第2話「基礎中の基礎」
クレハのあとを追うようにして、女子部員とフィールドへ向かう。
「さて、基本的なことは知ってると思うが、この二五メートルの正方形がSCのフィールドだ。場外に出たら、その時点で失格になる。制限時間の十分以内に多く点を取るか、相手を場外に出したほうがその試合の勝者になる」
フィールドを囲う柵を開きながら、女子部員に説明する。この辺は競技をやっていない人間でも知っている基本のルールだから説明するまでもないだろうが、念のためだ。女子部員もこくりと首を縦に振っている。
「じゃあ、実際にどれだけ魔法を使えるか見せてもらう。えぇと……」
呼ぼうとして、まだ彼女の名前を聞いていないことに気が付いた。
「あ、私……チトセです。魔法は初心者ですが、SCの観戦は好きでよくプロの試合は見てます!」
「ああ、ありがとう。改めて、俺の名前はシン。こっちがマネージャーのクレハ。よろしくな、チトセ」
「は、はい……」
クレハと合わせて自己紹介をすると、何故だかチトセは顔を少し赤らめてうつむいてしまった。何かしてしまったかと思いクレハのほうを振り向いたが、クレハは何故かまた不機嫌そうな顔に戻ってこちらを睨みつけるだけだった。
「えぇと、魔法についてだな……。SCの練習に参加してるってことは、身体強化魔法は習得してるってことでいいんだよな?」
尋ねると、チトセは「はい!」と元気よく返事をしながら、その場で脚力を強化して前方宙返りをして見せた。助走も何もなしで軽く一メートルほど飛び上がり、余裕をもって宙返り。着地時も足回りを強化して伸身できれいに着地している。
「どうですか?」
「はははっ、ああ十分だ」
自信満々なその笑顔に、思わず笑みがこぼれた。魔法を使わない普通の体操であれば、間違いなく満点の完成度だ。身体強化中の体の動かし方を、ずいぶんと練習したのだろう。できるようになって間もない魔法を、誰かに披露できるのが楽しくて仕方がないというその気持ち。自分が初心者のころを思い出して、どこかほほえましく感じてしまう。
「じゃあまずは基本の防御魔法から。左右順番に素殴りをしていくから、防いでみてくれ」
「わかりました!」
SCの基本は防御魔法。これが使えなければ話にならない。いきなり魔法攻撃の防御は不安があるから、まずは魔法を使わない、ただの手刀だ。
「いくぞ――ふっ!」
右手の手刀を、勢いよくチトセの左肩めがけて振り下ろす。
「――っ!」
チトセが表情を硬くする。それと同時に透明な、空間の揺らぎのようなものがチトセの体を覆っていく。俺の手刀はその揺らぎに阻まれるようにして、チトセの体から数センチ離れたところで完全に止まっていた。
「よし。発動は問題ないな。じゃあ次は連続発動だ。左右交互に行く」
「はいっ!」
阻まれた右手の手刀を引き抜き、今度は左手でチトセの右肩を狙う。そして左手もまた、透明な揺らぎに阻まれ肩に触れるには至らない。
心の中で「よし」とつぶやく。こちらの攻撃に合わせて、左右でしっかりと防御魔法が張れている。一秒間隔で左右交互に手刀を繰り出し、防御魔法の発動に狂いがないかを確かめる。それを十回程度繰り返したところで、俺はいったん手を止めた。
「よし。基本の防御は問題ないな。初心者なんだろう? なかなか筋がいいじゃないか」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「じゃあ次はこっちも魔法で攻撃する。まずは一度の攻撃をしっかり防御してみてくれ」
「わかりました!」
チトセの元気のいい返事を聞き、俺は右手を軽く握った。ちょうど、目に見えない棒を軽く握りしめるくらいの感覚。そしてその見えない棒を、魔法でなぞっていくイメージ……。
初級の近接戦闘魔法『ブレイド』。
その名の通り、魔法によって剣を創造する魔法だ。創造すると言っても、実体のある剣を作り出すわけじゃない。その見た目は薄赤い光の剣とでもいうようなもので、まあ何というか、男子なら一度は憧れた、「ぶおん、ぶおおん」と言いながら振り回したくなる、あれだ。
「ちゃんと防げよ、でないとポイントが入るぞ!」
右手に生み出した『ブレイド』を振り上げ、チトセめがけて袈裟に切り下ろす。チトセは目の前で自分に向けられる魔法が怖いのか、先ほどよりも少しばかりこわばった表情で、『ブレイド』が振り下ろされる場所に防御魔法を展開した。……しかし、
