第3話「物質化」


「ま、こんなものかな。初心者にしては上々だろう」

「はあッ、はあッ……。ありがとう、ございます!!」


 チトセの飲み込みは思った以上に早く、結局『ブレイド』を覚えた後、遠距離攻撃魔法の『バレット』も習得し、本当に試合形式の練習まで進めたのだった。


「ただ、まだSC用の魔法に慣れていないのが問題だな。魔法の発動にかかる時間が長すぎる。これからはイメージ強度を最小限にして発動を早くすることを意識しよう」


「イメージ強度を……最小限、ですか?」

「そう。SCで使われる攻撃魔法って言うのは、基本的に強度が一定以下なんだよ」


 言いながら、フィールドの端に向けて銃の形をとった右手を向ける。遠距離攻撃魔法の『バレット』。『ブレイド』が実体のない魔法の剣なら、『バレット』はその名の通り銃弾だ。


『ブレイド』とは異なる水色の光、いや、揺らぎとでもいうべきものが塊となってフィールドの端へと飛んでいく。そのまま飛び続けるように見えたそれは、フィールドの端にぶつかると同時に消えるように霧散した。


「こんな風に、フィールドを囲う魔法を突破してしまうような魔法は使えないってこと。同じように、スーツに設定してある防御魔法を貫通する強さを持つ魔法も使えない」

「え、でも待ってください」


 チトセは理解が追い付かないと言った風に顔をしかめる。


「強度を高めたほうが魔法は安定して発動しますよね? 競技ルールと矛盾しませんか?」

「あーえーっと、それはだなぁ」


 フィールドの外にいるクレハに視線を投げる。と、クレハは「やれやれ」とでも言わんばかりに首を振って歩いてきた。


「魔法の強度はね、上げすぎると別の魔法になるのよ。SCでも使える魔法だと、『マテリアライズ』なんかがいい例ね」

「『マテリアライズ』……、物質化、ですか」


 チトセのつぶやきに、クレハが首肯する。


「例えばさっきやっていた『ブレイド』と『バレット』。この二つは実体を持たないけど、イメージの強度を上げていけばそのうち実体を持つようになる」


 やってみて、とクレハがこちらに目配せをしたので、まずは『ブレイド』を右手に発動。フィールドに突き立てるように光の切っ先を下ろすが、それは地面に飲み込まれるように消えていく。


『ブレイド』を解除しても、地面には傷どころか、へこみひとつついていない。


「今のが『ブレイド』で、これが――っ!」


 掛け声とともに想像する。さっきのような幻の剣ではない、実際に質量をもつ鉄の塊、そしてそれが、地面を実際に傷つける様を――。


 ――ざんッ。と、地面を貫く音が鳴る。


 俺の右手から延びる透明な紅色の刃は、しっかりと地面に突き刺さっていた。


「っ、すごい……」


 チトセが感嘆の声を漏らすのと同時に、『マテリアライズ』で生み出された刃はパキンっと音を立てて割れ、その破片は地面に落ちることなく、空中に溶けて消える。


「あっ、消えちゃった……」


 シャボン玉が割れた時のような声を出すチトセ。だが魔法で生み出した物質が消えてしまうのは当然だ。


「想像力だけで、無から有を生み出してるわけだからな。そうそう維持していられるものじゃない。他の魔法だって数秒維持できればいいほうだろう?」

「そっか、そりゃあそうですよね。『ブレイド』でもあれだけ大変だったのに、実体を生み出す魔法なんて……負荷もすごそう」

「実際すごいぞ。連続で数回も使えば、頭痛で動けなくなっちまう」


 魔法なんて便利な呼び方をしていると忘れそうになるが、この技術はあくまで脳科学。そこに「無い」ものを想像で「在る」ことにする技術だ。魔法が発見されて間もない研究段階では、魔法の酷使の結果廃人になってしまった、なんて事例も報告されている。そのため、魔法の練習中に頭痛がした場合はすぐに中止し、その日一日は魔法を使うことを禁止される。


「これで、強度によって魔法が変化するってことはわかった? だからSCの安全基準にのっとって、攻撃に使用できる魔法は強度が一定以下でないといけないの」

「それはわかりましたが……、それとイメージ強度を最小限にすることがどうつながるんですか?」

「あ、それは……」


 ここにきてクレハが悩む素振りを見せた。そうか、この説明は実際にプレーしてみないと実感できないものがある。クレハの苦手なタイプの説明だ。


「チトセ、最初に防御魔法を発動して、失敗したのを覚えてるか?」


 俺の『ブレイド』にビビって強度が足りなくなったときだ。自分の失敗を思い出したのか、チトセはそれまでよりも小さな声で「はい……」と返事をした。


「あれが強度不足による失敗。なら、どこまで強度を高めれば、防御魔法は成功すると思う?」

「どこまで……。あっ、そうか。それが最小限のイメージ強度ってことですね。……え、でもそれって明確な答えあるんですか?」


 理解が早いと説明が楽でいいな。……まあほとんどクレハに任せていたけど。


「明確な基準は無い。だが経験を積めばどの程度で発動するかがわかってくる。チトセも今日の練習で、どの程度集中して想像すれば魔法が発動するか、なんとなくわかっただろ?」

