渦巻く気持ちの中で(1)

 いつもと変わらない日々。午前は診察と検査。午後は陽輔が来るまで病室で長い自由時間を過ごす。陽輔が来たら、話したり、勉強したりと有意義な日々を過ごす。

 ただ二つ、今までと違うところがある。一つは陽輔が彼女の遥さんを連れてくることが多くなったことだ。週に三日ほど遥さんは塾に通っているらしい。それ以外の日は連れてくる。

 賑やかになったのはいいとして、見舞いに来るより二人でデートで楽しんで過ごしたほうがいいのではと思う。

 その事を伝えると、陽輔は毎日見舞いに来るってあの時から決めてるからいいんだの一点張りだ。

 遥さんも充のことがあったからか、病気の俺に気を遣ってか、陽輔についていくと聞く耳を持たなかった。

 俺は諦める選択しかなかった。

 自宅療養に変えても二人は家まで来るだろう。今更、自宅療養に変えたところで良い方向に向かうわけではない。

 寧ろ、悪くなっている。

 前と比べて少しでも無理をすれば大きな発作が出てもおかしくないと身体に釘を刺されるように何度も説明されたから安静にと言われている。

 そして、二つ目は、充がいなくなったことによって何かがすっぽり抜けたような気持ちになることが多くなった。

 充はドナーを待ち続けたらしいが、ドナーは一向に現れなかった。後で三ツ橋先生から聞いたが、転院するのは嘘だったらしい。

 それを聞いてから、充はなぜ嘘をついたのか考えた。ここ最近ずっとだ。幾ら考えても嘘をついた理由が分からない。

「優悟、大丈夫か?」

 いつの間にか、考えことでぼーっとしていたようだ。陽輔が心配そうに俺を見ていた。

 俺はいったい何を考えているんだ。慣れているはずの状況に俺は怖さを感じ始める。

「おい、本当に大丈夫かよ。遥、ナースコール押して!」

「うん」

 二人が俺を見て焦っている。咄嗟に俺はナースコールを押されまいと手に取った。そこで自分の手が震えていることに気が付いた。

「何やってんだよ! 優悟、押せよ!」

 それでも、ナースコールを押さなかった。手の震えは恐怖からきているものだと自分でも分かる。二人を見ると、焦っている。

「俺、死にたくない。生き、たい」

 訴えるように二人に話す。今はそれしか伝えることが出来ない。不意にナースコールを握っている手の甲にぽたりと何かが垂れる。

 俺は泣いていた。それほど追い詰められているとは気が付かなかった。

「おい、貸せ!」

 突然、陽輔にナースコールを奪い取られる。その力は今までにないくらいに強かった。陽輔は三ツ橋先生を呼ぶように頼んでいる。それも大きな声で。

 三ツ橋先生を呼んだ後、陽輔は部屋を飛び出していった。そんなに慌てなくても、俺は大丈夫、でもない。止めたい涙が溢れるように流れてくる。

 どうしたらこの涙が止まるのか自分でも分からない。次第に呼吸が苦しくなる。咄嗟に胸を抑えていた。

  *


「落ち着いたかい?」

 三ツ橋先生が優しく声を掛ける。陽輔が三ツ橋先生を呼びに行った後、直ぐに駆けつけてくれた。

 俺の様子を見ると、三ツ橋先生は気持ちを落ち着かせるように言葉を掛けた。

 気持ちを落ち着かせ、息を整える。魔法が掛かったように徐々に落ち着きを取り戻した。涙も自然と止まっていた。

 俺の様子を見て三ツ橋先生は俺の服を捲って首に掛けていた聴診器を俺の胸に当てた。直ぐに離すと、安心したような顔を浮かべた。

 あの状態が続けば、俺は大きな発作を起こしていたかもしれない。そうなれば、どうなるか想像が出来る。

 泣くのも許されない弱い身体に俺は油断していたが、咄嗟に動いてくれた陽輔に助けられたんだ。

「優悟くん、話を聞くよ」

 三ツ橋先生はゆっくりと落ち着いた声で話し掛けた。その時だった。

「俺たちは帰ったほうが良さそうすね。遥、帰ろう」

「うん」

 陽輔と遥さんは鞄を持って、部屋を出ていこうと俺に背を向けた。

「陽輔、ありがとう」

「おう! 泣きたい気持ちは分かるけど、死にたくないなら何がなんでも耐えろ。本当に死んじゃったら、俺悲しむからさ」

 陽輔は言葉を残して、遥さんと一緒に病室を出ていった。

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