ちぐはぐの鏡

霜月透乃

ちぐはぐの鏡

 鏡は、逆さまにしたって写り方は変わらない。その代わり、いつも左右反対に写る。そのはずなのに。


 ――さかさまに映る、あなたは誰?



***



 小鳥が鳴いている。カーテンからは陽の光が遮りきれずに漏れている。夏は朝から外が元気だ。


「……あっつ」


 暑さに耐えかねて被っていた布団を蹴飛ばそうとする。けれど一瞬入ってきた空気との温度差にまた違う嫌気が差し、手で頭の半分くらいまで布団を引っ張る。


「うーん、あついよー……」


 布団の中から埋もれた声が聞こえる。その声の主はもぞもぞと動くと、がばっと勢いよく布団を剥ぐ。


「うっ……」


 布団の暖かさからすれば、夏の籠った部屋の気温すら少し寒い。


「うわ、あっつ! あんたらよくこの部屋で寝れるわね。しかもそんなくっついて」


 バン、と大きな音を立てて扉が開くとともに、母親が苦言を呈する。


「こんなとこで寝てたら死ぬよ! ほら、早く起きなさい二人とも!」


 死ぬのはあながち間違いじゃないかもしれない。現に布団を剥がれたときに寒く感じた部屋が、今では息苦しいほどに暑い。それなのにさっき布団を吹き飛ばした人物は、私の腰に腕を回してべったりとくっついている。


 母親は私たち二人を叩き起こすと、扉を開けたままリビングのある下の階へと降りて行った。


「うーん……よい、しょ!」

「うあ、びっくりした」


 べったりとくっついている人物は、私の腰に腕を回しながらぐるんと体を起こし、私のお腹の上に乗っかった。


「えへへ。おはよ、結衣ゆい

「ん。はよ、ねぇね」


 私におはようと呼びかけ、私にねぇねと呼ばれるその人物は、私と同じ顔をしていた。



***



 洗面台で朝の身支度をする。鏡には、いつも同じ身長の同じ顔が二つ並んで写る。


 私が先ほどねぇねと呼んだ人物……結愛ゆあと私は、所謂双子というやつだ。ねぇねと呼んでいるから、結愛の方が姉だ。


 とはいっても生きてる時間に差はないし、どっちがどっちだなんて私たち以外には見分けはつかない。親でさえ間違えることは少なくない。


 唯一パッと見で分かるのは姉は髪が肩くらいの長さで、私は腰くらいまである。だから大体の人は短い方が結愛、長い方が結衣と見分ける。


「あ、結衣、制服のリボン曲がってる。直すから、じっとしてて」

「んー」

「……よし。髪の毛まとまった?」

「ん、大体は」

「よしよし。時間もないし、学校行こ」


 姉は二人分ある学校の鞄の片方を私に持たせ、手を引いて玄関へと向かう。リビングを通る途中、「いってらー」と母親の気の抜けた声が聞こえる。姉はその声に「いってきまーす!」と返すと扉を開けて外へ出た。


「最近ほんとに暑いよね。先週まで冬服だったなんて嘘みたい」

「んー」


 日差しが強く、空には雲が少ない。少し湿気が強く蒸していて、朝の澄んだ空気は微塵も感じられない。それなのに私の手を握って先導する姉の手はさらさらだ。


 歩く通学路には、学校に近くなるにつれて夏服の姿が多くなる。


「……ねえ結衣、まだ寝ぼけてるでしょ」

「ん……」


 気怠さから登校中会話の返答を悉く放棄していると、しびれを切らしたのか姉が少しむすっとする。


「もう。そろそろ学校着くんだから、頭起こしてくださーい。もう学校見えてるよ?」

「んあー痛いって……」


 姉は私の頬を指でつねって伸ばす。それなりに痛いそれのおかげで多少は目が覚めた。


「あ、結愛ー!」


 校門の辺りでそんなことをしていると、姉の友達らしき人が後ろから手を振りながら近寄ってきて、姉に話を持ち掛ける。笑顔で挨拶する姉を、私は横目に見ていた。


「……」


 私は姉の手を握り返す気が起きず、そのまま手がするっと離れる。そのままその場を去って校門を通り学校へと入る。


「どんなにほっぺた引っ張るより、目覚めるよ……」


 私は校門の前で笑顔で話してる姉を見て下駄箱で呟いた。



***



 姉と私のクラスは別々。噂によると双子は同じクラスにならないとか聞く。私たちは小学生の時から高校二年生の今まで一緒のクラスになったことがないから、信憑性はあると思う。だから私は、クラス分けのことを意識する度この制度を作った人を恨む。


「早く学校終わらないかな……」


 ホームルームが始まる前のざわついた朝の教室で、気の早い言葉を吐いた。幸い席替えの時に窓際の席を引いたおかげで、誰かと誰かが話している中で気まずく座っているなんてこともない。