「それはそうですが、ただでさえ集中しないと発動できないのに、そんなギリギリを攻める余裕ないですよ」


 願ってもないチトセの言葉に、思わず待ってましたと指を鳴らしたくなる。


「それがな、逆なんだよ」

「逆?」

「そう。チトセの言った通り、魔法を使うには集中力がいる。逆に言えば、どれだけ集中せずに魔法を発動できるかがSCの肝なんだ」


 集中せずに魔法を発動する。


 この言葉に、チトセは完全に目を丸くしていた。まあ気持ちはわからなくもない。


 どれだけ集中力を高められるかが、魔法を発動する鍵。


 おそらくチトセは、魔法に目覚めてからずっとそう思っていたのだろう。実際、魔法についてそう考えている人は多いし、それが間違っているわけでもない。


「ゲームの魔法を想像してみてくれ。あれはマジックポイントとか魔力とかが続く限り魔法を使うことができるが、現実はそうはいかないだろ?」


 現実世界にはゲームみたいにマジックポイントやら魔力なんていう概念は存在しないが、しいて言うなら「どれだけ連続で魔法を発動し続けられるか」がその目安にはなるだろう。


 そして、現実で魔法を使うのに必要なのは、魔力ではなく集中力。これを置き換えて考えると――。


「な、なるほど……。どれだけ頑張っても、集中力は無限には続かない。だからこそ、できるだけ少ない集中、強度で魔法を発動する必要がある、と」

「その通り」


 驚いていたチトセだったが、ちゃんと自分の中で整理をつけて納得したようだ。


 実のところ、この「集中せずに、強度をできるだけ低く魔法を発動する」という技術は、しっかり説明しても理解してもらえないことが多い。SCでは、より多くの集中力とイメージ強度を必要する魔法のほうが、難易度が高いとされている。それは一面では事実なのだが、この難易度という価値観のせいで、強度は高ければ高いほど良い、優秀なプレイヤーである、という認識が広く浸透してしまっている。


 魔法の完成度は確かに重要だが、それだけがSCにおける強さを決めるわけではない。


「ちょっと疑問に思ったんですけど、シンさんの言う通りに、防御魔法を最小の強度で発動したとするじゃないですか」


 納得したように見えたチトセだったが、まだなにか気になることがあるようだ。


「そうすると、同じ最小強度の『ブレイド』は防げても、最大強度の――『マテリアライズ』一歩手前の『ブレイド』は防げないんじゃんないですか?」


「そうだな」


 あっさりそう答えると、チトセは数秒沈黙した後に、「えっ!?」とやたら大げさに驚いた。


「じゃあダメじゃないですか! 最小強度の攻撃だと思って防いだら最大強度の攻撃だったとか、魔法の強度を利用したフェイントが――」

「ん~相手の魔法の強度は経験積めばなんとなくわかるようにはなるんだが、とりあえず断言するぞ。そんな危険なことをするプレイヤーはいない」


 強度を使ったフェイントとは、なかなか面白いことを考える。だがレベルの高いプレイヤーは魔法の強度を見極めることもできるし、その程度のフェイントに揺さぶられることはない。なぜなら――。


「『マテリアライズ』一歩手前の強度ってことは、スーツの防御魔法を貫通する一歩手前ってことになるでしょう? そんな危険な攻撃魔法を使えば一発で反則負けね」


 俺の説明にクレハが付け足す。そう、そんな攻撃を仕掛けた時点で危険行為だ。仮に攻撃するつもりがなかったとしても、魔法強度がフェイントとして機能する相手なんて、「魔法の見極めは熟練者レベルだが試合経験は少ない」みたいな、ちぐはぐな相手だけだろう。


「なるほど、SCのルールに最適な魔法の発動が、最小強度の魔法ってことですね。魔法の強度を利用したフェイントとかも使えない、と」

「その通り。理解が早くて助かるよ」

「シンは初めてこれを教わったとき、頭じゃ理解できなかったもんね」

「なっ、お前やめろって! 教える側としての立場ってもんが……」


 横やりを入れるクレハに文句を言おうと向き直る。だが二人は俺の言葉を無視して話を続けていた。


「結局、効率いいのがどっちかわからなくて、試合の中で実際に最大強度と最小強度を試して、それでようやく理解したのよね」

「効率を確かめる手段として効率が悪すぎますね」


 ふたりはクスクスと笑い合う。ネタに使われているのは大変に不本意だが……まあそれで話が弾んでいるなら構わないか。


「チトセさんはすごいね、理解の速さもそうだけど、魔法の習得もすごく早いほうだよ。今日一日で基本の魔法は覚えちゃったんだから」

「そんなそんな、私なんてまだまだで……」


 それに、クレハがSCの話で他人と盛り上がっているのを見るのは珍しい。俺とクレハの通う青江高校にはSC部が無いし、SCに興味がある生徒はほとんどが同じ学区内の三條学園に入る。だから、同年代とSCの話をする機会はかなり少ない。初心者だというチトセも、実力者の多い三條ではあまりSCの話はできないのだろう。話が合うのは、そのあたりの境遇が似た者同士だからかもしれない。


「でもクレハさんもすごいです。知識もあって説明もうまくて。クレハさんは――」


 だが、互いに笑い合うその笑顔には一つだけ、決定的な違いがあった。



「――SCはしないんですか?」



 一瞬。


 ほんの一瞬だ。


 付き合いの長い俺でなければわからなかっただろう、一瞬だけの、表情の変化。


 ちゃんと魔法を発動できて、SCという舞台でそれを活かすことを知って、楽しくて楽しくてたまらない。そんな感情があふれ出ている笑顔を向けているチトセ。


 そしてクレハはそんなチトセを、どこか羨ましそうに見つめ、あきらめたように笑っていた。


 やっぱり、SCの説明でクレハについてきてもらうのはやめたほうがよかったかもしれない。クレハのチトセへ向ける微笑みを見て、今さらながらにそんなことを思った。


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