好きだったから、私がいなくて泣いちゃわないか不安だわ。だからちょっとでも悲しくないように、手紙を書こうと思ったの』

『アキ、あなたは要領が良くてとても賢い!

 とっても良い子よ。だからどうか、私のせいで人生を左右されないで。あなたがのびのび生きてくれたら私は幸せだから』

『アキ、あなたはすごく優しい子。私のために毎日病院に通ってくれた。ありがとうね。でもだからこそ、これからは自分のために時間を使って欲しい』

『今までありがとう。

 天国であなたを見ています』


 私は、その手紙の下に、もう一枚の紙を見つけた。


『生まれ変わったら、あなたのお母さんになりたい』


 それは、紛れもなく私のお母さんの文字だと、私は思った。

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