 窓の外はぼーっとしている時間に眺めるのにはそれなりに適していた。下の方を見ると、さっき通った校門が見える。もう人通りは少ない。今頃、姉はあの友達らしき人と話が盛り上がっているだろうか。他の人も混じって雑談しているだろうか。


 私とは正反対だ、昔から。誰とでも仲良く接するし、成績だって良い。しっかり者で、ずぼらな私にいつも世話を焼く。姿だけ一緒で、中身は全部違う。私よりも優秀で素敵なそんな姉が、私は自慢で。憧れで。好きで。


「ほら、そろそろ座れー。ホームルーム始めるぞー」


 ガラガラっと教室の扉が開いて、担任が教卓に立つ。それを合図に、ぞろぞろと生徒たちが自分の席に帰り、次第に煩さも静まった。


「起立、気をつけ――」


 日直の合図と共に、やる気なく頭を下げる。私の憂鬱さなんて知らないふりをして、一日が流れ始める。



***



 生まれた時のことは覚えてない。人によっては、お母さんのお腹の中にいた時の記憶があるなんて人もいるらしいけど、私にはない。


 あるとすれば、物心ついた時から、隣にねぇねがいた。何をするにも、ねぇねがずっと一緒だった。


 双子なのに、同じ日に生まれて、同じだけの時間を過ごしているはずなのに、姉であるからと、私のお手本になろうとしてくれた。


 いつも私の手を引いて、私にいろんなものを見せてくれた。


 だから、私はねぇねの真似をして育った。ねぇねが左手で色んなことをするから、私も左手で色んなことをした。そのおかげで、ねぇねと同じ左利きになった。


 ねぇねの好きなものは私の好きなものになったし、ねぇねが嫌いなものは私も嫌いになった。


 小学校に上がる時、ねぇねと一緒にランドセルを選んだ時も、ねぇねが選んだものを見て「これがいい」と言った。ねぇねとお揃いが嬉しかったし、ねぇねもそれを見て喜んでいた。


 小学校に上がって、初めてねぇねと離れ離れになった。クラスが分かれて、初めて一人で知らない世界へ入れられた。


 入学式の時、ずっと泣いていたのを覚えている。自分の教室に入って、担任の先生が挨拶をする時も、式で校長が話をしている時も、ずっと泣いていた。先生は困った顔をしていたし、周りのみんなは変な目で見ていた。


 帰る時間になって、ねぇねが迎えにきてくれた時、ようやく泣き止んで、笑顔になった。あの時、私は心の底から安心した。もう会えなくなっちゃったと思ったから。


 でも、帰る時、ねぇねから伝えられた。「がっこうでは、ずっとねぇねがついていられるわけじゃないの。だから、ゆいがひとりでやらないといけないんだよ」


 私はそれを聞いて「やだ」と言った。すると、初めてねぇねが私を叱った。といっても、「だめだよ! がっこうはそういうばしょなんだよ! だからひとりでもできるようにがんばるの!」みたいな、あんまり怖くない叱り方だったけど、私には効いた。


 ねぇねが言うならと、私は一人で頑張ることにした。最初の一週間は泣かない日はなかったと思う。でも先生が優しかったから、泣き止むまでついてくれてたし、休み時間や、会える時があればすぐに隣のクラスからねぇねが飛んできたから、そのうち寂しさは薄れていった。


 私は真似することでしか生き方は知らなかったから、周りの人の真似をした。クラスのみんなは右手で文字を書いたり箸を持ったりしてたから、言われてもないのに私は右利きに直した。今思うとねぇねとの共通点がなくなっちゃうからやめとけばよかったなと思う。


 みんなの後ろについて真似をしていたから、消極的な性格になった。隣のクラスでは、ねぇねは中心人物で、みんなと仲良くなっていた。この頃から、ねぇねと正反対になり始めた気がする。


 一学年二クラスくらいのそれほど大きくない学校だったから、ねぇねは学校のみんなと友達だった。そのおかげで、私はみんなに受け入れられてた。ねぇねがいたし、みんなと仲良くできたから、小学校は楽しかった。


 けれど、中学に上がると、他の小学校から入ってきた人たちとも同じ環境で過ごすことになって、周りの人達から「双子なのに全然違う」とか「比べられて可哀想」とか「なんであの姉と双子なのにこんなのなんだ」とか、色々言われるようになった。


 その時私は初めて気づいた。「私が隣にいると、ねぇねは悪く思われてしまう」


 それから、私はなるべくねぇねの元から離れようとした。けれど、うまく離れられなかった。


 そのうち、私は気づいた。私に生き方を教えてくれたねぇねは、いつしか私の生きる意味になっていて、私の大切な人になっていた。


 私は生きる意味を捨てきれなかった。大切な人を傷つけたくはなかった。けれど、好きな人から離れたくもなかった。ねぇねも私といたいと願ってくれて、好きだと言ってくれて。


 矛盾する心をどうすればいいのかわからなくて、いつしか、私は何も考えられなくなっていた。唯一、ねぇねの笑顔を見たときだけ、私は救われたような感覚になる。最終的に、ねぇねの元からは離れなかった。


