ポストアポカリプスの世界管理に選ばれた中年と、覇権国家

温泉文太

花の香りで起きたら

 む、ぬ、ぬむむむむぅ。

 眠気……なし。起きるべきか。

 しかし今日も苦痛に満ちた一日が始まると思うと、目も開けたくねーな。いや、まだ眠れる。多分。

 ―――うむ? 痛く、ない。……あ。治験受けたんだった。なら治療できたのか。


 信じられん。人体実験だと確信してたのに。

 お、おお。体のどこを動かしても痛くない。凄い。

 ……無料とは聞いたが本当だろうか。お幾ら百万請求されたり。もっとか?


 ま、良かろう。請求されない内から恐れてもね。

 むお? 甘い……沈丁花の残春な香りが。風雅ですねぇ。

 相変わらず美少女が髪取られてそうな匂い。幾ら美少女でも心の病では関わりたくないけど。

 

 しかし季節の花で見舞うオハイソ、誰のセンスだろ。

 何時もなら植えるから実を食べられる物持ってこいと言うところだが……。

 今の気分を彩るかほりとなると……。よろしい。五千くらいは払おう。

 さて、いい加減起きますか。まずはどんな花っぷりか見せて……は?


 沈丁花のでっけぇ木が。床から生えてる。


 窓が、アホ高い天井まで。意識高い系建物みたい。

 そして……沈丁花の向こうに森が。見える限りジャングルい緑の地平線が。

 あ、あるぇ? この病院は、寒々しいところで……寝てる間に何処かへ運ばれた?


「セレブ様の病院? ……なら看護婦さん呼んで早く出ないと」


しゅをご不快にさせてしまい申し訳ありません。セレブ様がお嫌いなのは承知しましたが、どうしてそうお感じになったのか理解致しかねております」


 背後。落ち着いた良い声のお嬢さん。部屋に人居たんかーい。こいつは赤恥。

 ……しかし音は何も無かったような。いや、兎に角。頭を下げてから。


「変な独り言すみません。重ねて申し訳ないのですが病状説明の予約を……あ?」


 AI生成絵

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 お前……お前、声以上のお顔に、なんだその派手な体つき。

 どこの人種でも無理だろ下着補正だよな。しかしあの鍛えられた腰の細さで寄せる贅肉があるのか? 

 腰ヘソ丸見え、胸に張り付いた薄絹らしきテカった物に肩と腕を覆っただけみたいな和風……らしき上着。

 首にチョーカーらしきもの? 何年ぶりに見たんだろう。

 よく鍛えられた太ももに食い込む短パンと片方だけ膝上からを残した……魔改造穴あきスーツズボンはどうやって履いてるの?


 狂ってる。

 いくら若さ。美貌。美体に自信ありだろうと、仕事以外で着てたら正気を疑う和風とスーツを合体させハシタナイ改造の極点を目指した服。

 トドメに若いお嬢さんらしさのない、落ち着いた親しみしか感じられない微笑み。

 かんっぜんに交わるべきでない人だ。会話するだけで危険そう。


「我が主は健康です。他、全ての説明はこのしもべが承ります」


 我が主? しもべ? ……あ。どうすべきかピンと来た。ううむ。これだけの異常事態でこの判断の速さ。私非常時の人材だったのかもしれん。


「では料金明細を頂けますか。私の財布と携帯はどこでしょう。払えなければ家族を呼びますから。それと、最寄りの駅までの道を教えて頂ければ」


 警察のネズミ捕りが如く、違反しても事故りようのない所で待つのと同じ性根の悪い詐欺がありそうなこの状況。道を通らないに限る。

 えっと、服は普通のパンツにシャツ。私のじゃないが気にすまい。

 体調に違和感無し。あ、靴もベッドの下に。素足だが何でもよし。

 少しの損をしようと早くお嬢さんと縁を断つべきだ。

 ……にしてもやはりこの部屋おかしい。沈丁花の木以外、十畳はあるってのにこのベットだけ。

 訳わからんが……事情は家族に会うまで我慢するか。


「あら、まぁ」

 不思議そう? 事務をお願いして何が悪いのか。

「―――」え、雰囲気が、

「もぅ!」


 うおっ。突然社交性溢れたお嬢さんのように近寄り。ばっしばし叩きおる。


「美人と見たら警戒なんて駄目。そんな事では良い縁を逃しちゃうんだから!

 質問はいっぱいあるでしょう? あたしで良いじゃない。

 何でも聞いて。何でも助けてあげる。ほら。この首輪。従順という感じするでしょ?」


 ……叩いたまま体寄せと来たか。

 礼儀正しい受付のお嬢さんが陽気な学生さんになりおった。精々二十歳だろうにここまで態度を管理できるとは大した子だなぁ。

 それに親切だ。実に耳が痛い。仰る通り良い縁を逃してきただろう。

 しかし所詮は若造だな。親しくない異性は死にかけてても関わってはいかん世の中だとまだ知らない。

 見知らぬハシタナイ恰好の美女なんて飛んでるゴキブリよりばっちぃです。


「御親切にありがとう。気を付けます。ただ今は家族に早く連絡したいんですよ。

 全快したならさっさと病室を開けるべきご時世でもありますし。で、携帯はどこで受け取り出来ますか?」


 あらでっかいため息。お、離れて……また雰囲気が変わった?


