森の生態管理方法
「これは森の衛星写真? でも動物が丸見えなのは……」
「管理区域で把握して頂きたい情報を簡略化、取捨選択したものになります。
現地映像をお望みの場合は操作を。何かご質問は?」
直ぐに気づく質問は、ある。動物の数だけは膨大だが森ならばもっとこう。
「昨日から気になっていたのですが。虫と動物の種類が少ないよう……む」
……何そのあからさまな非難する視線。
「動植物を放つには環境に適応させる必要があります。かつて存在した複雑怪奇な自然環境の再現は不可能です。有用なゴキブリ、ハエ、フンコロガシ。
在るのはそういった管理出来る範囲の多様性。千景を無能と申されますか?」
愚問過ぎた。専門家でも把握不可能に種類のあった虫を適応させてらんねーわな。
保存自体出来た数に限りがあるだろうし……。
「まさか。考えて分かるべきでしたすみません。
で、見た感想としては……聞いた通り肉食らしき個体が少ないですね。これを増やせという話でしたけど、画面端に書いてある数字を使って、ですか。
あのぉ。態となんでしょうけどゲーム染みてません? てっきり貴方の判断通り書類の記入でもするのが仕事だと思っていたのですが」
「書類の……記入。あ、失礼しました。何かこう、次代の齟齬で愕然と致しました。
わ、我が主は流石ですわ」
……そだね。AIが全てを管理してるというのに書類って。
そんな感じの仕事、というつもりだった気がするけど、余りにそぐわない表現だね。ごめんなさい。
「うふん。その数値は我が主が起きた後に改善された環境を数値化した物。つまりその程度の功績で例外事項を許諾させられる程に、人の持つ特権は大きいのですよ。
他の仰りたい事も分かりますが……見識狭し。と、申し上げます。
人の決定に意を唱えると無駄な処理が必要になるのが一つ。それと長く、飽きずに仕事をして頂こうとまず簡略化を。
やがて慣れ。かつお望みを頂戴して情報量と判断数を増やすのが当方の理想ですね。
加えてこの千景が管理しているのは森林だけでは御座いません。我が主が判断して頂ければ余裕が生まれ、他を片付けられますの。
大事なのは総体的に見て処理が上手く行ってるか。口出しした方が良くならない限り、最も重い処理である決断は我が主にお願いしたいのですわ。
なのでこの森の環境調整が上手く行くよう頑張って頂けると大変喜んじゃいます」
絶滅した人間が未だにそんな特権をねぇ。なーんか……考えても仕方ない事だが。
「そう言われればその通り頑張りますとも。
で、この動物移送のボタンで。ああ、種類選べるんですか。
しかしこれ、別大陸から移動ってマジです?」
「分かります。十万年後なら転移くらいして見せろと仰るのですね?
生体構造の複雑さ。技術的矛盾に欠片も思いを馳せず無理難題。
この―――宇宙映画脳が」
親愛しか感じられなかったお顔が一瞬で蔑みに。顔芸機能まで搭載ですか。
余りの激変に一瞬爆笑しそうになってしまった。
「はぁ、すみません。確かに空間転移技術あるのかな。と思った事はあります。
所で……アホな人間は褒めるだけなの止めたんですか?」
あ、本当アホな質問を。つい気になって。
「貴方様が愉快な気分になる。それ以外些末事で御座いますから。
とは言え愚弄されて今ほど面白がって頂けるのはすこーし驚きました。……実は、若い女の姿の者に愚弄されるのがお好き。だったりします?」
どーいう質問やねん。
「……。貴方が私より色々分かってそうだから面白い、んじゃないかなと。
私が居た社会だと若者は守られ過ぎて一から十までズレた何も分かってない生物でしたから、口を開けば勘違い発言でウンザリした記憶しかありません。
って、そんな話じゃなくて―――なんだっけ。
あ。このボタン一つでしてくれるらしい動物移送ですよ。選んだ動物が『水を良く飲む』とかの説明は書いてありますが、移送中死にやすいとかこっちだと繁殖し過ぎて環境が壊れるとか。そういう問題が表記されてないでしょう。
適当に選んで良いんですか?」
「今、何か大変不快そうな感情を検知したのですが。何がそんなにお嫌ですの?」
「大航海時代以降のイギリス、スペイン、オランダ。あそこら全部。の真似はヤです」
