滅亡と抗い力尽きる寸前のジル王国3

「壁向こうを見る忍耐も無いのなら。より具体的に見せるしかありませんわ。

 まずこちら。近衛騎士団長ユリ・コイケという個体を使いましょう」


 そう言って女は、何故か身動き出来ないでいるユリの首を掴み。

 重さが無いような動きで体を釣りあげ、そのまま

「待った。その人に喋らせてはどうだろう。残りの人たちが心を整理しやすくなるかもしれない」


「ではそのように。ユリ。もう口は動きますよ。好きに話しなさい」


 確かに。と、近衛騎士団長ユリ・コイケは思う。

 首を掴み吊り上げられてるからには当然なはずの圧迫感も無く、口の呼吸音も聞こえるようになった。

 とは言えこのような奴らに言われて口を動かすのは、この上ない屈辱。それでも……気になることがあった。


「お前たちが、王都を滅ぼした、あの獣の氾濫を起こしたのか」


「はい」


 余りに軽い返答でふざけているようにさえ感じる。だが、本当だと考えるべきだろう。ならば。


「……あそこには、数多の偉大な物があった。お前たちは文化や歴史の価値が分からない蛮人か」


 思わず。と言った様子で二人が顔を見合わせ。そして……笑い、体を折り曲げ始め、男に至っては床へ倒れ腹まで抱えて、

「うひ、うひひひひひひいっ。ははははははははははっ!! ふ、ふひー。戦いだけに生きてきた方かと思ったら。

 これは面白い。傑作だ。諧謔に苦味まで効いてる。

 でも私たちの話を全く考慮してない感じなのは何故? 嘘と思われたかな」


「このモノには理解出来なかったのでしょう。仕方ありません。

 コイケ家のユリ。褒めてさしあげます。持つ感覚、お考え全てが作り得ない偉大な物……である方に対してその言いよう。

 お前たちを見てきて此処まで面白く感じたのは初めてですよ。

 ああ、旦那様。この愉快なモノは不快なようですわ。

 旦那様がお答えにならないからでは?」


「ふっ、ふっううう。はぁぁぁ。いやぁ。腹が引き攣って。答えって蛮人かだっけ。

 はい。私は種族的に全てを壊した蛮人です。ただその中だと平民はマシだった民族の出で自然が好きなんですよ。

 それもあって何よりも大地と海と空の方が大事。文化と歴史の価値も少しは分かりますが、王都の滅亡を気に病んではいません」


 最初から不愉快極まる者。その上気狂いとしか思えない物言いで笑った奴等。

 そこへ更に答えを、少しでも人間性があれば冗談でも口に出せない言葉を聞かされ、

「おのれ……」激情そのものが空気を振るわせてるような声が、

「殺してやる。呪ってやる。王都には数多の偉大な者たちの遺物レガシーがあった。何よりも完成したばかりの大競技場が!

 我らがこの大地の全てを支配している証。北にも造り、わたしの名と共にひと際偉大な遺物レガシーとして受け継がれるはずだったのに!!

 自分は神に誓う。必ず貴様を殺し! 想像しえる苦しみ全てを味合わせると!! この公約を必ず達成する!」


 強い怨嗟は、しかし受けての男に風ほども意味があったようではなく、単に感心した様子で、

「はぁ~。陛下に遺言でも頼むと思ったら、自分の栄光を台無しにされた恨みか。

 体育会系らしい気合の入ったおばちゃんだ。ま、十分でしょう。処理して」


「はい旦那様」


 話してる間も人一人片手で釣りあげていた女は、男の軽い言葉を受けそのまま何の力も入れたように見せず。


「ギャあ……」

 

 だが女の返事と同時にユリの体が真っ白に光り、不明瞭な悲鳴を一瞬だけ上げ、消えた後には床に白い灰らしき物だけが残って。

 現実感が無く、しかし意味だけは明瞭な光景に残った者が慄く中、二人は天気について話すかのように、

「これだけ変わったのに、達成出来る訳もない公約する人が偉くなる法則まで残ってるなんてげんの悪い話」


 そう言って何か言いたげな目をする男に女が、

「改めて申し上げます。しもべの所為だとしてもしもべの責任と仰るなら断固否定しますから」


「分かってますとも。ただ今後に期待したいな。とね。

 ところで匂いがないのは何故。燃やしたんじゃないの?」


 今度は女が言いたげな様子を見せるが、ため息を一つ吐くと、

「で、御座いますが調整を致しましたの。

 他にも全て分解してコレらが誤解しないようになどと。コブラ・ジル。コレがアレの灰だと分かりますか?」


「分かりまする。壁の外に居た者たちが同じようになっていることも余―――と、この息子は承知しております」


 側近を殺されながら恨みを見せず、犬のように従順な父を見ても。自分と同じ真似をしたものが灰となる様子を見せられたリンは、何かを感じる余裕が無かった。

 相変わらず体は動かない。しかし声は出せそうだった。それが更に不味い。

 少しの油断で無様な声を出してしまいそうなのだ。

 今女がこちらへ目を向けただけで、引き攣った声を上げそうだったように。


「次。このリン・ジル。まずご覧ください」


 そう言って一人にこやかな女が指先を王女リンの首元に当て、腰まで動かすと、

 服が縦に裂け、押さえていた胸に弾かれてひらめいた。

  

