第2話 仮面少女の序曲(2)

「お疲れ様です沙姫様」

「お姉様、お疲れ様です。流石ですね!」

「あれ? 凪咲なぎさちゃんも来てたの?」

 補助に当たってくださっていた術長さんに、仕事完遂の連絡をするため訪れたのだが、出迎えてくれたのは実家から付いてきてしまった朝比奈 胡桃あさひな くるみと、私が今お世話になっている方の娘でもある結城 凪咲ゆうき なぎさちゃんの二人のみ。私が心許せる数少ない友人なのだが、今のこの恥ずかしい姿をコーディネイトした犯人でもあり、実家を出る経緯から人には言えない秘密まで知る間柄でもある。

 私は気になって周りの様子を伺うと、既に妖魔が居なくなったという報告が入っているのか、術長さんと警察方が後始末に当たられていた。


「あれ、もう報告が伝わってるの?」

「はい、先ほど物見の方から報告が入ったんです。それはもうお見事としか言いようがないって、すごく興奮されてましたよ!」

 うーん、事前に監視が付くとは聞いていたが、流石は現在日本最大と言われる結城家ね。戦闘中だったとはいえ、私も白銀も全く見られているという気配を感じなかった。もしかしたら随分と離れた場所から見られていたのかもしれないが、それでも優秀な人材に恵まれている事には違いないのだろう。

 ホント、落ち目と言われている北条家実家とは大違いね。


「それで沙姫様、お体の方は大丈夫なのでしょうか?」

「大丈夫よ胡桃。この通り怪我は完全に治っているし、霊力の方も寧ろ上がっている感じよ」

 胡桃が心配しているのは数ヶ月前に負った怪我の具合。あの時は流石に死ぬかと思ったが、事件の被害者でもある風華と出会い、私は風華と共に力を合わせ彼女の兄でもある……を追い払う事に成功した。

 いやー、流石に生まれて初めての実戦がアレだなんて、ついてるのかついてないのだか分からないわね。

 結果的に風華が私の精霊になったわけだから、悪い事ばかりではなかったのだが、もう一度同じ事をやれと言われると、たとえ何千万円積まれたとしても断るのでないだろうか。

 政府って時々ケチな時があるから、年間の予算オーバー分には渋る傾向があるのよね。こっちは国からの依頼を受けて命を張っているっていうのに。


「ホラ、この通り」

 私は胡桃を安心させるように体をコキコキ動かしながら、その場でジャンプしてクルリと空中で一回転してみせる。

 こう見えても運動神経は悪い方ではないのよね。多少霊力で身体強化を施しているが、そこはか弱い女の子として軽く見逃してもらいたい。

「お姉様、パンツが……」

「沙姫様、今のお召し物が何なのかお忘れですか?」

「うぐっ……」

 二人からはしたないと注意を受け、思わず顔を染めながら言葉に詰まる。

 そもそも私にこんな姿を強要したのは二人なのだし、ノリノリで変装から着付けまでしておいて、今更宙返り一つでパンツが見えるだとか、少々反論したい気分になるというもの。

 大体偽名を付けたのも二人なのに、自ら正体をバラすような呼び方をするだなんて、恥ずかしい姿をしている身としては納得がいかないわね。


 その事を反論して言うと「うっかりしてました」っと、ペロッと笑いながら微笑んで来るんだもの。それ絶対私をからかっているわよね!

 でも実際のところ、私はこの力を実家に隠し通したいし、一族間で間者を送っているなんて事もあるらしいので、変装は非常に有効だったりするのだ。

 だったら本名をサラッとバラすなと言いたいが、呪術の中には遠目に観察する術は存在しても、遠くの声を聞き取るという術は存在していないため、こうして冗談半分に会話を楽しむのは、別段不警戒というわけではないのだ。

 そもそも実家から付いてきてしまった胡桃がこの場にいるだけで、怪しさ百倍ではあるのだけれど。


「撤収完了いたしました」

「こちらも交通規制の解除が終わりました」

 三人で面白半分の会話を楽しんでいると、やってこられたのは後方支援の術長さんと、交通規制を指揮されていた警部さん。

 実は私たち術者は世間一般には認知されていないが、政府の機関や報道関係には割りと知られており、今もこうして都内で事案が発生した場合には警察官の協力を得る事があるのだ。


「皆さんお疲れ様です」

 大の大人が、マスクをしてコスプレ姿の小娘に報告してくるも違和感があるが、今回の現場指揮を任されたのが私なのだから仕方がない。

 初仕事でいきなり初の現場指揮だなんて、どんな無茶ぶりかと思ったが、この仕事自体が急な案件だったのと、近年の術者不足とが重なり合って、たまたま暇を持て余していた私に白羽の矢が刺さったのだ。

