第10話「クレハの視線」

 ◇クレハ


 私の初心者用メニューが終了し、シンの練習が始まった。私は当然、その練習風景からもSCを学ぼうとシンの動きを食い入るように見つめている……と、言いたいところなのだが、


「はあ、はあ、はあ」


 SCどころか、魔法も初心者の私にそんな余裕は一滴たりとも残っておらず、息を荒くしてグラウンドの隅にあるベンチにがっくりと腰かけていた。


 さっきの練習はきつかった。魔法を発動するだけなら何とか形にはなってきたと思う。だけど、少し実践的になるとまるでだめだ。


 先ほどの練習は、体力測定のメニューを、身体強化魔法を発動しながら行うというものだった。ただの短距離走や上体起こしだけならばなんとかなったのだが、反復横跳び、あれはきつすぎる……。


 身体強化魔法は簡単な魔法だ。発動し、数秒維持するだけならば私にもできる。けれど、それと体の動きを連動させること。これが思った以上に難しい。走るだけ、体を起こすだけ、という単純な動きなら、魔法のことだけ考えていればいい。しかし、反復横跳びはタイミングが重要になってくる。足の切り返しの瞬間に合わせて身体強化を発動、すぐに解除し、今度は逆足の身体強化を発動、というのをずっと繰り返し続ける。体力も集中力もまったくもたない。


 今日の段階では、私が反復横跳びっぽいことを続けられたのは十秒程度だった。その十秒だって、六〇秒の間でまともに形になった個所を抜き出した十秒に過ぎない。初めから終わりまで反復横跳びを続けられるようになるのは一体いつになるだろう。


 私がSCではなく反復横跳びに思いを馳せていると、いつの間にかシンのウォームアップが終わり、本格的な練習が始まっていた。


 シンとアヤメさんが、五メートルほど離れて向かい合う。私と違ってシンは練習用コンバットスーツを着用している。練習用と試合用の違いは、ポイントが入った際のエフェクトだけだ。試合用は観客にもわかりやすいよう、点数ごとに派手できれいなライトエフェクトが生まれるよう防御魔法に組み込まれている。


 なぜ練習でもコンバットスーツが必要なのかというと、


「よし、まずは特守からだ。行くぞ、防御!」


 アヤメさんが掛け声とともに右手をかざし、射撃魔法『バレット』と放つ。その瞬間、青白い塊がシンめがけて猛スピードで飛んで行った。猛スピードと言っても、本物の弾丸ほど速いわけではない。頑張れば目で追えるし、身体強化中であれば、体感的には野球で言う時速一三〇~一四〇キロの投球くらいに見えるだろう


 アヤメさんの『バレット』に合わせ、シンが右手の甲を顔のそばに構えた。その瞬間、寸分たがわず『バレット』が着弾。シンの右手に吸い込まれるようにして消えていく。


 その一撃が終わった後も、アヤメさんは次々と『バレット』を放っていく。移動しながら、狙う場所を変え、息つく間もなく魔法の弾丸を放ち続ける。そしてそれを、シンは全て防御していく。基本的には両手で交互に、時には足も使い、必要最小限の動きで弾丸を防ぐ。


 魔法は基本的に一度にひとつしか発動できない。そのため、身体強化をしている間は防御ができず、右手で防御をしている間は左手で防御ができない。


 ではどうやってこの弾丸を防いでいるのか。


 答えは単純だ。身体強化で相手の魔法を見る。着弾する場所に最も近い部位に防御魔法を展開する。防いだ瞬間、次の攻撃を見る、そしてまた防ぐ。この繰り返しだ。シンやアヤメさんほどの実力者になると、身体強化を使わずとも『バレット』の発射地点さえ確認できればそこから着弾点を予測、防御魔法を展開できる。そうして予測と観察からすべての攻撃を防ぎきるのだ。


「よし次、回避!」


 アヤメさんから指示が出る。次は特防の回避。


 シンの動きも同時に切り替わる。防御魔法をまとったとき特有の揺らぎが消え、今度は両足がほのかな光を宿した。よく見ると、瞳の色も変わっているのが分かる。身体強化魔法だ。私程度ではまだ体の一部を強化するのが限界だが、慣れてくると全身の強化が可能になる。シンは今、視力と脚力を強化しているようだ。


 アヤメさんが繰り出すのは、相変わらずの『バレット』。そしてシンはそれを、文字通り、すべて防ぐのではなく、すべて避ける。ステップを踏み、時にはボクシングのスウェーのように上体をずらし、これも必要最小限の動きで避けていく。