「なっ! くぅッ……」


 意識せず熱くなる顔に言いようのない屈辱を感じる。

 こちらを見て感心した様子を見せる男に殺意も。

 まさか。と、思う。そういう気配は全く男から感じていない。しかし、

「ご覧くださいって。よく鍛えられていて、押し込む服を着てきつくなかったのだろうか。とか。

 刃物傷が凄いな。体の中心にこんな傷を受けて元気なのも素晴らしいね。……他に何を観察しろと?」


「観察はしもべが旦那様の感触を。で御座います。傷は治せますのでご髄に。

 してこのモノ。気性、容姿、体つきをお気に召したならば。

 慰みモノとし、子を産ませては如何でしょう?」


 ッツッ!!


「ああ、言ってた話ね。―――あ。あの時、計算違いってこういうこと?」


 男の問いに、自慢げな笑顔での一礼が返される。


「なんとまぁ。そりゃ可愛いお嬢さんですし必死に自分を抑え黙っておられる賢さにも好意を抱きますよ。

 しかし力を見せて尚、斬りかかってきたのに生かして良いと?」


「旦那様の楽しみの為ならどうとでも。少し年増なのが残念ですが」


「何時でも念頭に置いてもらって有難い話で。てか年増って……いや、まずは聞いてみるか。他は黙らせて。

 リン殿下。私の慰み者となって子を産む気、あります?」


 これ以上無いような侮辱の言葉を、茶の好みを聞くかのように尋ねられ。反射的に罵りそうになるもリン・ジルは何とか耐えた。

 必死になって考えをめぐらす。断れば―――どうなるかは決まっている。だからと受け入れられるのか。


「―――断る。お前たちは我が兵を、多くの民を殺したのであろう。

 なのに、自分の……。お前を受け入れては、自分ではない」


 男がため息を吐き。一歩前に。それを見て女が、

「ご不快でしたら旦那様がせずともよろしいのでは?」


「嫌なことこそ自分がしている認識を持たなければ人はズレると考えててね。苦痛無く殺すには?」


「旦那様はまこと賢明であらせられます。でしたら体を残すには処置七と。残さないなら処置三で」


 そう聞いて、リン・ジルの口を開かせた物は意地に近い衝動と言うしかない。

 だが決して後悔を見せたくなかった。引いた時、自分は自分で無くなるのだ。


「遺体、なら。残さないでくれ。その程度は望んでも良いだろう」


「おや。何故?」


「陛下がどう説明しようと、自分の遺体を見ては多くの者が恨みを強く持つ。そういった物は、ない方が忘れやすい」


 コレには勝ちようがない。ならば当然の配慮とリンには思えた。

 男は一つ頷き、

「立派な考えです。若さゆえとしても良く言える。

 ところで剣を向けたばかりで諦めきったご様子の理由を教えていただけますか?

