はじまりのものがたり

熊倉恋太郎

ふたりのはじまり

『神ケラネス、其方は我々の信仰を集めるため新神のシレテノと共に新たな世界を創造せよ』


 こんな手紙が俺の元に届いたのは、ほんの数秒前の出来事だった。


「やっぱ、上位神の方々って権能が異常に強いよなぁ……」


 手紙を読み終わって、「えー」と思う間も無く気が付いたら何も無い空間に立っていた。なぜか光っている真っ白な空間に、立っている感覚がありながら浮いている。多分、時間神様か空間神様がやったんだろうと思う。


「そうは思わないか。ええと、シレテノ?」


 俺は正面にいた子に話しかけた。


 目の前には、銀髪の女の子が立っている。いかにも不満げに、腰に手を当てているその姿は堂に入っている。これでもう少し身長か胸があったら引く手あまただったんだろうな……。


「……なんだか、とっても失礼な事を考えられている気がするのだけれど。それに、前置きも無しに聞かれても、何も答えられないわよ」


 おっといけない。もしかして心を読む神だったか。


「そうだそうだ。これから一緒に仕事をする中だし、軽く自己紹介でもしておこうか」


「……まあ、そうね。でもこの世界を作った後は、きっと会わなくなると思うのよ」


 この子はなんて冷たいことを言うんだろうか。でも、その場で仲良くなってもその後パッタリ会わなくなる事もあるからな。一概に無いとは言い切れない。


 けれど、それは誠に個人的な理由でどうしても避けたかった。


「だとしても、横のつながりは大事だからね。それじゃあ、自己紹介を。俺はケラネス。得意なことは『何でもこねる』ことだ。よろしく」


「……見た目通り、地味な特技ね。私の名前は知っているでしょう? 新進気鋭の新神、シレテノとは私のことよ。『何でも大きくする』事ができるわ」


 心を読む、とかの力ではないのか……。でも、その権能は上位神にいてもおかしくない、強力なモノだよな。心強い。


 それにしても、どうして俺の心を読んだみたいな発言をしたんだ?


