第49話 忠告

 放課後、オーレリアとともに三年生の棟へ向かながら教科書の話をする。


「教科書はどう? 無理そう?」

「はい……、さすがにあれはもうダメかなって思います。このあと学園設置の本屋さんで教科書買おうと思います」

「そう……」


 水浸しになって難しいかもしれないと思っていたけどやっぱり買い替えることにしたようだ。

 でもまぁ、その方がいいだろう。された仕打ちを思い出してしまうし新しい教科書の方がいいと思う。


「……ごめんね、上で笑っていた人間が分からなくて」

「えっ! 全然いいですよ! メルディアナ様が気にすることじゃないですから!」


 謝ると激しく首を振ってオーレリアが否定する。

 結果的に校舎で笑っていた赤髪と金髪と茶髪の令嬢は誰か分からなかった。

 髪色がよくある色で顔を見ていないこととリボンの色が特定出来なかったことが原因だが、この上なく悔しい。筆跡鑑定までの知識と技術がないのも惜しい。

 仮に犯人じゃなくてもオーレリアのされているのを見てクスクスと笑っていたということだ。不快で仕方ない。

 オーレリアは「気にしないでほしい」と言っているけど、やっぱり腹立つのは腹立つ。アロラもひどくご立腹で頬を膨らませていた。


「それより、メルディアナ様のおかげで助かりました。ありがとうございます」

「いいのよ。ライリーが古語分析の課題を夏休みにしていたなって思い出しただけだから」


 そう、私は必死に考えていたら「あれ? そういえばライリー古語分析の課題していなかったっけ?」と思って駆け込んだだけだ。感謝するとしたら貸してくれたライリーだろう。

 まぁ、寮じゃなくて午前中に授業で使用していたのは不幸中の幸いだ。寮まで取りに行く手間が省けたからだ。


「お礼はライリーに言って。私は口添えをしただけだから」


 そう言いながらライリーの教室へ辿り着く。クラスを覗くとライリーが自分の席で静かに読書をしていたので声をかける。


「ライリー」

「メルディ」


 名を呼ぶと気付いたライリーが本を閉じて私たちの方へ歩いてくる。


「これ、本当にありがとう。おかげで助かったわ」

「どう致しまして。とは言っても僕はただ貸しただけだけどね」


 ライリーに渡すと受け取ってそう返ってくる。

 そして私の隣にいるオーレリアにニコリと外向き用の笑みを浮かべて話しかける。


「君かな? メルディが友人って言っていた子は」

「はい。……突然の頼みごとにも関わらず、貸してくださりありがとうございました。ウェルデン先輩のおかげで授業を滞りなく受けることが出来ました」


 ライリーと対面したオーレリアは丁寧に礼をして感謝の言葉を伝える。


「授業は無事出来たんだね。それならよかった」

「はい。当てられたので教科書があって本当に助かりました」


 ライリーとオーレリアの会話を聞く。当てられたのか。ライリーが貸してくれてよかったと思う。


「いいんだよ。午前中授業でそれを渡しただけだから。えっと、ごめんね。お名前は?」

「あ、すみません! マーセナス辺境伯の娘のオーレリア・マーセナスと申します」

「そう。僕はライリー・ウェルデン。知っていると思うけどメルディとは母方の従兄でね。まぁ、学年が違うから関わることは少ないだろうけど残り一年間よろしくね」

「は、はい」


 ニコリと愛想のいい微笑みを浮かべながらライリーが自己紹介する。逆にオーレリアは少し緊張している。


「教科書は大丈夫? もし買うのなら時間が決まっているから早く行った方がいいよ」

「はい。貸してくださり本当にありがとうございました。教科書を購入するので失礼します」

「気にしないで。メルディの友人なんだから。これからもメルディと仲良くしてあげて」

「もう、ライリー。いいでしょう」 


 ライリーの発言に言い返す。私の交友関係を心配する必要ないのに。


「はいはい、じゃあメルディ。少し話があるから残ってくれる?」

「は?」


 ニコリと外向きの笑みでさらりとそんなお願いをしてくる。……今じゃないといけないのだろうか。


「メルディアナ様、どうぞウェルデン先輩とお話ししてください。本屋さんに行ったら寮に帰るので」

「そう? ……分かったわ、気を付けてね」

「大丈夫ですよ。ウェルデン先輩、失礼します」

「うん。さようなら」


 そしてオーレリアが去って廊下には私とライリーだけとなる。なんの話だろう。ここで話していい内容なのだろうか。


「それで何? ここで話せる内容?」

「うーん。メルディ、気配察知出来る?」

「出来るけど」

「ならいいや。僕も一応、他のクラスに人はいないのは確認済みだし」


 それを分かった上で呼び止めるとは少し用意周到に感じる。なんだろう、話とは。

 そう身構えていると、ライリーがぼそりと口を開いた。


「……ふぅん。あの子が学期末に騒ぎになった子かぁ」

「……よく言うわよ。最初から分かっていたでしょう?」

「あ、バレていた?」

「バレてたわよ」


 ニコリと普段どおりの素の笑みを見せるライリーに呆れた声で返す。分かった上で聞いているのは知っている。

 ライリーは公爵家の子息で大体の子息令嬢の名前と顔は把握している。

 特に私とよくいるオーレリアは知っていて当然だろう。学園内で見ることだってあるだろうから。


「遠目から見たことはあるけどあの子が、ねぇ。騒ぎはなんとなく知っているけど、メルディも大変だね。嫌がらせされて教科書なくしたんでしょう? 持っていたら寮へ取りに行けばいいだけだからね」