バシィ! と透き通った音とともに、チトセは数歩後ずさった。『ブレイド』を受けたその左肩には、控えめなライトエフェクトが灯っている。
この音とライトエフェクトの発生。これは、魔法による攻撃がヒットし、コンバットスーツにあらかじめプログラムされていた防御魔法が発動した、ということを示している。
「試合なら、これで一ポイントだ」
SCにおける得点計算は、今のように特定部位に魔法攻撃が命中した際に行われる。今は練習用のコンバットスーツだからライトエフェクトも控えめだが、試合用になるとこれがもっと派手になり、離れた場所から見ていても得点が入ったことが分かりやすいようになる。得点を奪われないためにはスーツの防御魔法が発動しないよう、相手の魔法攻撃を躱すか、自分で防御魔法を発動して防がないといけないわけだ。
「どうして……? 私、ちゃんと防御したはずなのに……」
「ああ、それは――」
「防御魔法の強度不足ね」
説明しようとしたところで、クレハが先んじて答える。まあ、こういうことならクレハのほうがわかりやすく説明してくれるだろう。
「強度不足? でも、防御魔法自体は発動しましたよ?」
「あー、まあ発動はしてたけど……足りなかったんだよ」
俺のざっくりとした言葉に、チトセは「足りない?」と首を傾げる。うーむ、やはりこれだけだと伝わらないか。
「いい? 防御魔法は攻撃魔法と違って、ある程度集中してイメージすれば魔法の発動自体は簡単にできる。でも、どんな攻撃を防ぐかによってイメージの強度を高めないといけないの」
「イメージの……強度」
「そう。例えばさっき、チトセさんは魔法を使わないシンの手刀は防ぐことができたけど、『ブレイド』の魔法は防ぐことができなかった。『ブレイド』を防げるだけの強度をイメージできなかったってことね」
クレハの言葉に、チトセが「なるほど」と相槌を打つ。
「よし、理解できたところで、もう一度やってみよう。……チトセ、次はビビるなよ?」
一言付け加えると、チトセは驚いたように目を見開いた。まさか気づかれていないと思っていたのだろうか。手刀の時と『ブレイド』の時とで、受けるときのチトセの表情はずいぶんと違った。
「さっきの防御魔法の強度不足は、単純なイメージの失敗だ。俺の魔法にビビるってことは、自分の防御を貫かれると思ったってこと。――魔法を信じ切れていなかったんだ」
だから、自分の魔法をちゃんと信じろ。と、そんな感じで発破をかけようとしたのだが、何やらもの言いたげなクレハの顔が目に入った。おかしいな、別に変なことは言ってないはずだが……。
「そんな『気持ちの問題』みたいなことにしないで。えっとねチトセさん、魔法の成り立ちは知ってる?」
「はい。たしか、二〇年くらい前にイギリスの研究チームが発表した、認知科学と脳科学? の話でしたっけ」
「そうそう。簡単に言うと、想像したことを現実に起こす力、現実を想像で塗り替える力が、今あなたが使ってる魔法なの。だから、どんな攻撃でもしっかりと防ぎきる、そう頭の中で認識し続けることが一番重要なのよ」
チトセは「認識……」とひとり呟き、目を閉じたまま防御魔法を発動させた。一瞬のうちに、チトセの全身が透明な揺らぎに包まれていくのが分かる。うん、発動もさっきよりだいぶ早いし、魔法の強度も安定している。やはり俺の抽象的な説明より、クレハの説明のほうが分かりやすかったみたいだ。
「……お願いします!」
「よし」
先ほどとは顔つきの変わったチトセに向け、『ブレイド』を振り下ろす。
「――はっ!」
目をしかと開いたまま、チトセは『ブレイド』を待ち構える。そして――。
「――っ!」
右肩めがけて振り下ろした『ブレイド』は、チトセの体に到達する前に止まっていた。
「防御魔法、成功だ」
言うと同時に、チトセの体を守っていた防御魔法が霧散する。気が抜けて集中が切れたのだろう。
「は――はい! ありがとうございます!」
普段であれば、意図しない魔法の中断は注意するところだが、初心者のチトセにそこまで求めるのは酷と言うものだろう。今は防御魔法の成功をしっかり喜ぶところだ。
「防御魔法のイメージがしっかりできるなら、攻撃魔法はそこまで難しくない。このまま続けるか?」
「お願いします!」
「よし。とはいえ本当に、きっかけさえつかめれば難しいことはないんだけどな」
「普通はそのきっかけをつかむのが難しいんだけど?」
「まあ、個人差だよ……はは」