 さっきの……上昇志向オバサンみたいに恨み言があればどうぞ」


「あれだけの恨みでも直ぐ名を忘れる相手へ言って何になる。

 元より……小さな勝ち目だと思ってはいた。だが王女として、排除出来るなら……いや、情けない言い訳だ。

 勝てない相手に剣を向けたのだ。死なぬ方がおかしい」


「……王女の身分で言葉通りに行動するとは立派で哀れなほど若いですね。

 私の時代には勝てない相手へ国民の尻を蹴り飛ばし、英雄となる権力者が居たものですが。

 リン殿下。やはり私の慰み者になりませんか? 多分想像してる最低よりは良い結果になりますよ」


「勝者の慰み者になるのは当然だろう。しかし選べる以上は断る。

 色々と理由もあるが、自分は、お前みたいな話してるだけで面倒そうと感じる奴は、イライラして嫌いなのだ」


 男が浮かべたのは朗らかな笑みだった。

 今から殺す相手。しかも王の娘へ何の気負いも無い態度に、リンは本当に自分たちと違うのだなと思う。

 王の娘として慎重を期してきたつもりだが最後に誤ったな。とも。


「懐かしい。知り合いから何度も言われました。なのに私へそう言った人は十二万年ぶりらしいですよ。面白い話です。

 処置三」


 男が指を額に静かに置き、言うと。

 悲鳴は無く。王女リンだった体が白く光り、後には灰も無かった。


「はぁ~あ。動揺してる中での判断程度、旦那様なら説得し事実を重ね何とでも出来たでしょうに」


 勿体ない。と、愚痴同然の口調で言う女に男は、

「だろうね。嫁さんの気遣いを台無しにしてごめん。

 しかしこの星に害を与えないなら生死は希望を尊重した方がよかろうさ。でないと問題が増えそうだ。

 それに綺麗だの可愛いだの。感情だけで価値を決める頭の悪さもこの星が滅んだ要因じゃないの。

 何時か同じ真似をやらかすとしても最初の大きな行動くらいはね。

 さて……残る四人と護衛をどう処置しようか。

 ああ、護衛の人。どう頑張っても助けは来ないしこの部屋から出るのは無理ですよ」


 言われて必死に気配を消し、後ろ手で扉を開けようとしていた第二王女付きである者たちの顔が白くなり、顔を向けず扉が開くのを期待していた面々にだろうなという思いと、更なる恐怖が襲う。


 ならばどうする。と誰もが考える中、最速で動き体を投げ出してひれ伏したのは、

「創造神よお待ちください!

 我らは十分に愚かさを知り、御意の如く動くと心底より誓って御座います。

 お怒りは当然なれど何卒お許しを。

 更に見せしめが必要と仰るなら違う神を教えたこの身をお裁きください」


 大神官ミチザネだった。

 その様子を見て二人は面白そうに、

「創造神。そんな感じの話はしましたね。

 しかし気狂い沙汰の話でしょうに猊下から確信を感じるのは不思議です。

 何故か教えていただけますか? ああ、楽な姿勢になってから話してください」


 男の言葉に躊躇いを見せず、むしろ必死な様子で立ってから、 

「有難うございます。

 この下僕は、各地の遺跡を見ております。

 その一部に残っている絵には今より遥かに……大きく不思議な街と、お二方と同じ耳の人が。

 故に以前より我らの起源について近い予測もしておりました」


「そういうのは残っていたとしても中々見つけ難い所にあるはずですが……」


 不思議そうな男の言葉に女が、

「宗教指導者は同時に学者でもあるのです。このモノは特に学者肌ですね」


「ああ、そうか。そういうものだった。未だに前の感覚が抜けてないな」


「もう一つ。この者、我らへ神と言ったのは誇張。今少し自分と近い者だと疑っています」


 女の言葉に男は感心した様子で真っ青になり言い訳を探しているミチザネを見て、

「明察です猊下。私たちは神ではありません。

 彼女はある意味私たちを超越してますが、それでも理屈の上に立っている。

 神は、居るとすれば理屈を創れる方でしょう。

 私に至ってはあなたより愚かであろう人間。ただこの調整者という役割に向いていただけ。皆さんの態度に怒りもありません」


「し、しかし! 我らは。この身は、あなた様たちの業を、全く別の存在の業だと民に話し、お二方に向けられるべき崇敬の一部を己に向けておりました。

 それをお怒りでないと?」


「猊下は実に真摯な方ですねぇ。

 私の時代にも神を信じ、神の教えに従う。という考えはありました。それにより悲喜劇惨劇色々と起こったのですが……。

 人がマシな世を作るには基本、神が居るとの教えが有益だったように思います。

 国と法の力で罪人を裁こうにも見れる範囲には限りがある。

 だから神が見ておられると全ての人が考え、自重し、被害者も悪人には裁きが下ると思って慰められれば。

 幾らかは良い結果になるってね。道理なら怒らないのが賢さだと私は考えてますよ。

 そもそも私たちはあなた方に自分を認識させて不安をばら撒く気はありません。世界の成り立ちをどう説明するかもお好きにどうぞ。

 猊下には今までと同じように人々へ教えるようお勧めします」


 ミチザネの常識からすれば、それこそ世俗を超越した言葉。或いは世捨て人のような言葉に目を白黒するも、必死に心を整理し、

「は―――ははっ。慈悲あるお言葉感謝申し上げます。

 ……どうか、今一つお教えください。

 あなた様は我らが許される範囲を越えたために動かれたと仰いました。その越えてしまったのは何年前で、我らはどれ程戻れば良いのでしょうか」


「どうして欲しいかは具体的に説明します。何年前かは……教えても仕方ないでしょう。やるべきことをやる以外、気にしない方が楽だと思いますよ」


「ぎょ、御意」

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