 高校も、ねぇねが行くところを私も目指した。ねぇねは私と違って頭が良かったから、勉強には少し苦労した。けど、なんとか入れた。


 高校でも、変わらなかった。同じ姿をしてるばっかりに、私のことは嫌でも目に入る。私が隣にいるせいで、ねぇねは悪く見られてしまう。


 いっそ、私がこの世から消えてしまえれば――


「……きて……起きて……」


 呼びかけられた気がして、飛んでいた意識が頭の中に帰ってくる。


「ほら起きてー。まったく、授業中に寝ないの」


 トントンと肩を軽く叩かれる。机に突っ伏していた重い体を上げて、横を見る。


「あ、ねぇね」

「おはよ。もうお昼だよ。一緒にお昼ご飯食べよ?」


 優しく見下ろす姉の手には、お弁当があった。どうやら前の授業で寝た後、そのまま昼休みになっていたみたいだ。


「……うん。食べる」



***



 昼ご飯は大体中庭のベンチに座って食べる。ちょうど日陰になるところで、暑い今日でもここは比較的涼しい。ここは人気がないのか、誰にも知られていないのか、いつも私と姉以外の人を見たことがない。


「いただきまーす」「いただきます」


 お弁当の蓋を開けて、手を合わせて食べる為の動作をする。親に厳しく言われたせいか、これだけは守っている。


「ねぇねってさ、他の人とは食べないの?」


 弁当の中身を口に入れながら、なんとなく話題を出してみる。


「んー? どうして?」

「いや、いっつも私とお昼ご飯食べてるから、他の人とは食べないのかなーって」

「えー、他の人と食べちゃったら結衣、ひとりぼっちになっちゃうじゃん」

「え、友達いないの馬鹿にしてる?」

「違う違う。だって結衣、私といるときに他の誰かがいるの嫌がるでしょ」

「それは……そうだけど。私放っておいて他の人と食べればいいのに」

「何言ってるの。結衣と食べたいのに結衣どっか行っちゃったら意味ないじゃん」


 その言葉は、内心ものすごく嬉しかった。けれど、私と一緒にいてはいけない。それはわかっていて、私はそれを望んでいない。


 なのに、私は姉の隣を歩きたがる。姉と楽しそうに会話する友達に嫉妬する。嫌気が差す。結局は自己満足の為に矛盾した行動をとって、姉を困らせる。


「そっか」


 私は姉のその言葉に甘えて、姉と一緒にご飯を食べ続ける。いっそ、友達と話し続けてくれれば、友達とお昼ご飯を食べてくれれば、友達と登下校を共にしてくれれば。私は、この気持ちにけじめをつけられたかもしれないのに。


「最近どお? クラスにうまく馴染めてる?」

「……馴染めてたら隅っこで寝てないと思うんですけど」

「もう、そういうとこだよ。……また周りの人からなんか言われちゃった?」


 今でも、姉と比べられて隠れもしない陰口を言われる。そのせいで、姉は自分にも責任があると負い目を感じてしまっている。


 ねぇねは悪くないのに。勝手に比べないでよ。私はねぇねがいるだけでよかった。私なんか見向きもされなくてよかった。むしろ、そっちの方が嬉しかった。でも、双子な以上、二人は並んで映ってしまう。


「いや。別になんもないよ」


 そういって誤魔化すくらいしか私には思いつかなかった。これで少しでも姉を安心させられるなら、どうだっていい。


「……そっか。ならよかった。あ、でも。せめて普通に話せる人くらい作ってください」

「いいよ別に。私にはねぇねがいるし」

「そのねぇねが、作って欲しいって言ってるんですー。ほんと、困ったお姉ちゃん子だ」


 その言葉は、嘘じゃない。姉がいるだけでいい。その姉とも、離れるなら。ずっと姉を拠り所としてた私にとって、姉と離れてしまえば、誰と接したって変わらない。姉以外と接したって、意味がない。