「それは乙女のカンってやつなのよ」


「やっぱり心を読んでるじゃないか!」


「だから、カンなのよ。失礼な事を考えてそうなアホづらだったから、っていうのもあるけれど」


 ううむ、なかなか言ってくれるじゃないか。


「ほんとうは、こんな面倒な事はしたくないのだけれど……。ほら、さっさと終わらせるわよ。適当に新世界を作るだけなんだから、2時間もあれば終わるわ。」


 シレテノは俺に背を向けて、材料が入っている箱へ向かっていった。


  * * *


「……どうして」


 シレテノは怒っているのか、少し体が震えている。あんなにやる気に満ちていたシレテノに何があったのか……。


 って、俺が原因なんだけどな。


「どうして、オマエだけが仕事をしているのよ〜〜っ!」


「どうしてって、モノを複製するんだったら完成系が先にあったほうが効率的だからな」


 俺は今、上位神の方々から与えられている材料を使って、世界の核をこねている。大量のエネルギーを詰め込んで、種を作り出しているような作業だ。


 そして、そんな俺を見ながら材料入りの箱の上に座って、不満げに足をバタつかせているシレテノ。


 やっぱり、どう考えても幼女にしか見えないんだよなぁ……。


「…………」


 シレテノがジト目で俺を見てくる。


「オマエは何を考えてるか分かりやすいのよ。ほら、考えてないで手を動かして。早く私にも働かせるのよ!」


「面倒な事は嫌だったんじゃないのかよ?」


「自分だけ何もしていないのはもっと嫌なのよ!」


 ムキーッ! という音が聞こえてきそうなほど、憤りを露わにしている。


 このまま怒らせておいても面倒くさいし、早めに何かやらせるか……。


 ジタバタしているシレテノを横目に、世界の核をこねる。しかし、最初の予定よりも小さめに。


 用意してもらった材料が余ってしまうけど、足りないよりは良いだろ。


 こね終わった俺は、シレテノに世界の核を投げ渡した。


「うわっ! 危ないじゃないの!」


「最初の予定よりも小さく作っちゃったから、2倍か3倍くらいの大きさにしておいてくれ。中身だけ複製することもできるんじゃないのか?」


 シレテノはぶつくさ言いながらも、少しずつ核を大きくしてくれている。なんだかんだ言っても自分の力を使う事ができて嬉しいようで、鼻歌でも聞こえてきそうだ。


 こんなに楽しそうにしていると……やっぱり幼女だろ、この子。


 そんな考え事はさておき、世界の元になる物を作ったんだから、次は世界の外枠を作らなくては。ネクタルだけあっても、ツボが無ければ溢れてしまうからね。


 ……そういえば、シレテノは酒は飲めるんだろうか? 仮にも神だからいつ飲んでも良いとは思うが、得意不得意はあるからな。


「シレテノ。この仕事が終わったら酒でも飲もうかと思うんだが、良ければ一緒に来ないか? というかそもそも、酒は飲めるか?」


 俺がそう聞くと、先ほどまで上機嫌だったシレテノは、一気に不機嫌になった。


「その質問は私を馬鹿にしているのかしら? 体が小さくて幼く見えるからって、酒も飲めないだろうと、そう言いたいのかしら?」


「いや、そうじゃなくて……」


「絶対にそうよ!」


 シレテノは急に立ち上がり、手に持っていた世界の核を下に投げた。転がっていく世界の核は、さすが神の素材と言うべきか傷1つ無い。


「みんな私のことを子供だと思って! 私はもう神になって1万年経ったのよ! 自分の力が上位神クラスだってことも理解してるし、みんなだってわかってるはず!」


 突然大きな声を出したシレテノに俺は気圧され、何も言う事ができない。


「周りの子たちはどんどん上に行って、私はいつまでも新神扱い。1万年も新神って、お笑いじゃない!」


 シレテノは詰め寄ってきて、強い目で俺のことを睨んでくる。


「私のなにが悪いって言うのよ!」


 俺は問題点を指摘しようとすればできると思う。今言ってくれた内容が全てだからだ。


 でも、そのことをそのままシレテノに伝えても、性格的に聞いてはくれないだろうし……。どうしたもんか。


 俺が視線をさまよわせていると、シレテノが投げた核が目に入った。そして、そこでとんでもないミスに気がついた。


「おい、シレテノ」


「……なによ」


「『何でも大きくする』って、手から離しても続くのか?」


「当然じゃない。それくらいは練習したわよ」


「……あれ、元々の3倍の大きさなんて物じゃないぞ」


 俺が前を指さすと、シレテノは指の先を目で追っていった。


 その先には、最初に渡した時よりも確実に大きくなっている世界の核があった。シレテノが持っていた時は、見ていてもよくわからないくらい少しずつの変化だったのに、今は明らかに大きくなっていくのがわかる。


「う、うそ……。どうしてこんな大きさになってるのよ! 私は少しだけかさを増やそうとして……!」


 シレテノは地面にへたり込みそうになっている。今までも何度か似たような事があったのか、頭を抱えるようにもしている。


 けれど、そんなことをしていても状況は良くならない。何とかして解決できないか?


 核は段々と大きくなっている。もしこれを無理やり封じ込めたら、外殻が耐えきれずに崩壊するか、中に固く封じ込まれてしまって膨大なエネルギーが暴走してしまうかもしれない。


 俺が悩み、シレテノが絶望している中でも、核の大きさは大きくなり続けている。


「何かできることは……」


 周りにあって使えそうなものは、作りかけの世界の外枠くらい。


「……ダメで元々。やるしかないか」


 策を思いついた俺は、外殻とその材料を適当にくっつけて、シレテノの方に向かった。


「シレテノ。おい、シレテノ!」


「……また失敗した、使えない私に何の用かしら?」


 シレテノは卑屈モードだ。さっきまでの威勢は何処へやら、暗く沈んだ声で答えてくる。


 そんな彼女に、俺は質問の答えを言った。


「さっき、自分の何が悪いのかについて聞いてきたよな。俺なりのその答えは『自意識過剰だから』だ」


「そんなことを急に言って、そんなことじゃあ目の前の問題は解決しないわよ?」


「いや、解決するのに必要なことだ」


 俺は力強く言う。


「おまえは自意識過剰で、多分、俺以外のこんな話はまともに聞いてこなかったんだろう」


「ええ。聞いても私には必要ないとしか思えなかったから——」


「それが、自意識過剰だって言ってるんだ。いや、他人に対しての評価が低すぎるのかもしれないな。とにかく、お前はそうやって大切なアドバイスを全部無視し続けてきた。そのツケが今日回ってきたんだよ」


 シレテノが強気に、けれど縋るように俺の目を見てくる。優しい言葉をかけてくれることを期待しているんだろうな……。


「そして、そのツケを清算していけるかどうかの分岐点に今あるんだと思う。この騒ぎを騒ぎのままにしてしまうか、結果オーライにしてしまうかの二択だ」


「結果オーライ……?」


 そして、俺にも下心はある、と言っておこうか。


 一目惚れした相手に見栄を張りたいって下心が。


「全員を信用しなくてもいい。俺だけを信用してくれ。俺にアイデアが1つだけある。シレテノが俺のことを信用してくれると言ってくれたら、必ず成功するアイデアだ」


「オマエの事を……」


 シレテノは悩んでいるようだ。それも無理はないと思う。なんせ出会って1昼夜も経っていない相手から「信用してくれ」と言われているのだから。


 しかし、シレテノは俺が考えていたよりも早く返事をしてくれた。


「わかった、わ。私も変わりたい。私のことを馬鹿にしてきた奴らを見返してやりたい! オマエを信頼してやるから、アイデアとやらをよこしなさい!」


 シレテノに元気が戻ったようだ。力強い声で返事をしてくれる。


「よし。なら、シレテノはこの世界の外殻をあれと同じくらい……いや、あれよりも少しだけ早く大きくなっていくようにできないか?」


「できるけど……それで一体どうするの?」


 俺は、少しの不安も滲ませないように声を作って、言う。


「全部を覆って中身と同じ速さで成長していけば、これからまた信仰が足りなくなったときにこの世界を使い回す事ができる。そうやって都合よく作って、偶然の産物じゃなくそう」


「偶然の産物じゃ、なくす?」


「これは偶然の産物じゃない。神の生活の今後も考えて『あえて』こう作りました、って言えたら、上からの覚えも良くなるんじゃないか?」


 それを伝えると、シレテノの表情が一気に明るくなった。そして、勢いそのままに手に持った世界の外殻に力を注ぎ込んでいく。


「これをこうしたら……完成!」


 シレテノが笑顔で俺に成長する外殻を手渡してきた。


「あとは……任せたわよ」


「ああ、任せてくれ」


 それからの作業は、案外簡単に終わった。なんせ、そこそこの大きさになった塊の周りに、そこそこの大きさの別の塊を纏わせるだけなんだからな。


 一仕事終えた俺に、背後からシレテノが話しかけてきた。


「その……少しくらいなら飲めるわよ。……ケラネス」


 俺には、その答えがたまらなく嬉しかった。


「なら、神界に戻ったらすぐに行こうか。ヴァリソンって名前の酒神がやってるところがあるんだけど……」


 必ず成功する、というのが嘘にならなくて良かった。『好きな人をデートに誘う』ためのアイデアが成功してくれたから。

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