もう一度

ゆーた

もう一度

「危ない」

刃物を持って女性を襲ってきた男の前に立ち塞がった男性

その叫び声の後に

「逃げろ」の声が襲われかけた女性が聞いた彼からの最後の言葉だった。




学園の中の食堂。

食堂のテレビでは通り魔の殺人未遂の特集という物騒なものをやっていて生徒の数人が怖がりながらみていた。

そんな生徒を尻目に自分たちの会話の世界に入り込んでいる四人組がいた。

「あいつらいつも一緒にいるよな」

クラスメイトの声が聞こえた。

高木優子、桐山拓也、林和樹、田中美月の四人は会話しながら昼ごはんを食べている。

「あいつら中学の時からそうだぜ」

「へー仲良いな」


閨秀学園。この学校がこの四人の通っている学校である。

生徒は一学年200名と決して多くはないものの、学力は県内トップクラスの進学校である。

そこに通う四人も間違いなく成績は秀でており、特に高木優子は中等部の頃から首位をキープし続けるほどの天才であり、吹奏楽部にも所属している。

また部活動も盛んで、特に桐山の所属する野球部や、林の所属するサッカー部は前年度全国制覇するほどの強豪校でもある。

もちろん桐山も林も前年度の優勝には一年生ながらレギュラーを掴み取り貢献した。そして林美月、彼女は書道部所属で一年生ながら全国大会に出場するほどの才女である。


「あれだけビッグネームが揃うと声かけられないよな」

「あそこだけ別の空気が流れているように感じるよ」

他の生徒は話しかけられないオーラを感じているようだが本人たちは何も知らない。


だが、彼らも高校生。会話の内容はさほど他とは変わらない。

「五限の授業、移動教室らしいよ」

「マジか、移動めんどくさいなー」

和樹から聞いた情報でガッカリする拓也。

「まあでも移動教室って楽じゃない?」

美月の感想に反応する拓也が

「何でだ?」

と聞くと美月は笑って

「だって社会の清水先生が授業でしょ。ビデオ見るだけじゃん」

「おーそういえばそうだな。結構楽かもな」

「寝ちゃだめよ。授業なんだから」

楽と発言した拓也に向けた優子の言葉はきつかったが優しさも含んでいる気がした。



そして放課後。閨秀学園の一番の優先行動は勉学であるため、部活動は平日三時間までと決められている。

そのため帰りも四人一緒に帰っているのだ。

「じゃあまた明日」

美月が一番、次に和樹と順番に道を分かれていく。

「あのさ…いややっぱなんでもない」

「…そう」

拓也がなにか言いかけてやめた

そしていつも通り優子と拓也の二人で最後は帰る。

この二人だけは家が隣である。


この四人組には一つだけルールがある。

それは、四人の中で恋愛をしないこと、告白を禁止しているのだ。

理由は、恋人になると四人で一緒にいることができないからである。

発案者の美月は

「恋人とかいう関係になっちゃったら気まずくなるから嫌」

とのことで他の3人も異論はなかったのでこのルールが成立した。

だが、言葉に出さないだけで頭の中では四人とも…

和樹は美月に、拓也は優子に、発案者の美月は和樹に、優子は拓也に恋をしていた。

つまり整理すれば美月と和樹、優子と拓也は互いに両片思いだった。

このようにラブコメのような展開になっているのだが、そういうことは起きない。

なぜなら四人でいることが皆一番好きだからである。

四人にとって今は恋の気持ちよりも友情の方が守りたいものだからだ。

だから心の中では思っていても口には出さない。

四人の関係を続けるために踏んではいけない一歩だと自覚しているから。

そうして均衡は保たれていた。

だが、それはすぐに破られることになってしまう。

意図せぬ不慮の事故で…






その日は突然に訪れる。

7月の中旬、いつものように四人で仲良く過ごし、和樹と美月と別れいつものように優子と拓也が下校している最中、楽しく会話しているという小さな幸せを突然奪った。


「あのさ、俺…優子のこ…」

次の瞬間、拓也が優子が今まで聞いたことのないような声で叫んだ。

