第37話 逃げ道
お兄ちゃんは今は落ち着いているらしく、お父さんを交えて何でこんなことになったのかをお父さんとお母さんに話した。
お兄ちゃんのバッティングの調子が悪くなって、出場機会が減り、最終的にはスタメンを外されたこと。
練習しても練習しても監督はそのことを何も知らずにお兄ちゃんをスタメンに頑なに戻さなかったこと。
お兄ちゃんのプライドは折れてしまっていたこと。
そして、私がお兄ちゃんの精神が壊れかかっていることを知っていながら私は練習を続けさせていたこと。
そして最後に浩介の言葉でお兄ちゃんの何かが完璧に壊れてしまったこと。
など、今までの経緯を話した。
「わ、私のせいでお兄ちゃんがこんなことに………」
「ううん、深雪のせいじゃないわ。 私だって総司がこんなことになっていることに気づかなかったんだもの。 母親失格だわ」
お母さんは私の話を聞いて自分の無力さに打ちひしがれているようだった。
そんなかお父さんが顔を真っ青にさせながら
「ちょ、ちょっとまて………。 ということは俺はとんでもないことをしてしまったかもしれない」
「どういうこと、お父さん?」
お父さんはまるで懺悔するかのように話した。
「実は二か月ぐらい前のことだ。 総司がお父さんと二人で話したいって言ってお父さんの部屋に尋ねてきたんだ。 俺はいつもと雰囲気が違う総司に疑問を持ったけど、部屋に招き入れたんだ。
そして総司こう言われたんだ。
『お父さん、俺………野球をやめたいんだ』
そう、総司に言われたんだ」
「え⁉ そ、それは本当なの、お父さん!」
う、うそでしょ⁉
私はお兄ちゃんが一度も私の前での弱音を吐いている所を見ていなかった。
お兄ちゃんは一人で悩みを抱え込むタイプだから、誰にも弱音という名の救難信号を出していないんだと思っていた。
それなのにまさかお兄ちゃんは救難信号を出していた?
私は恐る恐るお父さんに尋ねた。
「そ、それでお父さん………お兄ちゃんになんて………言ったの?」
「そ、それは………」
お父さんは芋虫をかみつぶしたかのように苦い表情をする。
そんな、お父さんに
「あなた!」
そんなしっかりしない様子にお母さんが強く言い放つ。
そしてお父さんは言った。
「俺は……総司に向かってこう言ったんだ。
『お父さん、俺………野球をやめたいんだ』
『何を言うかといえばそんなことか』
『……………え?』
『野球をやめることは絶対に許さない。 最後まで絶対につずけるんだ、いいな?』
『………………………………………はい』
という会話だった」
「………………………………………」
「………………………………………」
私とお母さんは絶句した。
「そ、その話…………本当なの?」
「ああ」
お父さんは小さくうなづいた。
そして私はお父さんに
「な、なんてことをしてくれたの、お父さん⁉ お兄ちゃんがお父さんに野球をやめたいって言ったことも驚きだったけど、お兄ちゃんにそんなことを言ったら………言ったら! お兄ちゃんは絶対に野球をやめることが出来ないってことだよ⁉ それはお兄ちゃんの逃げ道を完璧になくしたってことなんだよ⁉ それをお父さんは‼」
「ああ、ほんっとうに悪かった! そうじがそんなことになっているとは知らなかったんだ!」
お父さんは私に頭を下げた。
う、噓でしょ?
まさか、お父さんとそんなことがあったなんて………。
お父さんは仕事は忙しくあまり平日には家におらずその辺の機微というのに疎い所もあるのかもしれない。
でも!
そうだとしても!
「そ、そんなのあんまりよ………」
私は今まで無駄なことをしていたってことなの?
お兄ちゃんが毎日私に嫌だったらいうんだぞって言ってたのは、お兄ちゃんの逃げ道を奪っていたってこと?
そ、そうだとしたら………私は………………………………………
そう自分を責めていた時だった。
私の鼻腔が花のような香りに包まれた。
「深雪」
私は、お母さんに抱きしめられていたのだ。
「お、母さん………?」
「一人でこんなにも、色々なことをせをわせてごめんね。 私たちは両親失格だわ。 でもね、総司を………お兄ちゃんのことを救えるのもあなたしかいないの。 だからね、お兄ちゃんのこと私たちの代わりにを救ってあげてくれない?」
お母さんが私の目を見て言った。
お母さんは自分の不甲斐なさ嘆くようなつらそうな表情をしている。
お母さんも私同様につらいのだろう。
でも………
「私にできるかな?」
私の弱気な言葉にお母さんは深く頷いて
「あなたにしかできないわ。 総司を、お兄ちゃんのことをずっと近くで見てきたあなたにしか。 だから、総司のことを任せてもいい?」
私にはお兄ちゃんのことを救うことはできないかもしれない。
でも!
私にはお兄ちゃんのことをずっと近くで見てきた自負がある!
お兄ちゃんのことを考えていると胸がぽかぽかしていて、心が温かくなる
この気持ちが何なのかを私は知らない。
でも、お兄ちゃんのことを救いたいという気持ちは誰にも負けない!
「お母さん、わかった! 私、お兄ちゃんの部屋に行ってくる!」
お兄ちゃんのことを救うと決意して私はお兄ちゃんの部屋に向かったのだった。
◇
総司の部屋にかけていく深雪の姿を見る。
「ままならないわね、あなた」
「ああ、難しい。 だけど………俺たちには見守ることしかできない」
「ええ、本当に私たちは両親失格だわ」
深雪に頼るしかない、不甲斐ない親の姿がそこにはあった
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