「まあ、ねぇねが言うなら」


 嘘をついて、その場を乗り切る。「よろしい」と姉が微笑む。


 その後、二人で手を合わせて「ごちそうさまでした」と口にする。今日のお弁当は、あまり味が感じられなかった。


「さてと、帰ろっか。午後の授業は寝ないでね」

「多分無理」


 背中にドンと平手打ちが飛んできた。



***



 案の定午後の授業は寝て、下校時間になった。いつも通り、姉が私のクラスにやってくる。


「あっ、ねぇね」


 自分でも顔が綻ぶのがわかる。私は一日でこの瞬間が一番楽しみかもしれない。つまらない時間に、大好きな姉が終わりを齎してくれる。まるで私を救い出すように。


「ごめんお待たせ。ちょっとホームルーム長引いちゃった」

「ううん。私も今終わったとこだし、大丈夫」

「そっか」


 そういうと、私の手を姉が握ってくる。


「さ、行こ?」


 そのまま手を引かれて、教室から出る。



***



 学校の外に出て、校門に差し掛かった辺り。


「おーい、結愛ー!」


 後ろから手を振って走ってくる人がいる。多分、朝姉に話しかけてきた人だ。


 私はそれを見て姉と繋いでる手を静かに離そうとする。すると動こうをする前に私の手はぎゅっと強く握り直された。


「今度は逃さないよ?」


 姉ににっこり微笑まれながら小声で朝のことを不満に思っている旨を伝えられる。


「あっ、ひなちゃーん。どうしたの?」

「いきなり呼び止めてごめん! 明日さ……」


 何事もなかったようにその友達と話を始める。私はその場にいるのが落ち着かなくて二人の会話から目を逸らす。


 別に逃してくれたっていいのに。邪魔でしょ、私。


「そういうことだから、結愛、明日の放課後手伝ってくれない?」

「しょうがないなー。いいよ。友達のためだもん」


 手を合わせて頭を下げる友達に、姉は軽く承諾する。


「ほんと……! やったー! ありがとう、結愛! あ……妹さんも、ごめんね? それじゃ、また明日ねー!」


 何故か私に謝罪した後、その人は手を振りながら校舎の方に消えていった。


「なんか、嵐みたいな人」

「ひなちゃん、元気でしょ。一緒にいると楽しいよ? 結衣のこと話したら『いい子だね』って言ってくれたし。結衣も仲良くなれると思うよ?」


 そういう姉はすごく嬉しそう。私が人に褒められたのが嬉しかったんだろう。


 人に褒められるなんていつぶりだろう。建前で言ったのかもしれないけど、姉が喜んでるなら変に水を差す気もない。


「いやいいよ私は……」

「もう……それで、なんで朝といいさっきといい、逃げようとしたの」


 やっぱり怒ってるんだろう。少し頬が膨らんでいる。握る手にも心なしか力が入っている。


「友達との時間を邪魔したら悪いし」

「だから、結衣と帰りたいのに結衣がいなくなっちゃったら意味ないでしょー。まったく、変なとこだけ気使うんだから」


 姉は前を向き直して歩き出す。


 気使う、か。姉と離れたいのは、私のエゴだから、気を使うのとはちょっと違うかもしれない。でも、姉は私のそばにいたくて、私も姉のそばにいたい。それは本当なのに、なんでそんなエゴが生まれるんだろう……もうわからないや。



***



「布団もういらないんじゃない?」

「だーめ。流石に一枚も掛けないのは風邪ひいちゃう。ブランケット涼しいからいいでしょ?」


 もう外が真っ暗になって、部屋のカーテンも全部閉まっている。夏は陽が落ちるのが遅いから、寝る時間が早く感じる。


「よし。ほら、こっちおいで」


 姉がベッドに寝転がって手を広げる。そこに吸い込まれるように私はベッドに入る。


「ん……」

「はい、捕まえた。ぎゅー」


 私は姉の腕に包まれる。暖かくて、優しくて。髪を撫でてくれる手は、心を落ち着かせて、私を眠りに誘う。


「結衣の髪、長くて綺麗。気持ちいい。私も伸ばそうかな」

「……こうするから、暑いんじゃないの」

「だってこうしないと寝れないでしょ? 結衣も、私も」


 子供の頃から同じベッドで寝て、毎日姉に抱きつかれて寝ていたら、姉に抱かれてないと寝れなくなった。姉も私を抱いてないと寝れなくなったらしい。


 昔二段ベッドを親から提案されたが、二人とも拒絶した。


「あー結衣気持ちいい……もふもふ……癒されるぅ……」


 少し頭の位置を下げて、私の胸に顔をすりすりする姉。満面の笑みで蕩けた顔をしている。


「もふもふって、私が太ってるって言いたいんですかね」

「そんなこと言ってないでしょー。それに体型私と変わんないじゃん。……お、ちょっとドキドキしてる?」


 私の胸に耳を押し当てて心音を聴かれる。意識してなかった自分の心臓の鼓動を感じて、少し恥ずかしくなる。


「してないよ」

「ほんとー? ちょっと早くない?」

「気のせいでしょ。十何年これで寝ててドキドキする方がおかしいって」

「ふふっ、確かに。……あーちょっとそっち向かないでよー」


 私は姉に抱かれながら寝返りを打つ。


 ドキドキしてる、それは間違いじゃない。むしろ図星だった。


 姉しかいなくて、他の人はどうでもよくて、ただ姉のそばにいたい私と、誰とでも仲が良くて、いつも笑顔で過ごしてる姉が互いに言う「好き」は、多分意味が違う。こんなに近くで過ごせば、そんなの鼓動も早くなる。