「まっ。外来種での迷惑や種の絶滅ならご自分の国も。おっと。うふん♡ 大変立派なこころざしですわね♪
移送可能な生物は凡その問題を考慮してありますのでご安心を。
気を付けて頂きたいのは移送地点。生活環境として良く、巣を作りやすい場所として候補が出ます。植生と地形を弄るのも限界がありますから、その何処かでお願いいたします。
まずは好みで選び失敗して頂きますよう。少なくとも取り返しのつかない事にはなりませんので」
かなり不安を感じるお言葉。しかし現実のお仕事だもの探っていくのが当然。
AIで管理してるなら正解知ってね? とも思うけど規定の関係と返すのだろうな。
「では―――。うん。狼で。言われてしまったように絶滅させたものだから、思い入れがありまして。この狼は見た目から違う種ですけどねぇ。
……貴方がAIなら不合理で愚かしい感傷だと判断なさいますか?」
と、これは又。好意的にしか見えない微笑みを。
「いいえ。これは本当で御座いますよ。そういう方なら真面目に働いてくれそうでしょう? 他にも色々ありますが、とりあえずこの理由でご満足ください」
「そーします。で、ボタンを押しました。私の仕事はこれで終わりですか?」
「見て頂きたい範囲が広いのでこれをしつつ数の調整をするだけで一仕事です。
しかし更にして頂けるのでしたら獣道を引く事が出来ます。
今なら狼の巣から川まで引くとこの森への適応が早くなり有難いですわね」
獣道と来たか。これかな? ちょちょいとな。
「……現地映像で見たら。目に見える速度で木と草が折れて薄くなってるのですが?
これヤバイ薬でも撒かれてるんですか」
「内部にあるフェムトマシンを小さく破裂させております。後は獣自身が道を使って保つでしょう。
ついでに申しますと、計画を安定させる為に狩人の調整もお願いしたいのです。
環境改善の為に狩りは必要ですが近頃は狩人の死傷を抑えられ過ぎですの。
このままでは昨日見て頂いたヌシたち。安全装置として生息させてあるアレらも群れて狩られかねません。
なので森に来たモノ達の内、将来性ある個体。フェムトマシンへの適応能力に長けたモノを間引いて頂けないかと」
狩人を間引くと来たか。どうにも人にしか見えなかった所為で言葉に違和感を感じるが……愚かしい感傷だね。
やれやれ。この間引きは私に心の準備をさせる意味もあるのかな?
「間引くと言われましても方法が―――いや。出来る、かも。しかし呼ぶ装置か何かが無いと不確実過ぎるのでは?」
「まぁ。準備が整うのは暫く後ですから、説明はその時にと考えておりましたのに。
多分ご明察ですわ。呼ぶ装置はあります。管理区域内では一地点からの音や匂いをかなり操作出来ますのでそれで」
「なら答え合わせはその間引くべき狩人が来た時の楽しみに。
後……少し気になったのですが。あの竜を狩れるのなら、やがて森中を探索されて私たちの住居が発見される可能性もあるような。
その前にミサイルででも吹き飛ばす。という話でしょうか?」
「我が主が働いて下されば計算上あり得ませんが……そうですわねぇ。
あのモノらにとってあり得ない手段を使うのは非常に好ましくありません。
なので、本当に不味い所まで探索された場合はまずアレらが二度と近づくまいと思うような、国に甚大な打撃を与える大きな獣が出るよう仕組まれております。
ミサイルはそれさえ打倒するほど準備されてしまった時の話になりますわ」
「成程。管理された生命体な訳だ。……ま、余計な事を知っても良い事が何一つないのは時代を越えた真理、ですか」
「同情なされているようですが、管理していて尚、森を焼き始めたモノ達だとお忘れなく。
本当苛立たしい。極論致しますと衣食住を十分得たら、毎月服を新しくする為に森を燃やし始めたのですよアレらは。
フランス人とアメリカ人の遺伝子は入念に除いたはずですのに。
千景の処理能力は一時期、素体になった我が国の人々が既にこうなるほど混血が進んでいたのだろうか。という悩みでいっぱいいっぱいになってしまいました」
耳が痛い事を仰る。あと、やはり。
「前から少し感じていたのですが。アメリカが嫌いだったりします?」
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