第6話 出会い

ナオは、タケルがいることに気づかなかった。

 タケルは、ナオが入ってきても気にも止めなかった。

 お互いそれどころではなかった。

 心が崩れそうで、破裂しそうで、でもしなくて。

 どうしようもない慟哭と痛みだけが永遠と続いてむしろ壊れて欲しかった。

 夕陽が落ちる。

 薄暗くなった空に淡く光る星と月の影が映る。

 そろそろやばいかも。

 学校の先生たちが残っている生徒がいないか見回りにくる。こんな姿を見られたら何があったのかと訊かれるに決まっている。

 そんなもの答えたくもないに決まっている。

 タケルは、袖口で涙を拭い立ち上がる。

 見ると、彼女も同じことを考えたのか、涙を拭いて立ち上がる。

 そこでようやくタケルとナオはお互いを見た。

(彼って確かバスケ部の次期エースとか言われてる人だ)

同級生たちが彼を見るたび騒いでいるのを覚えている。

運動神経がよくて逞しく高身長、しかも美男子。モテる要素しかない、萌えるなどと女子たちの常に注目の的だった・・・気がする。

 正直、意識もしてなかったのでその程度だ。話したこともなければま注目したのも今日が初めてだ。

 そしてタケルもナオを見てようやく思い出した。

(確か才女で有名な子だよな?)

常に学年上位の成績を収め、吹奏楽部でも一年生のころからリーダーシップを発揮して部をまとめていると聞いた。容姿も小柄でどこかネコっぽいから男たちからの人気も高かった・・・気がする。

 正直、意識もしてなかったのでその程度だ。話したこともなけば注目したのも今日が初めてだ。

 2人のファーストコンタクトは、意識の外側から始まったのだ。

 2人は、少し遠慮がちに会釈して屋上から出て、教室へと向かった。なんで一緒に付いてくるのかな?と思っていたら同じクラスだったことに扉の前に立ってようやく気づいた。

 タケルが開けると真っ暗な教室には誰もいなかった。

 ナオは、ほっとした。

 2人は、カバンを取るとなぜか同じタイミングで教室を出て、同じタイミングで靴を履き替え、同じタイミングで校門を潜り、そして同じ方向に向かって歩いていった。

 どちらも意識していない。

 なぜか重なってしまうのだ。

 タイミングをズラすならトイレに行くなりなんなり方法があるはずなのに2人ともそんなことを考えもしなかった。

 強いて考えていたとしたら

(何で彼女は屋上に来て泣いていたのだろう?)

(何で彼は屋上で泣いてたの?)

 試合で負けた?

 模擬試験かなんかの結果が良くなかった?

 どこか怪我でもした?

 友達と喧嘩でもした?

 まさか両親のどちらか死んだとか?

 いじめられているとか?

 様々な考えが交錯しては消える。

「「ねえ」」

 2人は、同時に声を掛ける。

 声が重なったことに驚くと共に声色を始めて聞いたことにも驚く。

 とても癒される響きだった。

 この声に2人ともどこか安心したように心が温まる。

「なに?」

「いや、そっちこそ」

 ナオは、目線を横に反らす。

「いや、何で屋上で泣いてたのかな?って」

 口にしてから言わなきゃよかったと後悔した。

 同じクラスメイトだとすら認識してなかったのに、こんなことを聞いて答えてくれる訳がない。

 しかし、予想に反してタケルは答えた。

「ちょっと嫌なものを見たんだ。それで心が凄い動揺して抑えられなくなったんだ」

 タケルは、部室でのことを思い出す。しかし、不思議なことに下半身が多少感じるもののあの時ほどの動揺は戻ってこなかった。

「嫌なもの?」

 ナオは、眉を顰める。

「女の子には言えないよ」

 多少、意味深なことを言って小さな笑みを浮かべる。

 笑えたことにタケルは驚いていた。

「そっちは?何で泣いてたの?」

 質問を返されるとは思わなかったナオは、思わず「ふえっ?」と声を漏らしてしまう。

 その反応が面白かったのか、タケルは小さく笑う。

 ナオは、頬を赤らめる。

「・・・私も嫌なものを見たのよ」

 あの時の情景が脳裏に浮かぶ。

 しかし、不思議なことに小さな嫉妬のようなものは感じるものの死にたくなるような絶望は蘇ってこなかった。

「そうか。偶然だね」

 そう言ってタケルは、笑いかける。

 その笑みを見ているだけで心が和んでいく。洗われるような気がした。

 異性にそのようなことを感じたのは初めてだった。

 それはタケルも一緒だった。

 こんなにも一緒にいて居心地の良い異性は初めてだった。今までタケルにとって異性は、やたらと自分に群がってくる、話しかけてくる少し鬱陶しい存在でしかなかった。それなのにナオと一緒にいるのはとても気持ちがいい。いつまでも一緒にいたいと思えた。

「ねえ」

 ナオが意を決して声を掛ける。

「やっぱり話し聞いてくれない?」

 この人なら聞いてくれる。今まで誰にも言えなかった心の澱みを晴らしてくれるかも知らない。ナオは直感的にそう感じた。

 それはタケルも一緒だった。

 彼女なら自分の長年の苦しみを理解してくれるかもしれない。

 そして2人は人気のない公園のベンチに座って話した。

 思春期を迎えてから誰にも言うことの出来なかった心の重石を一つ一つ外していった。

 2人は、泣いた。

 タケルはナオの気持ちが、ナオはタケルの気持ちが痛いほどに理解出来た。共感出来た。「辛かったね」とお互いの傷を舐めることが出来た。前に進む活力を得ることが出来た。

 2人の心は1つとなって重なることが出来た。


                つづく

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