「もう寝るんだからそんなに騒がないの」

「むぅ、お姉ちゃんみたいなこと言ってる。お姉ちゃんは私なのに」

「同い年でしょ」

「そうだけどー、ちょっと不服」


 背中越しに頬を膨らましているのを感じる。


「……明日さ、私学校早く行くし、帰るのも遅くなっちゃうから。一緒に聞いてたよね? 帰りにひなちゃんと話してたの」


 朝も帰りも校門で会った嵐みたいな人。なんか話してて明日の放課後よろしくみたいな話してたくらいしか覚えていない。


「あー、全然聞いてなかった」

「もう。まあ別に聞かなきゃいけないわけでもないし、いいけどさ。とにかく、明日バラバラの登下校だから。あ、お昼も一緒に食べれないかも。だから寂しくなんないでね」

「……別になんないよ」

「嘘。結衣わかりやすいもん。今の時点でもう寂しがってるでしょ?」


 私の頬を姉が人差し指で突っつく。


 そりゃ寂しいよ、いつも隣にいる人がいないのは。でも、姉と離れるいい機会だ。私は少し俯いて自分に言い聞かせた。


「そんなわけないでしょ。それに私、学校じゃ何考えてるかわからないで有名なんだけど」

「えーそうかな。こんなにわかりやすい人いないと思うけどな」

「それはねぇねだからでしょ。ほら、もう寝ようよ」

「そうだね。それじゃ……おやすみ、結衣」

「うん。おやすみ、ねぇね」


 背中越しに言葉を交わして、目を閉じる。私を包み込む温もりは、夏なのに全く苦じゃなかった。



***



「……それじゃ、行ってきます」

「ん、いってらー」


 いつもより靴が一組足りない玄関で、親と挨拶を交わして家を出る。


「……」


 静かだった。強い日差しだけが朝をうるさく照らす。姉が隣にいないだけで、こんなにも空虚になるものか。


 いつも手を引かれて学校に行っていたせいで、自分の足で歩く感覚が久しぶりに感じられた。自分から目的地へと進む感覚すら新鮮。


 一応、姉が起きるタイミングで同時に起こされたから、いつもより早い起床で頭はそれなりに起きていた。今思えば、そのまま一緒に登校すればよかったかな。


「あれ、今日はお姉ちゃんいないのかな」

「喧嘩でもしたんじゃないの?」


 学校に着くと、いつも聞こえない雑音まで聞こえてくることに気づいた。姉がいないって、嫌だな。


「ねぇ、あんた」


 扉を開けて自分の教室に入ると、声をかけられる。大体こういう時、いつもと違うことのどこが面白いのか、いつも関わらないくせに話しかけてくる人がいる。


「なんですか」

「今日お姉ちゃんは? あ、『ねぇね』だっけ? あははっ」


 古典的な煽り方をする。それでも腹は立ってしまう。でも気にするほどでもない。


「そうですね」


 会話の脈絡も考えず、とりあえず返事をする。そのまま無視をするように自分の席へ着こうとする。


「ちょっと、何どっか行こうとしてんのさ。クラスメイトと話もできないの? 日本語わかる?」


 意地悪くニヤついている顔が嫌でも目に入ってくる。後ろではその人のグループの仲間なんだろう人が笑ってこっちを見てる。


「用はなんですか」

「用? そんなのどうでもいいでしょ。ただお友達同士楽しくお話しようって言ってんの」

「結構です」

「あっそう。連れない奴だ。お姉ちゃんとどうしてこうも違うのかね。お姉ちゃんはいつも明るくてみんなと仲良しってよく聞くじゃん」


 またくだらないことで姉と比べる。もううるさい。おんなじこと何度も何度も言って何が楽しいの。


「まあ話したことないから、本当はあんたみたいな会話もできないクズなのかもしれないけどね。双子なんだし、そっちの方がありえない?」


 私の中でプチっと何かが切れた。


「……あの、私の姉を馬鹿にしないでくれませんか?」

「は?」