「危ない」

優子が振り返る。

そこには、全身黒の服装の明らかに怪しい人物がナイフを持って今まさに優子のお腹に刃先が届きそうだった。

優子がもうダメだと諦めて目を瞑った次の瞬間、優子の耳にうめき声が聞こえた。

そして拓也が力を振り絞って叫んだ。

「…優子、にげろ」

優子の目には一瞬犯人を逃さまいと抑える拓也が見えた。

優子の目からは自然に涙が流れていた。

そして優子は走り出した。

その途中でスマホをカバンから取り出し110を押し

「警察ですか。すぐにきてください。二丁目の交差点前です。友達が…刺されました。助けてください。お願いします。」

最後の方は自分でも何を言っているかわからないほど絞り出した声だった。

心の底から思った。

拓也を助けてほしいと

代わりに自分が死んでしまってもいいから、助けてほしいとそんな気持ちだった。



警察が到着したのは何分後だろうか、聞いたところ三分だったというが優子にとっては人生の中で一番長い三分だった。

犯人は拓也の掴んでいた手を振り解いて逃げたというが、そんなことよりも拓也の安否が気になり気が気ではなかったので、その話を理解したのは犯人が捕まった時だった。



救急車もきてすぐに拓也を連れて行った。

救急車の中に同乗した優子は何度も何度も拓也の寝ているストレッチャーを、自分でも数えられないほど叩いたが反応することはなかった。

間も無く病院に到着しすぐに集中治療室に拓也を乗せたストレッチャーが入っていった。

その後すぐ看護師さんが

「桐山さんのご家族の連絡先は知っていますか?」

と言われたので拓也の両親に電話した。

「拓也が通り魔に刺されて病院にいます。今すぐきてもらえませんか?」

両親は二つ返事で「わかった。すぐに行く」と言って電話を切った。

そして、和樹と美月にも電話してすぐにきてもらった。

優子の状況を察してか、後から来た四人は追求をしなかった。

そして、三時間くらいだろうか時間が経って医者が出てきた。

拓也の両親を呼び

「息子さんはまだ生きています。しかし場所が悪いので、

まだ予断を許さない状況です。」

優子には最後の一文しか聞こえていなかった。

普段は現実的なことしか言わないように心がけている優子は心の中で、助かるようにまた起き上がることを祈っていた。

拓也の身を心配していた者はひとまずほっとした顔をしていたが、優子は例外だった。そんな優子に美月が声をかける。

「まだわからないけどひとまず安心だね」

「…安心なんて.できるわけない。拓也は…私を庇って…」

優子以外の全員が思った。

「優子のせいじゃない」

だが誰も声に出すことはできなかった。



あの事件から五日後、拓也の容体が急変し、今回ばかりは流石の医者もどうにもできず亡くなってしまった。

そしてこの日が憎き犯人の逃走が終わった日でもあった。

この日は夏休みに入った日であったため優子が病室に来ていた。

持ってきた花束を床に落とすことしかできなかった。

好きだった人の最後の瞬間を見てしまうのはどれほど辛いことだろうか。

翌日、翌々日と、通夜、葬式が執り行われたが遺影には四人で撮った写真が使われた。

そして葬式にはクラスメイトも来ていた。

美月、和樹は号泣。

優子は動くことさえできず、ただただ遺影を見て立ち尽くしていた。






「大丈夫か?」

優子は頷いて拓也の手を握った。

「もし泣きそうになったら俺のところに来ていいぞ」

拓也がそういうと優子は笑った。

すると優子の目から拓哉の姿が遠ざかっていき、真っ暗になって目を開けると優子の自宅のベッドだった。


目に手をやると水滴が流れていた。

それを振り払って、窓を開ける。

優子は家に引きこもってしまっていた。

7月のあの日が、夏休みになっても忘れることができなかった。

今日は確か九月一日だ。

始業日だが、学校には行かない。

学校との話し合いの末

「とても怖い思いをして精神的にもすごこ追い詰められていると思うので夏休みが明けてから二週間、事件の日から二ヶ月の日までには学校に来てもらえればいい」