 私としてもそろそろ本気で仕事を探さないといけなかったし、現在お世話になっている結城家へ恩返しをしなければと考えていたので、快くこの依頼を受けさせていただいた。

 それにしてもあんな弱っちい妖魔を滅殺するだけで、報酬が100万円だなんて、術者のお仕事も割りと美味しいのかもしれないわね。


 協力してくださった結城家の術者さんと、交通規制をしてくださっていた警察官の皆さんにお礼を言って、用意されていた黒塗りの車へと乗り込む。

 このあと結城家の本家へと戻り、ご当主である結城 紫乃ゆうき しの様へご報告する流れとなっている。

「それにしても凪咲ちゃん、私なんかが現場指揮を執るだなんて、このあと結城家の術者さんから文句はでないのかなぁ」

 幾ら急な案件だったとはいえ、現場の指揮まで素人同然の私に任せては、お世話になっている紫乃様が非難されるのではないだろうか。しかもその正体は結城家を敵視している北条家の娘ともなれば、どんなトラブルが起こるか想像もつかない。


「何言ってるんですか、お姉様はもう結城家の関係者といってもいい存在なんです。それに現場の指揮だって、相手はC級の妖魔なんですよ。下手に後方支援の術者が指揮をとって、前衛のお姉様の邪魔をしては意味がないじゃありませんか」

「へ? アレC級だったの?」

 妖魔と呼ばれるものには、暫定的にではある強さを示す階級が存在する。

 弱いものならE級程度で、後方支援の術者さん達でも対応が可能なのだが、D級ともなれば攻撃に特化した前衛の術者が出動し、C級になれば前衛の術者が数名出動しなければいけないとも言われているのだ。

 この妖魔の強さはそのまま周りの被害へと繋がるため、一概に妖魔そのものの強さとは言えないのだが、B級クラスで災害級、A級クラスで大震災級にも及んでしまい、近年で記憶に残るのは、5年前に東京近海の小島で起こった大噴火がそれに当たる。

 もっともA級クラスともなれば、一族全員が総出をしたとしても、完全勝利は難しいとさえ言われているのだ。


 そんな精霊術士数人で対処するC級妖魔を、ぽっと出の無名術者の小娘がアッサリと滅してしまったのだ。そらぁ、監視をしていた術者さんもついつい騒ぎたくなってしまったのだろう。

 近年は術者不足に拍車がかかっているし、政府は予算の出し渋りにSNSなどの普及で、隠密を主とする術者に対して批判的な意見も出始めている。そんな中で美人で可愛い術者が現れたとなれば、多少興奮してしまうのもある意味仕方がないのではないだろうか。

 ただ当時者である私としては、術者とは関係のない暮らしを求めているのだが、結城家にお世話になってしまった関係、この業界からは抜け出せないのかもしれないと最近は感じている。

 まぁ、生活するにはお金も必要だから、この程度のお仕事なら引き受けてもいいのかもしれないケドね。


「もしかしてお姉様、相手がC級の妖魔だって知らなかったんですか?」

「凪咲様、幾ら沙姫様でもさすがにそれは」

「うぐっ……と、当然知っていたわよ」

 実は実家にバレないようどうするかで頭がいっぱいで、依頼の内容しっかり聞いていませんでした、とは言えないわね。

 そういえば紫乃様が『注意しなさい』だとか、『油断しちゃダメよ』とか、『動きやすいように指揮権を貴女にあげるから』とか、そんな話を聞かされたような気もしてくる。

 つまり本来なら数人で対処する妖魔に、私一人で向かわせる為に精一杯の出来る支援をしてくださったという事なのだろう。

 紫乃様には私や風華の秘密まで知られちゃってるからね。C級程度の妖魔に遅れは取らないだろうけど、初仕事・初依頼で多少心配をさせてしまったと言ったとではないだろうか。


「本当ですか?」

「あ、当たり前でしょ。さぁもうすぐ着くわよ」

 若干凪咲ちゃんには不審がられているが、前方に目的地であるタワーマンションが目前にと迫っている。

 やがて私たちの乗せた黒塗りの車はタワーマンションの玄関口へと止まり、私達3人を下すとそのまま地下の駐車場へと姿を消す。

「それにしても相変わらず大きいわね」

 結城家の本家が入る巨大なタワーマンション。実家のような歴史ある術者の家系は、広大な敷地に立派な日本家屋と思いきや、意外とマンション暮らしの人たちも結構いたりするのだ。

 勿論私の実家の様に、想像通りのお屋敷ってパターンも多分にあるのだが、結城家に関しては表社会で大企業を経営している関係、本家も近代日本に沿った暮らしをされているのだという話だ。


 まったく実家も妖魔退治ばかりやってなくて、近代日本にそって企業でも起こしていれば、あそこまで落ちぶれる事もなかったというのに。

 今更焦ってホテル経営に乗り出しても遅いっていうのにね。

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