08-05:「どうかしたのか?」

「ギルの寮が襲われただと?」


 用意してもらったシャトルバスで中央区画へ向かっていたミロとスカーレットだが、その直前で警備兵に止められてそう告げられた。


 ミロが皇子であり、つい先程まで管制室で指揮を執っていた事は、一般の警備兵まで連絡されていない。


 ただピネラ中尉からミロとスカーレットが乗った自動操縦シャトルバスを最優先で中央区画へ通せと通達されているだけだ。


「ああ、だからこれ以上は立ち入り禁止だ」


 中央区画前の監視ゲートでシャトルバスを止めた警備兵はそう言った。


 これ以上、聞いても詳しい事は教えてくれまい。ミロはバスの車内へ引っ込むと携帯通信機で管制室のピネラ中尉へと連絡を取った。


「ミロだ。ピネラ中尉、ギルの寮が襲われたと足止めを受けた。どういう状況になっている」


 テロリスト側が仕込んだ通信妨害用ウィルスプログラムと、学園側のソフトウェア担当者による妨害解除のイタチごっこはまだ続いているようだが、幸いにもミロの通信は管制室に届いた。


 携帯通信機の立体映像にピネラ中尉の姿が映った。


「殿下。こちらからも報告しようとしていた所です。申し訳ありません。今さっき学園長からギル皇子の寮がテロリストに攻撃されたと報告がありました。少し前に中央区画ゲート付近で戦闘があったという報告も有り、こちらも確認してた矢先です」


「それで被害はどうなってる?」


「まだ分かりません。警備兵部隊を向かわせていますが報告は来ていません。監視カメラですと、ギル皇子の寮から専用のリムジンが出たのは確認しました」


「逃げ出したか」


 ミロはそうつぶやいた。


 当人が危惧したように、ギルを見捨てる気はミロには無い。


 もっともそれほど積極的に助けるつもりも無い。逃げるのならば逃げてくれた方がミロとしては手が掛からずに済む。


 その程度の事だ。


 中央区画にテロリストが接近するのを避けたかったのは、そこにルーシアのいるノーブルコースの寮があるから。


 おそらくはテロリストのもう一つの目的がルーシアの拉致。だがそれをピネラ中尉たちに言うわけにはいかない。


 ルーシアが前皇帝ヘルムート・シュトラウスの孫と知れたら、さらなる危険を呼び込む事になる。


 ミロはその素性を隠したままでルーシアを助けなければならないのだ。


「中央区画で他に被害は?」


「今のところはありません。ただしゲートは二箇所で突破されており、ギル皇子の寮を襲った部隊とは他の別働隊がいると推測されます」


 ピネラ中尉はそう答えるが、彼の頭にはテロリストの目的はギルとしか入っていない。上層階級出身の少女ばかりが通っているノーブルコースの寮が狙われるなど、微塵も考えていないに違いない。


 さてどうする?


 不審に思われぬようピネラ中尉にルーシアの安全を確保するように依頼するか? するとしたらどうやって?


 このまま自分とスカーレットだけでルーシアの元へ行っても、果たしてテロリストたちに敵うだろうか。そうなると事情を知っているエレーミアラウンダーズを集めて……。いや、彼等もそれぞれの部署で襲撃の復旧をしているはずだ。すぐに呼び寄せるのは危険だし無理だ。


 ではどうする? どうする!?


「ミロ皇子? いかがなされました」


 思っていた以上に沈思していたようだ。訝しげな顔でピネラ中尉が尋ねた。


「大丈夫か、ミロ。なんだったら私が先行して状況を探ってくる」


 スカーレットがそう言うがミロは頭を振った。


「いや、いい。お前一人が行ってもどうにかなるものではない」


 事情を知らないピネラ中尉は、ギルの事で頭を悩ましていると勘違いしたようだ。


「ギル皇子の行方についてはこちらでも調査しております。ゲートを通過した様子もないので、まだ中央区画内にいると思われます」


 ギル?


 そうか、ギルだ。奴はなぜ逃げ出した。そもそも寮の周囲に警備兵を集め、自分を狙ってきたテロリストたちを迎撃すると息巻いていたではないか。


 もっともその作戦も途中、学園の生徒、学生たちでテロリストを消耗させるという前提のもの。


 ミロがそれを拒絶、結局、警備兵はギルの寮には集結しなかったのだ。


 結局、裏目に出たのか? ミロはさらに考えを巡らせる。


 いや、待て。いま考えなければならないのはその事ではないはずだ。


『自分がどうしたいのかではない。それぞれの状況で敵がどう考え、どう動くかを推測しろ。敵が逃げた、移動した。それぞれには理由があるはずだ。怖じ気づいた、パニックに陥ったと判断するのはたやすい。しかしそれには必ず原因があり、その行動によって結果が生じるのには変わりない。敵の行動を考えろ、アルヴィン』


 本当のミロ・ベンディットが口にしていた言葉を思い出す。


 そうだ、ギルは警備兵が到着するのを待たずに逃げ出した。


 それは俺が指揮を執っていた事が原因だろう。ギルは自分の身は自分で守るしかないと判断したのだ。


 ならばギルはテロリストばかりでは無く、俺にも使えるカードを求めるはず。


 それはたった一枚。


「分かった。引き続きこちらで対処する」


 ミロはそう言うと通信を切り、スカーレットの方へ向き直った。


「ルーシアの寮へ向かう。ギルはルーシアの所へ向かったのだろう。奴はルーシアを使ってテロリストばかりか、俺とも取引をするつもりかも知れない。すぐにそこへ考えが至らないのは迂闊だった」


 悔いる事に割く時間があるなら今は行動だ。ミロは続けざまにスカーレットへ言った。


「ポーラと連絡は取れるか?」


「さっきからやってるのだが駄目だ。ルーシアと一緒にいるのかも知れない。通信機を渡してあるのはルーシアには言ってないからな。自分が狙われてると知られるのも困るだろう」


 スカーレットは頭を振りながらそう言った。


「そうだな。強行突破するにしてもゲートの警備兵には、俺の事は伝わってないし、うかつに身分を明かすわけにもいかないな」


 考え込むミロにスカーレットはいささか得意げな顔で言った。


「それなら迂回しよう。先程、カスガ会長が中央区画周辺のマップを転送してくれた。このゲートを通らずにノーブルコースの寮へ迎えるはずだ。さすがに寮の部屋まで行く事は出来ないけどな」


 その言葉にミロは安堵の表情を浮かべた。


「そうか。カスガ会長に感謝しなければならないな」


 ミロがそう言うとスカーレットは一時、きょとんとした顔をすると、次にいささか憤然とした様子で携帯端末の操作を始めた。そしてぶつくさとつぶやく。


「そりゃあデータを渡してくれたのはカスガ会長だが、それを使う事を思いついたのは私なんだから、少しは感謝してくれても……」


「どうかしたのか?」


 訝るミロにスカーレットはつっけんどんに答えた。


「何でも無い! 今はそんな事を言ってる場合ではないからな」

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