「私の姉を馬鹿にするなって言ってるの!」


 初めて教室で大声を出した。辺りが一瞬シーンとなる。私は目の前の嫌なものをありったけの憎悪を込めて睨みつける。


「何、お姉ちゃんがそんなに愛しいの? お姉ちゃんがいないと何にもできなそうだもんね!」

「私のことなんてどうでもいい。でも姉を馬鹿にすることだけは許さない」


 もうどうでもよかった。怒りが感情全てを塗り潰して、まともな判断なんてできなかった。


「謝ってください、今すぐ」

「はぁ? なんで」

「悪いことをしたら謝る。幼稚園児でもわかりますよ」

「馬鹿じゃないの? 何も悪いことしてないのになんで謝んないといけないわけ?」


 もういい、喋らないで。


 私はその人に近づき、怒りに任せて手が出かけた。


「――結衣っ!」


 ガラガラと勢いよく教室の扉が開いて、姉が飛び出してきた。そのまま私の身体に抱きついて、目の前の悪から離した。


「結衣、大丈夫? 何があったの? 教室の外まで声聞こえてきたよ?」

「……別に、何もないよ」

「おお、愛しのねぇねが助けに来てくれたじゃん。よかったね、ねぇねがいないと何もできないもんね」


 まだくだらない言葉を吐く口に私は怒りが収まらなかった。


「私の妹を悪く言わないでもらえますか。あと、妹以外がその呼び方で呼ばないでください」


 姉が私を守るように抱きながら振り向いて、強く言った。圧があったのか、その一言で、今までの煩さが嘘のように鎮まった。


「わかったよ、結衣。とりあえず、今は落ち着こ?」


 私を抱きしめて頭を撫でながら、優しく言葉をかけてくれる。


「……うん」


 子供みたいな怒り方をした。私はやるせない気持ちが内で消えないでいるのを、姉が悲しんでしまうからと押し潰した。



***



 そのあとは、何もなかった。ただ時の進みを遅く感じるのを意識から追いやって一日が終わるのを待った。帰りのホームルームが終わると、私は逃げるように教室から飛び出した。昼休みすら姉と一緒にいられなかった。そんな学校に今日はもういたくない。外は雨が降っていた。朝は眩しいほど晴れていたのに。傘はささなかった。面倒だったから。濡れるのなんてどうでもいい。ただ走った。水溜りが跳ねるのも気にならなかった。ジメジメした纏わりつく夏の雨だけが、少し煩わしかった。


「はぁ、はぁ……」


 意味もなく走ったせいで、息が切れた。家の前に着いて、無心で鍵を開ける。


 家には誰もいない。親は共働きだし、姉も帰りが遅い。私は雨に濡れた身体も拭かず自分の部屋に入った。


 空っぽの部屋。姉と一緒にただいまと言う場所に、今日は一人の言葉も響かない。


「……」


 部屋の中にある姿見が目に入った。そこに写るのは、姉によく似た姿。よく似ただけの姿。長い髪だけが違って、他は全部同じ。鏡に写れば、姉と一緒にいるみたいになるかと思ったが、そんなことなかった。ただ、姉を苦しめる忌々しい姿が写るだけ。


 隣にいるだけで、姉を辛くする姿。こんな姿じゃ、なければ。


「……っ!」


 机の上のペン立てに入っていたハサミを手に取り、自分の長い髪を荒々しく切る。ハサミがギッと悲鳴を上げながら髪を切り落としていく。姉と同じに、短くなれば、姉になれるんじゃないか、そんな荒んだ感情とは裏腹に、ボサボサに短くなっていく自分の髪は、自分の見慣れた大好きな姿とは程遠かった。


「……なんで。なんでっ、こうなるの……! これじゃあ、またねぇねを傷つけちゃう……!」


 鏡に映るのは、誰にもなれなかったひとりの姿。憧れた姿を強く想った姿。


 姉と似た姿を恨んだ末が、姉になりきろうとすることだなんて、呆れる。そうすれば、私が消えると思って。そうすれば、姉みたいになって、迷惑をかけることもなくなると思って。


