【世にも奇妙な物語風短編集】
膕館啻
[付き添い人]
この世界には二種類の人間がいる。
──光か、闇かだ。
男女と同じように、自分は表なのか裏なのかを判断して人は生まれる。
表の人間が役者で、裏がその付き添いのような役割だ。
表の人間は自分の特技を生かし、活躍する。裏の人間は表の人間をサポートする為に生まれ、その役目を全うする。
一生日陰者だが、それを気にする者はいない。自分のサポートのおかげで表の人間が成功することに、喜びを覚えるのだ。
基本的に影の人間は感情が薄い。目立たぬように、主張をしすぎないようにと、初めからそう作られている。
欲が無く、ただ表の人間の生活を滞りなく進められるように生きている。
そのパートナーの決め方、これもまた生まれた時から決まっている。
いつ出会えるかは分からないが、会った瞬間に、お互いがこの人だと感じられるようになっている。
大多数の人間は、十五歳前後にはパートナーを見つけている。
相手は同性の場合も、異性の場合もあるが、彼らはお互いに恋愛感情を持つことはない。あくまでもう一人の自分、という認識だ。
中には体の関係を結ぶものもいるようだが、そこに深い情は存在しない。
表側の人間が婚約すると、必然的に影側も、相手の影側と婚約することになる。婚約した後、影同士で恋愛をすることはない。よって、妊娠することもない。
表の人間が亡くなると、影も後を追う。反対に影の人間が亡くなった後、表の人間は一人でも生きることを選べるが、大抵は自殺を選択する。
これがこの世界だ。当たり前の常識で、疑問を持つことなどなかった。なかった、はずだった。
……どうして俺の前にパートナーは現れないんだ!
パートナーがいない人間が一番困る事、それは……自分がどちら側の人間か分からないということだ。
周りの人間に聞いても、微妙な反応ばかりされる。自分でも、どちらかに大きく傾いているとは思わない。
光り輝くような魅力、人を引っ張っていけるような力もない。かといって誰かの為に尽くしたり、目立たないようにこっそり生きていきたいとも思っていない。
ちょうど中間なのだと、友人や家族が言っていた。どちらの可能性もあると。何だそれは。初めから決まっているんじゃないのか。
早い奴は小学生の頃からいたし、当たり前に訪れるものだと思っていたから、今の状況は予想外だ。
たまに街中でパートナーのいない人間を見つけたが、慰め合うような関係にはならなかった。お互いに干渉しない相手だ。
今日も適当に街をぶらつく。目に入る奴らが鬱陶しい。
大体近い距離に生まれるらしいが、ここまで見つからないということは……俺のパートナーは今ここにいない、もしくはすでに死んでいる?
付き添い人は世界に一人しかいないので、死んでいた場合は二度と巡り会えない。
ここにいないということは、どこか遠い場所へ行ったのだろうか。
パートナーがいないのに独り立ちなんて、俺の付き添い人はなんと勇気がある人間だろう。その場合、俺は影かな。
基本的に付き添い人がいない人間は、劣っているとみなされる。自分達ではどうにもならないのに、理不尽なことだ。
しかし過去に数回、パートナーを殺した人間がいる。パートナー殺しはこの世の何よりも重い罪だ。そういうこともあってか、独り身は良いイメージが持たれないのだ。
何年も裏切られ続けた。今日は会えるかもしれない、今日こそは……。
前にネットで見つけた、パートナーがいない人間同士集まりましょうの会に行ったら、財布を取られた。オマケに馬鹿にされた。
恐らく相手も困っているはずなのだ。必死に俺を……求めてくれているのだろうか。
今日もいない。ここにはいない。何度も通った道。
ぼうっと川を眺めて、小さな石を投げる。
ちゃぷんと音が鳴っただけだった。
仕方ない。帰るか……。
立ち上がり、土がついたスボンを手で払った時だった。
「……女の子?」
少女が何十メートルか先にいた。よく見ると、こちらに近づいているようだ。
月の光に照らされた少女は幻想的に見えた。
中に入っても、かかとぐらいまでしかない小さな川に、元気よく飛び込んだ。
水が跳ねて、少女を濡らす。笑顔がキラキラと光って、目が離せなくなった。