一度『ブレイド』を解除し、再び発動する。
「さっきも使ったこの魔法が、基本の近接攻撃魔法『ブレイド』だ。見ての通り実体はないから、魔法にだけ反応する。ま、SC専用の攻撃魔法ってところだな」
説明すると、チトセはまじまじと見つめながら、おっかなびっくりといった様子で手を近づけようとする。
「スーツを着てる状態で触れたらポイントが入るぞ。防御魔法には反応するからな」
「あ、そっか」
慌てて手を引っ込めると、今度は自分で発動してみようとしたのか、俺と同じように手を軽く握って難しい顔をし始めた。
「……出ないです」
「そりゃそうだ」
「もう、認識の力が大事だって言ったばかりでしょう。そんな何のイメージもないまま発動しようとしても無理よ」
クレハの言うとおりだ。今見たものをぱっと再現できるほど、魔法は簡単じゃない。そこにないものを認識と想像で生み出すのだから、それ相応の集中力と、先ほどの防御魔法のようなイメージの強度が求められる。
「そうだな……SF映画やアニメで、光の剣をよく使ってるだろ? そういうものを昔から見ていると、この手の攻撃魔法はイメージしやすいんだ」
「う~ん、私、そういうものに興味を持ち始めたのは魔法を使えるようになってからだったので……。ちなみにシンさんは、最初に何をイメージしたんですか?」
俺は……、と答えようとして言葉に詰まる。そうだ、考えてみれば、俺が魔法に目覚めたのは六歳か七歳の頃。最初に何をイメージして魔法を発動していたかなんて覚えていない……。
「あーダメよ、シンに聞いても参考にならないから」
どう答えようか迷っていると、あきれたようにクレハが口をはさんできた。
「だってシンが初めて魔法使ったの、五歳の時だもの。魔法なんて、『そういうもの』だとしか思ってないって」
「五歳!!」
「五歳!?」
「なんで一緒に驚いてるの!?」
いや、だって自分で思っていたよりもさらに早かったから思わず……。
「覚えてないの? 麦茶こぼしそうになってとっさに空中で止めちゃったのが最初の魔法でしょ?」
「逆になんで覚えてんだよ」
「えっ、だって……ま、魔法を生で見たの、あれが初めてだったんだから、それくらい覚えていて当然でしょう」
なんだかいまいち納得できないが、人の記憶なんてそんなものだろうか。何がどう印象に残るかなんて人それぞれだし、特にクレハは魔法に対して特別、思い入れもあるだろう。
「あのー」
そんな関係のない話をしていると、チトセが所在なさげに声を出す。
「あ、ごめん。脱線してた。『ブレイド』の発動イメージだよな」
「あ、いえ。それもそうなんですが、その……お二人は、お付き合いされてるんですか?」
「……」
「……」
チトセのその問いに、俺たちは二人そろって黙り込む。
「え! あっ、ごめんなさい!?」
「ああいや、いいんだ。よく聞かれることだしな」
「……そうね」
実際、よく勘違いされる。たいてい一緒にいるし、自分自身、一番仲のいい友人は誰かと問われればクレハだと即答するだろう。だからまあ、こんな言葉にいちいち反応する必要はないと思うのだが……。
「……」
ちらっと、盗み見るように横目で隣を見やる。
「………………なに?」
これだよ。この話題になると、クレハは一瞬で機嫌が悪くなる。そりゃあこの質問ももう何度目だ、という感じだし、いちいち男女の仲を勘ぐってくる同年代の好奇の視線にうんざりするのもわかる。でも、もうそろそろ慣れてくれてもいいんじゃないかと思わなくもない。
「いや、まああれだ。俺らはただの幼馴染。仲はいいがそれだけだ。ほら、『ブレイド』の練習再開するぞ」
どうにかして話題を変えようと、無理やり練習の話に持っていく。
「あー、はい。なんというかその、大体わかりましたー」
チトセの間延びした返事が妙にイラっときた。
「はぁ」
隣から聞こえるため息が、なぜだか俺を責めているように聞こえた。
「いいから! 『ブレイド』使えるようになったら次は『バレット』! それも終わったら試合形式で実戦練習だからな!」
「えぇ!? そんなに無理ですって!」
「文句言わない! 俺にコーチを頼んだのはそっちだからな、覚悟しておけ」
勢いに任せて指導していくうち、チトセはわずか三〇分の間に『ブレイド』をマスターしたのだった。
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