退院(1)
三ヶ月。それは、俺が移植手術をしてから経った月日。
もう一つ。もうすぐ退院するということだ。あの長かった入院生活が終わると思うと、少し寂しくも感じた。その理由はおそらく友人を二人も亡くしたからだと思う。いや、そうだ。
同じ病気だった充。充は必死に生きようとしていたはずだが、移植を受けられず体調を崩し、そのまま亡くなってしまった。
健康体な陽輔は子どもを助けるために海に飛び込んで亡くなったらしい。俺はその場に居なかったから分からないが、遥さんの言葉によると、偶然ではない気がして不思議でならなかった。
陽輔はなぜアルバイトをせず海に行ったのだろうか。そればかりがどうしても理解が出来ない。何を思って海に飛び込んだんだろう。
「優悟、大丈夫?」
はっと気を取り直すと、母さんが心配していることに気がつく。俺は大丈夫と答え、退院準備の荷物整理を始めた。
長期入院生活だったこともあったが、一人で案外早く終わりそうだ。それでも、母さんは手伝うと譲らなかった。こういうところに母さんの優しさを感じる。
親だから当たり前だと思うかもしれない。俺は生まれてから病気で苦しみ、更には友人を二人も亡くしている俺にとっては優しさが心に染みた。
それから、母さんと退院準備を進めたおかげで一日で終えることが出来た。
父さんは別室で三ツ橋先生と俺のことで話してから仕事に行くそうだ。仕事に行くのは勝手だと思ったが、俺の為だから仕方ないで済ませた。父さんと母さんには本当に感謝しかない。
「そういえば、明日退院したらそのまま遥ちゃんと一緒に陽輔くんの家に行くのよね」
「行く」
母さんは続けて無理しないでと言葉にし、何度も大丈夫か問い掛けている。おそらく、俺が友人を亡くして落ち込んでいると思ってのことだ。
今の俺は意外にも充の時よりは落ち着いていた。人を助けて亡くなったと耳にしていたからかもしれない。
だが、その真相は分からない。もしかしたら、本当は……。
そう考えていると、どんどん落ち込んでいってしまいそうだ。
「優悟、行くわよ」
振り返ると、荷物を持った母さんが扉のところで立って待っている。俺も荷物を持つと言ったが、軽いものしか持たせてもらえなかった。
病室から廊下に出ると、看護師や医師の忙しい声を耳にする。日常的に耳にしていた声がなくなると思うと少し寂しさを覚えた。
あっという間に出入り口に着いてしまう。母さんと並んで病院を出ようとした時、ある人の声が耳に届いた。
「優悟くん!」
反射的に立ち止まり後ろを向く。息を切らした三ツ橋先生が立っている。
「見送れて良かった。何かあったら、また来るんだよ」
お決まりの台詞のように口にするが、まだ病院から完全に離れるわけじゃない。
俺の人生の中に病院は切っても切り離せない。生まれた時から病気でそれは移植後も一生ついてくる。
「まだ通院があるから。だから、またここに来るから」
「あ、そうか。そうだったね」
俺の言葉に三ツ橋先生は苦笑いする。ずっと入院していたから無理もないが、俺の悩みまで聞いてくれたんだ。そう思われても仕方ない。
「じゃあね。薬は飲むんだよ」
「はい、ありがとうございました」
母さんも御礼を言葉にし、軽く頭を下げていた。俺と母さんは出入り口の扉に向かった。
後ろで三ツ橋先生が見守っているようだった。
長い入院生活から外の世界に出る。外の空気は気持ちよかった。
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