「ラスト、相殺!」

「――ふっ!」


 再び指示が変わり、シンが気合を入れるのがここからでも見て取れた。


 飛んでくる『バレット』に向け、シンが右腕を振りかぶる。そして――


 ――ビィィィィィィイイン


 という不思議な音と共に『バレット』とシンの右手がぶつかる。青白い『バレット』の光とは対照的に、その右手は薄紅色に光っていた。


「よし」


 シンが頷くと同時に青白い光が消え、薄紅色の光だけが残る。


 シンが使った『ブレイド』はSCにおいて近接戦でよく使われる魔法だ。手の甲の延長上、もしくは剣を握ったときのように魔法の刃を作り出す。SCの近接戦闘と言えば、ほとんどがこの『ブレイド』と身体強化魔法による格闘戦だ。『ブレイド』の方が身体強化魔法よりも難易度は高いが、一瞬一秒が勝敗を分けるSCにおいて、『ブレイド』のリーチの長さはそれだけで有利になる。


 そして相殺はその名の通り、相手の攻撃と同等以上の攻撃をぶつけて、魔法を消し飛ばすこと。しかしこの防御方法はかなりリスクが高い。


 次々と繰り出される『バレット』を、シンは『ブレイド』で巧みに相殺していく。一、二、そして三度目を数えようとしたとき、シンの『ブレイド』がアヤメさんの『バレット』に押し返された。


「やべっ」


 シンの表情がゆがむ。そのまま『バレット』はシンの右手を直撃し、練習用スーツは控えめに、黄色い円形のライトエフェクトを灯した。


「強度が甘い! 三度も連続で防ごうとするからそうなる。ちゃんと一から組み直せ!」


 今のように、攻撃魔法に攻撃魔法をぶつけると防ぎきれないことがある。多くの場合は魔法がしっかりと発動できていないことが原因だ。


 これまでの練習からもわかるように、魔法は局所的、瞬間的に使用するものだ。試合の間中発動できるようなものではない。魔法を維持し続けるには相応の集中力と体力が必要になってくる。そして一番の問題は脳にかかる負荷だ。これは頑張ってどうにかなる問題ではなく、プロの選手でも高校の選手でも、魔法を維持できる時間というのは数秒程度しか違わない。無理に発動し続けると、頭が割れるほどの頭痛に襲われ、それでもやめなければ脳に障害が残ったりもする。


 魔法の発動時間で差が出ないのなら、どこで魔法の上手い下手が現れるのか。答えは今シンが実行しようとしている、これだ。


「再開してくれ!」

「よし、今度は十、連続で捌いて見せろ!」


 アヤメさんが再び攻撃を開始する。しかも先ほどより攻撃の間隔が短い……!

 これでは一秒に一発以上の攻撃を防ぎきらないといけない。


 シンのほうを見る。その顔にはわずかな笑みを浮かべていた。


 魔法が着弾する寸前、右手が薄紅色に光る。そして再び――。


 ビィィィィイン!


 骨を震わせるような不思議な音。しかし今回はそう長くは続かない。青白い光が消滅した瞬間、シンの右手の光も消える。そして数瞬と待たずに二発目の『バレット』がシンに迫り、


 またもや、あの音。


 シンは攻撃に合わせ、確実に『ブレイド』の発動を間に合わせる。これがSCにおける魔法の技術。いかに素早く、正確に魔法を完成させ、そして破棄、再発動させるか。これが早ければ早いほど、SCにおいて有利になる。強さに直結するのだ。


 そしてその難しさと、失敗した時のリスクから、相殺を使う選手はプロでもほとんどいないと言っていい。攻撃を防ぐだけなら防御魔法のほうが確実だからだ。相殺を使うのは防御魔法の展開が間に合わないときと、あとは相手の攻撃に対してカウンターを狙っているときくらいのものだ。


 魔法が使えないときから思っていた。シンはもう、SCにおいてはプロレベルの実力をもっているのではないか、と。唯一勝ちを譲ったミナトさんはインターハイ優勝、プロ選手も育成しているコーチの下で練習している。練習相手のアヤメさんだってそうだ。現役を退いたものの、今でも試合に出ればプロリーグの第一線で活躍できるだけの力を持っているだろう。


 魔法を使えるようになって、確信する。


 シンはやっぱり、私なんて足元にも及ばないほどの高みにいる存在なんだ、と。


 魔法に目覚めて、SCを始めて、近づけたと思った。これでようやく、シンの隣に立てるのだと、シンにちゃんと、私を見てもらえるのだと、そう思っていた。


 特防メニューを終えたシンは、休憩も挟まずに今度は特攻に入っている。そこで練習しているのは、プロの試合でも見る機会の少ない高等テクニックだ。



 遠い。



 あまりにも、遠すぎる。


 ようやく見えた背中が、また見えなくなっていく、かすんでいく。


 だけど、「待って」なんて言えない。


 私はようやくわかったのだから。シンのいる場所が、私の目指す場所が、いったいどんなところなのか。


 もっと先を見せてほしい。



 何度でも思う。私は、シンが好きだ。


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