「我が主よ。しもべの失敗で警戒させてしまいお詫び致します。

 してお互いの為、極めて直接的に話す失礼。お許し頂けますでしょうか」


「……分かりやすく簡潔なら何でも。失礼とかは元より気にしない性質です」


 このお嬢さんも仕事中……だよな。なら効率以外を求めるのは知恵遅れさ。


「感謝いたします。さて、我が主は。富裕層の奴隷として働いた挙句不治の病となり、人体実験同然で冷凍睡眠の施術を受けた弱い立場である自分に。

 美しく、若く、肉付き良く。見ただけで賢いと分かる。自分とは全く釣り合わない最上の美女が好意を見せるのは非常に危険な思惑があるに違いない。

 と、お考えでしょうか?」


「お、おお……。凄いズバリと仰る」


 そこまで言うならこちらも質問したいなー。

 化粧と眉毛剃りの跡が見えない理由とか。この見た目が加工無しは人外過ぎてあり得んので、『骨格から加工してるんすか?』と、聞きたいのだが。流石に。

 はー。男ツレーわ。こういう社会だから男の幸福度が統計で女の半分なんだわ。男女平等が大事なら男も助けてくださいよなぁ……。

 腹で泣きすぎて胃炎だよ。言えんけど。

 ……座布団一枚。うむぅ。我ながらまぁまぁだな余裕がある。やはり健康は全てに余裕を産む素晴らしい。


「はい。全てはご信頼頂く為。他意は深い敬慕しか御座いません。

 次にあなた様を起こした経緯をお話しするのが良いと判断します」


 おっと。アホな事考える場合じゃない。拝聴させて頂き、 

「今は御眠りになってから十二万年後です。その間に一度地上の生物は滅びました。故に携帯。財布。ご家族。全て無くなっております。

 最後の人類は自分の愚かさを無かった事にしたいと切望し、惑星の循環機構を参考にフェムトマシンを用いた惑星再生計画を立案。

 ここは計画を統率管理する人工知能千景ちかげの設置施設になります。

 そしてこの体は我が主のお相手をするために作られた千景のバイオロイド端末。

 と、ご理解いただくのがよろしいでしょう」


 ―――はい。……あい? 当然空想科学小説の話ですよね。あ、いや。

 まず。疑って良いのは正解を知る方法が思いつく場合だけ。

 しかし……話の趣旨を通すなら私は家族に会えない。ネットや他の情報源にも触れるかどうか。もし嘘なら直ぐ破綻する。なら全部正しいと思うのが良い。頑張れ。


「バイオロイド。あなたが人工物で、端末と仰るなら喋ってるのもAIの考えだと?

 私の知識ではあなたのように人間らしい振る舞いは不可能なのですが」


 というかバイオロイドの時点で存在してない。


「技術の進歩です。しかしこの体は非人間的で御座いますわよ?

 我が主が寝ている間に数多の映像試験で最もお好みの容姿にしようと、

 人の皮膚。筋肉。脂肪の強度限界を幾分無視した体型になって……ああ。服で補強したとお考えですか。では脱ぎましょう」

「結構です。それより……私は本当に健康なのですね?」


 技術の進歩で済ますテキトゥさ。脱ぐ判断もテキトゥに脱ごうとしてる感じが凄い。なんだこいつ頭テキトゥか。AIにテキトゥは可能だったのか?

 好みの把握は精密なのに。そして本人に加工品に決まってるじゃんと言われようとは。


「主よ。服に手をかけるだけで銃を向けられたかの如く警戒なさらないで……そういう時代だったのですね。

 何にせよご安心ください。直ぐにご理解なされるでしょう。

 お体は完全な健康体です。ただ現代の言語学習とお嫌いな富裕層のみに許されていた延命健康化処置を致しました。

 お陰であなた様から頂戴した許可が規約ギリギリですので、できましたら今『言語学習処置。延命健康処置を許諾する』と仰って頂けませんか?」


 許可? 何時。いや、どうも内心を知られまくりな気が。顔色、だろうか?


「今、心を読まれてるのでは。と、お考えになりましたなら。

 凡そその通りです。千景の管理する場所に居られる限りフェムトマシンから発汗呼吸脈拍等が届けられ、統計で判断すれば多くが分かってしまうのです。

 これは止めようがありません」


 うわぁお。相手の感情を読むのが上手いとかを越えてるとは思ったのよね。とすれば……こちらこそが下僕だと考えた方が賢そう。

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