 へたり込んで俯くと、部屋に散乱した髪の毛が目に入る。目から落ちる雫が、雨に濡れたそれをさらに濡らしていった。


「……! 結衣っ! 大丈夫!?」


 扉がガチャリと開き、そこから目を見開いた姉飛び出してきた。


「ふぇ……ねぇね……? どうして……?」

「結衣が心配で帰らせてもらったの。それより、どうしたの、この髪!」

「……自分で切った」

「どうして!?」


 私の手を掴んで切迫したような顔で問い詰める姉に、私は答えられなかった。理由なんてない。ただやけくそになってやっただけで。


「もう、いらないかなって」


 心にもない言葉を言った。返せる言葉が、これくらいしか見つからなかったから。


「……っ!」


 右頬に手が飛んできて、パチン、と音を鳴らした。不慣れなその叩き方は、私に痛みを知らせるにはこれ以上なかった。


「なに言ってるの! そんなわけないでしょ! 少しは自分のこと大切にしてよ!」


 姉に叱られて目を見開く。叩かれた右頬は、痛みが増していく。


「いっつも私のことばっかり考えて、自分のことは後回し、今日の朝だって、私のことで怒ってたんでしょ!?」


 強い言葉とは裏腹に、私の手を握る姉の手は、優しくて、少し震えていた。


「私のために自分を犠牲にして、自分を失くさないでよ! 私はその髪型の結衣が好きだったのにっ!」


 姉の目にどんどん涙が滲んでくる。言葉が、感情が、その一つ一つが、私の胸に痛く突き刺さる。


「私に迷惑かけるからって私から離れようとしないでよ、寂しいよ……。それで結衣が傷つくの嫌だよ! もう、結衣が傷つくの、見たくないよ……!」


 ぎゅっと、離さないといわんばかりに抱きしめられる。まるで怯えるように震える姉の身体は、少し雨に濡れていて、首をふるふると横に振っている。


「……ごめん、ごめんね、ねぇね……」


 私は姉の身体に手を回し、慰めるようにさする。自分の目から涙が零れているのはわかっていた。でも、悲しそうなねぇねを見るのは辛くて。


「私……ただ、ねぇねに、幸せになってほしいだけで……私が、隣にいると、ねぇねが、傷ついちゃう、から……」


 たどたどしく言葉を吐く。伝わるかわからない。けど、精一杯言葉を紡ごうとする。


「……もう、バカだなぁ結衣は。そんなの、自分が傷ついちゃうに決まってるじゃん。結衣はお姉ちゃん子なんだから」


 私の言葉を聞くと、姉は涙を浮かばせながら微笑みかけてくれた。いつもねぇねの笑顔を見たとき、私は救われる。今もそうだった。


「私は自分が悪く言われるより、結衣が隣からいなくなっちゃう方が嫌だよ。だって、私の幸せは、結衣と一緒じゃなきゃだめなんだもん」


 笑った姉を見ると、救われて、安心して。なのに涙がどんどん零れてきて、なんで? なにがなんだかわからないよ。


「だからお願い。もう消えようなんて思わないで。ずっと隣で見つめてくれる結衣が、私は大好きだよ」


 私の目に浮かぶ涙を拭ってくれる。目を合わせて頭を撫でてくれる姉は、いつも優しい。私が欲しかった言葉も、して欲しかったことも、全部わかってくれて。


「そんなの、そんなのっ……!」


 私はいろんな気持ちが溢れ出してきて、姉に抱きついた。


「私もねぇねが好き! ずっと隣で見守ってくれるねぇねが大好き……!」


 ぎゅっと、腕に力がこもる。涙がどんどん溢れてきて、姉の肩を濡らしていく。せっかく拭ってくれたのに、また目を赤くしてしまう。


「頭撫でてくれるねぇねが好き! 抱きしめてくれるねぇねが好き! 本当は離れたくなんかない、ずっと一緒にいたい……!」

「大丈夫。ずっとそばにいていいんだよ。何か言われたって、私がいる。私が結衣を守る。何があっても、結衣のそばから離れない。だって双子でしょ?」


 トントンと、私の背中に手を置いてくれて、頭を撫でてくれて。ずっとこのまま、私が泣き止むまでついていてくれた。



***



「これでよし、っと」


 姉は私にタオルをかけて、椅子に座らせる。


「さて。バーバー結愛、何年かぶりの開店でーす」


 姉が楽しそうに笑う姿がお風呂場の鏡に写る。


 今からやるのは、散髪だ。私がめちゃくちゃにしてしまった髪を姉が整えてくれる。


 姉は昔から手先が器用だったから、中学の時は姉が私の髪を切っていた。今はもうやめちゃったけど、自分の手で妹を綺麗にできるのが嬉しいんだとか。


「もう何年も経ってたんだね」

「だって中学の時だよ? これ用に買ったハサミも、こんなに綺麗に残ってる方が奇跡だよ。まあちょっと刃こぼれとかしちゃってるかもだけど、今はしょうがないよね」


 姉が持っているどこにしまっていたのかわからない銀色のハサミは、見ただけでは綺麗で、切れ味が落ちているようには思えなかった。


「それより、今日はお母さんとお父さん、帰ってくるの遅いから、それまでにはこの髪どうにかしないとねー。まったく、派手に切ったねぇ」

「……ごめん」

「大丈夫。そんな俯かないで? ……私も、やりすぎちゃったしさ。ごめん」


 姉に叩かれた右頬は、今もちょっとジンジンする。あんまり腫れてないみたいだから、よかったけど。


 初めてだった。姉に叩かれたのも、あんなに悲しそうに涙を零しながら叱る姉も。


「それよりも、ハサミで怪我してないだけ、安心した。最初何があったかと思ったよ、ほんと」

「……本当にごめん」


 妹が心配になって急いで帰ってきて、部屋の扉を開けたら妹の髪がボサボサに短くなってて、切った跡とハサミが部屋に散乱してる。それを見た姉の心境は想像するだけでもぞわっとする。


