第10話 友
「バーディル、世話になったな」
「あれでは茶楼のサービス限界を越え過ぎている。出入り禁止にしたから2度と来ないでくれよ」
迅雷亭の玄関先でバーディルが悪態をついた瞬間に妻のリデルさんの蹴りが夫の脇腹を打っていた。
「あ、な、た。サービスの範囲内も出来ないくせに何を偉そうな口をきいているの!? それにティルスさんは泥酔状態で夜の山に入ってしまったあなたを助けに行ってくれたんでしょう? この程度の怪我ですんだお礼くらいしなさいよ!!」
「リデルさん、怪我人に蹴りはどうかと思うんだけど……」
「大丈夫、無事な左の脇腹を狙ってあげたじゃない?」
2人のやり取りを見ているともう少しここに留まってみたい想いに駆られた。出立の朝に淹れてもらった珈琲の温かさが急に身体の内に戻った様な気分になった。
リデルはこのままではバーディルが危ないとでも思ったか、ベルデさんに歩み寄って急に何でもない様な世間話を始めていた。
妻のベルデさんとリデル、女同士の会話が弾む様に仕組んだ当の本人が俺に身を寄せて来た。昨夜受けた傷が痛むのか少し足を引きずっていた。
「傷だらけになっても自身で決着を付けようとするとはバーディルらしくない戦い方だったな。俺と連携して双剣で仕留めるのが昔のパターンだったろ?」
「ここは僕とベルデさんの棲家なんだ。そこへ土足で踏み込んできた輩には家の主として方を付けなければならない。それだけだよ」
「結婚して、底無しの変人が普通の変人くらいには治ったみたいだな」
「普通の変人とは妙な称号だね。それに変人は病気の様に治るものじゃないよ。僕は死ぬまで変人である事に変わりはない」
俺とバーディルは顔を向き合わせて笑った。それを合図に足下の草むらに腰を下ろした。
「昨日受け取ったこの赤い石なんだけどね」
バーディルの見立てでは魔力とは違う何か特別な力が込められているとの事だった。初めて感じる力なのでそれが何か突き止めるのには時間がかかるだろう、そう言いながら赤い石を見つめていた。
そして急に紐でぐるぐる巻きにするとそれを頭上のカラスに向かって放り投げた。見事にカラスの足に巻き付く、カラスはバランスを崩しながらもそのままどこかへ飛んで行ってしまった。
「何をする!? 幻影を見せる術の手掛かりなんだぞ!」
「ティルスの居所が魔族に知れて襲撃を受けてしまったのはアレのせいだと思うんだよね」
「なんだと!?」
「魔力の強い者はその魔力で何者か知れてしまう事がある。それと同じであれだけ特殊で強い力の込められた物ならばそれを感じ取って探す事も出来るかもしれない。そうじゃなきゃ、こんな辺境を魔族が襲撃で出来た理由がわからないだろ?」
バーディルの説明を聞いて俺は頷くしかなかった。確かに何者かにつけられた気配を感じる事もなく急に襲われたのは間違いなかった。
「そうだったか……。ところで、あの娘をここで預かってくれないか?」
俺はリデルの方に目をやった。それに促がされる様にバーディルも彼女を見つめると何かを考え始めた様子だ。暫くして俺の方に向き直ったバーディルの表情は似ていた……、俺に追放を言い渡した時のものに。
「それはパーティメンバーを追放するという事かな?」
「違うっ! この先俺と一緒に居続けてはリデルが危ない。何か余計な事に巻き込んでしまったが、今なら何とか出来そうだからだ」
「ふむ。あの娘は傭兵団を追放され、辿り着いた先で同じく追放されたティルスと出会い着いてきたのだったね?」
「そうだ、そもそもの経緯は昨夜話した通りだ」
「それでティルスに置いて行かれたらあの娘はどう思うだろうね? また、私は追放された。本当に私は必要のない存在だったのだ」
「ぐっ……」
「2人で始めた旅をどうするかは2人で話し合って決めるべきだね。どんな事情があろうと君が一方的に決めるべきではないと思うよ」
「しかし、また襲われたら。昼に襲撃すればいいとやつらに気付かれてしまったら……」
「人の命を軽く考えない方がいい」
「だからだ! リデルを死なせたくないからここで預かって欲しいんだ」
「物理的に生命反応がとまるかどうかの話をしているのではないよ。他人がこうしたい、という考えを無視するのは他人の命を軽んじるも同じ。考えを殺すのは相手を殺すのと何ら変わりない」
「……」
かつてパーティメンバーだった頃、バーディルの話にはついていけなくなる事が度々あった。何か言い返す言葉が思い浮かばなくなったところで話が終わるのも昔と同じだ。ただ、違うと言えばお互いに自身を気遣う存在が身近にいる事だった。
「あなた! お友達と別れ際にケンカなんかしちゃダメでしょ!」
「ティルスさん、バーディルさんの言う事はなかなか真理をついていると思うのでちゃんと聞いてあげて下さいね」
「へぇ~~! あなた、リデルちゃんに褒められたわよ。どうせ小難しい事を言っているんでしょうけど、友達同士のお別れなんだから『またな』でいいじゃないの」
少し遠くから投げ帰られた声に俺達は苦笑いで応えるしかなかった。取り敢えずここは少し空気を入れ替えた方がいいだろう。
バーディルを促し山頂から眼下の景色を眺められる位置に移動した。しばらく言葉をかわさずその場にただ立っていた。8時間もかけて登った山頂から見下ろす眺め、そこには青々とした草木の大地が広がっていた。そして、時折吹き抜けてゆく風が何かを洗ってくれる様な気がした。
「夫婦水入らずのところに長居するのもあれだ。バーディル、またな」
リデルのもとへ向かおうとする俺にバーディルの声が後ろから届いた。
「……。僕が君を追放した理由を聞かずに行くのかい?」
「さっきバーディルが言ってた小難しいのを俺なりに考えてみたよ。それをお前が自ら言いたくなる機会を待つのがお前の命を大事に扱うという事だ。俺の方から尋ねはしない」
「……」
「まあ、それに迅雷亭を再び訪れる理由の1つくらい残しておかないと、こんな所までわざわざ通う理由もあいだろうからな」
「出来るだけ客が来ない様に努めて営業しているんだ? いつまであるか知らないよ」
「それ、マスターが言う事か」
「ふっ。ティルス、またな」
俺とリデルは『竜の押し出し』と呼ばれる山を下りた。麓に近づいたところで今が真昼間である事に気付いてしまった。登山する前に随分と手間をかけて麓の魔物を一掃したが、そろそろ再び魔物が姿を現してもおかしくない頃合いだ。
「あっ! ティルスさん、見て下さい!!」
リデルが指差した空には魔法により出現した火球が無数浮かんでいた。そして、麓の辺りに降り注ぐと魔物達を焼き払っていた。俺は山頂を見上げながら胸の奥で「またな」と言って、一度だけ手を振った。
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