という結論となっていた。



結局夏休み、優子は何もできなかった。

自分が襲われたという怖さももちろん、好きだった人まで巻き込んで殺されてしまったことに罪悪感を感じないなんてことはできるわけがなかった。

起床してから外の拓也の家を見て泣き、自分の手を自分の顔を鏡で見て泣き、泣いてばかりだった。

それだけ優子の心を折るには強すぎるほどのショックをあの一日で受けてしまった。


泣いてしまう前に寝ようとベッドに入り、また夢を見る。

優子が中等部初めてのテストで首位を取った時のことだ。

「本当にすごいな。優子は頭がいいとは思ってたけど一位なんて…すごいよ」

泣いている拓也を慰める。

「泣くほどのこと?」

「だって優子の嬉しいことは俺にとっては倍嬉しいから」

また、いじめられていた時があった。

理由は成績が良すぎてムカつくという何とも理不尽極まりないものだった。

だがいじめのことを誰よりも早く気づいて

「止めようよ」

と言ってくれた。

和樹も美月も拓也が紹介してくれなかったら仲良くなんてなれなかった。

優子は拓也なしでどう生きていけばいいのかわからなくなった。



優子は夢から覚めて目元の水滴を振り払い自分の顔を見た。

今の自分を拓也が見たらどう思うのだろうか。

このままではいけない。

拓也に顔向けできるほどのことをしないといけない。

そういって勉強机に向かった。



六時間ほどしただろうか、時計は午後三時を指していた。

ちょうど優子の母親が部屋まで上がってきた。

「拓也くんのお母さん来てるわよ」

驚いて椅子から落ちそうになった。





「こんにちは」

「こんにちは」

拓也のお母さんは二階の優子の部屋まで上がってきた。

「今日はこれを見せに来たの」

「なんですか?」

「あの子の日記よ」

「拓也のですか?」

「まあ本来はプライバシー云々で見せないほうがいいんでしょいうけど何というか優子ちゃんには見てもらったほうがいい気がして。学校に行ってないって聞いて。」



六月一日

今日から日記を書いていこうと思う。

将来の自分がこの時を懐かしめられるように

六月七日

優子の好きなものがわかった。

帰りの会話で聞き出せた。

十月の誕生日にプレゼントしようと思う。

六月二十日

俺はどうも優子のことが好きらしい。

最近隣に座っていても変にドキドキしてしまう。

だが四人でいる方が安心するのも確かである

七月一日

七月になった。

夏休みがもうすぐ始まる。

優子といや四人でたくさん遊べるのが楽しみだ。

七月十日

やはり俺は優子が好きだ。

部活中も授業中もあいつのことを考えると気が散って集中できない。

七月十二日

俺は四人でいるより優子といた方が楽しいかもしれない

そんなこと言ったらあいつは断るかな。

仲間思いの優しいやつだから。

だめだ俺は。

仲間より自分を優先してしまう。

七月十三日

優子に告白しようとした。

和樹や美月に何を言われるかわからないがやろうと思った。

けど勇気が出なくて言えなかった。

明日は絶対に言おう。

そう覚悟を決めた。

七月十四日


七月十四日は日付だけだった。



「…ありがとうございました」

涙ながらに拓也の母への感謝を述べた。

「あの子も言おうとしてたと思うの、なのにあんなことになるなんて」

拓也の母も言葉に詰まる。



しばしの沈黙の後、拓也の母親が聞いてきた。

「…失礼は承知で聞くけど…もし告白できていたら返事はどうだったの?」

「…愚問ですね」

「OK以外に選択肢がありますか?」

それは、約二ヶ月ぶりに見せた優子の満面の笑みだった。

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もう一度 ゆーた @yosshi-0326

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