わだかまり(2)
あの時、俺は見た。充の病室に入ろうとする人物を。陽輔の彼女の遥さんに見えた気がする。
いや、遥さんだと確信する。今ちょうど、充の親と遥さんが一緒にいたところを目にした。
「遥ちゃん、ありがとう。充、きっと喜んでるわ」
「いや、大したことしてないですよ」
そんな話が頭の中でずっと再生している。いったい何のことか分からなかったが、笑顔でいたのを思い出すと、嬉しいことなんだろう。
「優悟、聞こえてる?」
不意に陽輔の声が耳に届く。直後、陽輔がナースコールを手にしていることに気付く。
俺は思わず、ナースコールを奪い取る。
「おい、何しようとすんだよ! 看護師の仕事の邪魔をするなよ!」
周りのことなど気にせず、俺は大声を上げていた。陽輔は無言でそっぽを向いた。何かがおかしい。
いつもの陽輔なら、俺の体調を心配するか、冗談だといって笑う。本当に遥さんのことで悩んでいるんだな。
相談を受けてから数日経つが、陽輔と遥さんの間の問題は何も解決に至ってない。日が経つにつれて陽輔の様子も変化していった。
周囲に元気を与えるやつが枯れていく花のように萎れていってる気がする。このままじゃ俺も影響を受けかねない。
そんな時、病室の開け放たれた扉のほうに彼女が立っていることに気が付いた。陽輔は気付いていない。
「陽輔くん、もいたんだ。良かった。話を聞いてほしいの」
遥さんは陽輔を見ると、驚くも落ち着いて言葉を発する。陽輔は答えず黙っている。
それは気のせいだった。陽輔は小さい声で謝っている。
「亡くなったのに忘れたらいいなんて言って悪かった。だけど、それが原因で別れるのはないって。俺、命を軽々しく考えてなんか、」
「私こそごめん。知ってる。陽輔くんが命を簡単になんて本当は思っていないよ。簡単に思っていたら、病気の優悟くんのお見舞いに毎日行くはずないから」
その言葉を耳にした俺はふと陽輔を見やる。陽輔は口を開けたまま止まっている。予想外のことだったんだろうが、遥さんの言葉は俺でも納得出来る。
小さい頃から、責任を感じているんだろうか、毎日欠かさずに見舞いに来てくれている。雨が降ろうと強風が吹いていようと、雪が降っていようとも。
「じゃあ、」
「うん」
二人は言葉を交わして笑いあう。今更だが、この状況に俺がいるということは分かっているんだろうか。何を見せられているんだ。
急に胸が痛くなってきた。二人は俺に気付くと顔を真っ赤にしていた。何なんだよ。
「本当かよ……」
遥さんは俺たちに入院していた知り合いのことを話した。それを聞いた陽輔は耳を疑っていたが、本当だと分かると驚きを隠せず、大袈裟に頭を抱えて軽く衝撃を受けていた。
俺はそうだろうなと思っていたため、驚きはしなかった。というより、この目で見ていたんだからな。
「え、なに? 優悟は知ってたのか」
俺が何も言葉を発していないのに陽輔は呟くように言葉にする。
遥さんと目が合う。俺は何故か目を逸らしてしまった。一瞬だったが、彼女の視線には見られてしまったという気まずさが表れていた気がした。
「充くんと優悟くんは仲良かったんだよね? 充くん、優悟くんのことを話してた」
「あ、仲良かったというよりかは、同じ病気で知り合ったというか、」
俺はしどろもどろに答える。
実をいうと、最初の頃は充と俺は同室だった。ある日から別室になり、充は入退院を繰り返し、会う機会が少なくなった。
俺の言葉を最後に二人は無言になる。俺も言葉を続けることが出来ず、辺りには気まずい空気が漂った。
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