「ご名答。中庭にある奥の池に捨てられていて水浸しでとても使える物じゃなかったの」

「うわっ、怖い」


 ライリーが聞いて顔を歪める。うん、同性の私でもそんなことするのかって思った。


「犯人は?」

「それが分からなくて。笑っている女子生徒たちの髪は分かったけど顔とリボンの色は見れなかったから」

「ふぅん。やっぱり殿下との噂のせい?」

「多分ね。あの噂が出るまでは皆オーレリアに何もしてこなかったもの。十中八九、あの噂が原因だと睨んでいるわ」

「一応聞くけど、殿下は彼女のことが好きってこと?」

「……否定はしないわ」


 ライリーの問いに少し間が空いたもののそう答える。それで理解出来ただろう。

 なんだかんだライリーは愛想がよくて情報収集しているから問いかけているけど、確信持って尋ねているはずだ。


「ふぅん。そっか」

「……だから私が出来るだけ側にいるの。さすがに間違って私にしてしまえば大変なのは分かっているだろうから」


 同時にオーレリアの側にいる理由を伝える。

 カーロイン公爵家は歴史は勿論、財力と権力も持っている。

 それに私にはウェルデン公爵家の血も流れている。万が一、私に何かしてしまえばウェルデン公爵家も敵に回すので出来ないと見越して側にいる。


「ライリー、力を貸してほしいんだけどいい?」

「僕? 何?」

「ベアトリーチェにもお願いしたんだけど、三年生の先輩でオーレリアに良くない気持ちを持っている先輩がいないか確認してくれる? 観察するだけでいいから頼めないかしら」


 二年生は私で対処出来るけど、他学年では難しい。出来たら一年はリーチェ、三年はライリーに任せたいのが本音だ。

 ちなみにアルビーは論外だ。ライリーと違ってそんなこと出来ないタイプなのは分かり切っているので頼むつもりもない。


「アルビーには頼めない内容だね」

「ええ。アルビーに話したらボロが出そうだから話すことすら出来ない内容よ」

「メルディってたまに辛辣だよね。……分かったよ、任せて」

「! いいの?」


 ふっ、と普段どおりの笑みをしながら了承してくれる。まさかあっさり了承してくれるなんて。


「従妹のお願いだからね。とは言っても観察だけだけどね」

「……ありがとう、ライリー」

「いいよ。学年が違うからこれくらいしか力になれないけどそれでも構わないなら」

「そんなことないわ。助かるわ」


 ライリーも力になると言ってくれてほっとする。よかった、これで大分オーレリアを守れる気がする。


「でも、メルディ。メルディも気を付けるんだよ」

「?」


 安心したのも束の間、唐突にライリーが警告して首を僅かに傾げる。何に気を付けるのだろうか。


「さっき、自分が側にいたら大丈夫だろうって言っていたけど、そうとは限らないよ。確かに、彼女は殿下の想い人かも知れないけど、一番目障りなのは身分も権力も持って王妃殿下に気に入られているメルディだろうからね。それこそ、邪魔だからメルディに害を為すかもしれない」

「……私を?」


 ライリーの発言に息を呑む。私に、害を為す。……それは考えていなかった。

 公爵令嬢の私に、手を出す子がいるとは思わなかったから。


「…………」

「……まぁ、脅すようなこと言ったけど一応頭に留めておいてってこと。メルディなら犯人見つけてやり返しそうだけど」

「それ、褒めてる?」

「褒めてる褒めてる」


 一気に緊張した空気を霧散してライリーが笑う。脅さないでほしい。

 でも、もし私も標的になったら私もそれ相応のことを考えている。


「三年生の方はとりあえず僕に任せて。メルディは無茶するところがあるから無理は禁物だよ」


 そう言いながら私の頭を優しく撫でるライリー。子ども扱いされている気がする。


「……子ども扱いしないでよね。……大丈夫よ、アロラも協力しているから」

「アロラちゃんも? それならいいけど」

「それよりまずはオーレリアの嫌がらせをどうにかしたいわ」


 どうすればいいんだろう。やっぱり、今日の女子生徒たちの顔を見れたらよかったなと強く思う。


「でもまぁ、しばらくは大丈夫じゃない? メルディが介入したからしばらくは大人しくしているんじゃない?」

「……それならいいけど」


 私が抑止力になっていたらいいんだけどどこまで役に立つか。同じクラスになってから以前より側にいたのにすれ違いざまに悪口言われていたみたいだし。

 ……こう考えると私、オーレリアの力になれているのだろうかと思ってしまう。


「メルディ? どうかした?」

「……ううん、何もない。じゃあね」


 ぼんやり、そう考えながらもライリーの声に意識を戻していつもどおり微笑みながら寮へと帰ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る