「こんばんは」
少女に話しかけられても、しばらく止まったままだった。
目の前でパチパチと手を叩かれて、やっと体が動き出す。
「あ、あの……えっと」
「ふふ、いい夜ですねー」
うーんと体を伸ばして、一回転した。なんなんだこの子は。
「あっ」
今更だが、少女の側に誰もいないことに気づいた。
「もしかして君……」
「はい、そーですよ。お兄さんもお仲間ですね」
パートナーがいない。
「ね、ねぇ……君、あの、何か感じなかった? 俺を見て、その……」
「ええー? お兄さんナンパ下手くそですね」
「ち、違う! そういうことじゃなくて……」
俺の方は少女が輝いて見えて、これこそが運命かもと思ったのに。彼女の方が何もないんじゃ、俺はパートナーじゃないということだ。
「あー……じゃあ、俺達はパートナーじゃなさそうだね」
「どうなんでしょうね、ピピーンッとくるってやつ。あたし感じたことないんですよ、その予感ってやつを」
ダメだ。どうしても彼女が輝いて見える。おかしい、そんなことあるはずないのに。
「ねぇ、ちょっとお散歩しませんか? お仲間ということで」
服が濡れるのを気にしていないのか、まだ川の中にいる。方向を変えて、真っ直ぐ歩き出した。
「風邪ひくよ」
「夏ですものー。平気ですよぉ」
今夜はちょっと、特別な夜になりそうだ。
パートナーいないあるあるで盛り上がり、ゲーセンに入ってからは普通に楽しんだ。側から見たら、俺達はパートナーのように見えているのだろうか。
久々に楽しかった。世界が眩しくて、輝いて見える。どっちが光とか影とか、そんなことは気にならなかった。俺達は人間なんだ、個性のある。
光とか影を強制的に演じさせられている奴らは、本当に幸せなのだろうか。本当の幸せはこっち側なんじゃないのか? 縛られずに生きられるのが自由だろ。
芝生の上に寝っ転がり、二人で空を見上げる。
「楽しいですねー」
「うん」
「あたしもうパートナーいらないかも」
「俺もそう思った」
「もっとパートナーがいない人間を集めて、対抗しましょうか。世間に」
「悪の組織みたいな?」
「はっはっはー。この世界は数年後、我らのものになるのだーって」
「こんな制度、無くしちゃった方が幸せかもね」
急に黙ったと思ったら、目を閉じていた。広げた腕に指先が当たる。
手を繋いで、しばらく二人でじっとしていた。妙な緊張感はあったけど、それよりも心地良いのが勝っていた。
いつの間にか、寝てしまっていたらしい。野宿だなんて、絶対にすることはないと思っていたのに。
「やばーい、外で寝ちゃった。あはは」
公園の水で顔を洗い、缶ジュースで乾杯をした。
次はどこへ行こうかと話して、再び街を歩き出す。
「自由サイコー! もっと遠くまで行きたい!」
「海とか行っちゃう?」
「いいですねー、ざっぷーんと」
ギラギラした熱が体を包む。本格的に気温が上がってきたようだ。
「暑いねー」
「一回休憩できるところに……」
横断歩道で信号を待っている時だった。
ぐわんと頭が揺れるような衝撃が走る。目は完全にその一人に固定され、体が動かない。
向こう側で信号を待つ女性。体全体が光に包まれている。眩しいはずなのに、目が離せない。
だらだらと流れるのは汗だと思ったら、涙だった。
信号が変わり、近づくほどに体が冷える。冷たくなり、完全に汗が引いた。
方向を変え、催眠術でもかけられたかのように、彼女を追いかける。
この人だ。この人が俺の光──
「ねぇ、どうしちゃったの、ねぇってば!」
話しかけても、体を揺らしても返事がない。
怖くなって前を見ると、白いワンピースを着た女の人が立っていた。
あ、もしかしてあの人……。
見つけちゃったかと溜め息を吐いて、諦める。
私また一人になっちゃったんだ。次はどこに一人の人がいるんだろう。次こそはと思うのに、裏切られる。
帰ろうと振り返った時だった。
引っ張られる──目が。
こっちだ、これ……だ。
この人が私の……光。
そうだ、この人に身を委ねて……あれ、頭から、考えが……消え……。
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