「もう……今日謝るの禁止ね? 悲しい顔するのも禁止。ほら、こっちの方が可愛いよ?」


 姉は私の口に指を当てて、口角を無理矢理上げる。鏡に写る私の笑顔は、やらされてる感満載だった。


「っと、お母さん達帰ってくる前に終わらせないと、何あったか心配されちゃう。ほら、前向いて? 始めるよ」


 霧吹きをかけて、雨に打たれた髪を再度湿らせてから切っていく。ちょき、ちょきと静かに響く音が心地いい。


「それにしても、私と同じくらいの長さまで切っちゃうなんて、勇気あるよね。結衣の髪、腰くらいまであったのに」

「……一応、ねぇねの髪目指して切ったから」

「なるほどね。私になりたくて切ったと。どおりで」


 姉は苦笑いを浮かべる。そうなんだけど、口に出されると恥ずかしい。それで失敗してるんだから、なおさら。


「まあ私を目指してくれたのは、ちょっと嬉しい。でも、この髪整えるとなると、もっと短くなっちゃうけど、ごめんね」

「ううん。私がやったんだし、ねぇねが謝ることないよ。それに、ねぇねがやってくれたなら、どんな髪型も嬉しい」

「もう、そんなに褒めても何も出ないよ? むしろ、テンション上がっちゃって失敗するかも」

「それはやめて」


 ふふっ、と二人の笑い声がお風呂場に響く。鏡に写る顔は、おんなじ笑顔を並べている。まだ少し目が赤くなったままなのも同じ。


 なんだ。似せようとしなくたって、一緒じゃん。私って、こんなに笑えたんだな。


「手先器用だよね、ほんと。散髪自分でやっちゃうなんて」

「そう? ありがと。でもこれ、結衣のために習得したんだからね? 結衣以外には、やる気ないし」

「え、そうなの?」

「そうだよ。結衣に喜んでもらいたくて、頑張って練習したんだから。……まあ、それでも床屋さんには敵わないから、やっぱり床屋さんでやってもらったほうがいいと思って、やめちゃったんだけどね」


 姉が私の散髪をしなくなった時、私はものすごくごねた覚えがある。何ヶ月かに一回の、この時間がものすごく好きだったから。腰まで伸ばしたのも、それに対するちょっとした反抗心からだったかもしれない。


「……またやってほしいな」

「え? 嬉しいけど、床屋さんでやってもらった方が綺麗だよ?」

「ねぇねにやってもらうことに意味があるの」


 真剣な顔で姉に訴えかける。それを見て姉はまんざらでもないようにはにかむ。


「……そっか。そこまでいうなら、また練習し直さないとね! ちょっと高いけど、ハサミも新しいの買い直さなきゃ、お母さんに相談しないとね。ねぇね、頑張るよ!」


 張り切った姉の雰囲気を感じ取りながら、髪を整えられていくのを感じる。


「……よし。こんなものかな。どう? 後ろ、机の上の鏡くらいしかなかったけど、見える?」

「うん、頑張れば」


 鏡を見てみれば、ショートカットになっていて、今までの私とはガラッと変わっていた。


「すごい……」

「気に入ってくれたみたいでよかった。さっすが私、なんてね」


 自分で言って照れる姉が少しおかしくて笑ってしまう。


「似合ってるよ、結衣」

「ありがとう。ねぇねのおかげだよ」

「そう? それならよかった。……いいね、私も短くしてみようかな」

「だめ」


 その言葉に反応して、私は姉の腕を掴んだ。


「だめ。ねぇねはそのままでいて。私はそのねぇねが好きだから」


 私が強く言ったことに驚いたのか、それともいきなり姉の腕を掴んだからか、姉が目を開いて固まる。


「そっか、うん……! そうだね!」


 姉は嬉しそうに、今にも泣きそうになりそうなくらい繊細な笑顔で頷く。


「嬉しいな。結衣がこの私が好きって言ってくれるなんて」

「もう、恥ずかしいからいいでしょ」

「えー照れ屋さんだなぁ。……それじゃそろそろタオル外すね。このままお風呂、入っちゃおっか」


 姉は私にかけていたタオルを結んでいる首元に手を伸ばす。


「ん……ちゅ」


 巻いていたタオルを外すと、不意に姉が私の頬にキスをした。


「……へ? え? な、なにしてんの」

「ん? お礼のちゅー」


 当たり前だと言わんばかりに姉は笑顔で答える。私は何が起こったのかわからなくて固まってしまった。お礼? なんで? 髪切ってもらったのは私の方なのに。というか、なんでキス?


「もう、好きって言ったじゃん。結衣のこと」

「え? それは姉妹としての好きで……え?」

「はぁ。鈍感すぎ、にぶちん」


 ふてくされている姉の顔を見ると、少し赤い気がする。その様子を見ると、その言葉は本気なのかと思えてくる。


「それに、先に好きになったのは結衣の方でしょ。勝手に意識し出して、よそよそしくなっちゃってさ。それなのに、何も言わないんだもん」

「え、気づいてたの……?」


 勝手に気づかれてないと思っていた私の好意は、バレバレだったらしい。姉は腰に手を当てて呆れたような顔をする。


「だからいったじゃん。結衣はわかりやすいって。……もう何年も前から気づいてた。ホントは、結衣が素直になったら、オーケーしようと思ってたんだけどね。……まあ今日色々吐き出してくれたから、良しとしましょう!」


 なんだ、気づかれてたんだ。バカだなぁ私。おんなじ想いだったのに、勝手に色々考えて、隣から消えようとして、姉も自分も傷つけて。でも、今は目の前に好きな人がいるから、それだけでいっか。


「……好きだよ。これからも、ずーっと一緒」

「……うん。ずっと一緒」


 私の好きな人が好きな私になろう。それは、私にしかできないことだから。


 同じ姿をしている私が、好きだと言ってくれる人がいるから。

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