第5章:襲撃と愚か者の遁走曲(フーガ)
05-01:「お断りです」
「皇子さまが住むには、ちと手狭だが、思ったよりもいい家じゃないか」
ギルは室内を見回すと、手近にあったソファにどかりと腰を下ろした。
「キッチンはあちらにありますので、お食事の用意はご自身でなさっても、他の信頼が置ける方に任せても構いません。一部の貴族は専任の家臣を
キースがそう説明してもギルは余り興味が無さそうだ。
「別に俺はグルメじゃねえし。食えるんだったらインスタント食品でも構わないぜ」
「ケータリングサービスや学生食堂もありますが……。毒を盛られる事を心配していたんではありませんか?」
キースのその言葉に、ギルは自分が置かれている立場を思い出した。
「おお、そうだったな。お前ら料理は出来たか?」
自分のセキュリティガード三人に向かってそう尋ねた。
「パーコレーターでコーヒーを淹れて、缶詰を開け、豆を煮て、卵を茹で、パンにバターを塗る程度でよろしれば」
黒人のセキュリティガード、ジョン・スミスが荷物を整理する手を休めて、本気とも冗談とも付かぬ顔でそう言った。
他二人のセキュリティガード、イワン・イワノフとタロウ・サトウも無言で肯く所を見ると、どっこいどっこいのようだ。
「まあ別に俺はそれでも構わないんだが、少し味気ないな。なぁ、カスガちゃんよ。毎日、料理を作りに来てくれないか。裸エプロンで」
頭を巡らせてギルが声を掛けた先には、荷物の搬入を指示しているカスガ・ミナモトの姿があった。
「残念ながら、私に出来てセキュリティガードの皆さんに出来ない料理となると、パンにジャムを塗る事とお茶を淹れる事くらいです」
にっこりと笑いカスガは皮肉を返した。
「おい、本当かよ。どうだ、そこのデカい女」
ギルがそう尋ねたのはアーシュラだ。
「確かにカスガが料理上手だという話は聞いたことがない。ついでに言うと私も、他に出来る料理と言ったら、冷凍食品をレンジで温め、レトルトのパックを鍋に入れる事くらいだ」
「ふん、まぁいいや」
関心無さそうにそう言うと、ギルは再びカスガへ向き直った。
「じゃ、それで良いから、毎日、裸エプロンでジャム塗ってよ。カスガちゃん」
「お断りです」
しつこいギルにさすがのカスガも真顔になって拒絶した。
「それでなくても殿下が持ち込んだ私物が多すぎて、一向に作業が終わらないんです。インスタントでよろしいのならば、それで構わないんじゃありませんか?」
厳しい口調のカスガに、ギルは調子外れの口笛を吹いて肩をすくめて見せた。
学園宇宙船ヴィクトリー校がウィルハム宇宙港に到着、そしてギルがジマーマン学園長に転入をしてから一週間。
これまでギルの学園生活が始まらなかったのは、今カスガが言った通りの事情だ。
ギルは大量の私物を持ち込もうとしたばかりか、それにはかなりの武器が含まれていたのである。
学園宇宙船には警備部隊が常駐している為、基本的には武器の持ち込みは禁止。もっとも貴族の子女が護身用の小火器やナイフ程度を持ち込む分には黙認されていた。
しかしギルが持ち込もうとしたのは、到底、黙認で済まない量。帝国惑星陸軍や軌道海兵隊の一個小隊ほどの銃器、武器の量だったのである。
学園長のみならず理事会や自治会まで巻き込んで、持ち込みを認めるか否かで喧々囂々の論争になった。
結局、ギルが前皇帝の孫娘との婚姻を表明した事により、命を狙われる危険性が高くなったと判断され、武器の持ち込みは認められたのだ。
ただでさえ皇位継承者、そして武器を含む大量の私物持ち込みとあって、例外的に学園自治会役員がギルの入寮に立ち会っているのである。
「あ、あの……」
カスガたちと一緒に搬入作業を確認していたアマンダが、おそるおそるギルに声を掛けた。
「ああ?」
それまでアマンダの存在など気に留めてなかったギルは、面倒くさそうに頭を向けた。
「あの、料理でしたら……」
おそるおそる小声でそう言うアマンダだが、ギルの耳にはちゃんと届いていないようだ。アマンダを無視してキースの方へ向き直りギルは言った。
「おい、お前。なんか面倒が無いものを適当に用意してくれ」
「分かりました、殿下。自動調理器を手配しましょう。食材に関しては信用のおける会社で生産されたパッケージ製品のみを届けるようにします。念の為、セキュリティガードの皆さんで確認してから調理して下さい」
「承知した」
そういうキースにセキュリティガードのジョン・スミスが肯いた。
他の上級貴族同様、ギルに与えられた寮は、それだけで一軒の屋敷と言っていい程の家。
セキュリティガードも常駐するとは言え、一人で住むには広すぎる。学園宇宙船の中でも一際頑丈な中央区画に有り、ギルの要望通りガレージには装甲が施された自動車も用意されていた。
中央区画には女子中等部ノーブルコースの施設があるが、ギルの寮がある場所とは監視施設で区切られている。強引に入り込もうとすれば、例え皇子であっても制止されるはずだ。
「……ほう」
ヴァレンタイン家が手配した信用がおける業者が荷物の搬入を行ってる。武器については専門の人間が扱っているが、その業者が梱包を解いた銃器を見て、アーシュラが俄然興味を示した。
「ヴェンドリンガー社製のM988対人レーザーライフルじゃないか。これはまた物騒なものを持ち込むんだな」
銃器に詳しくないカスガやキース、そしてアマンダはきょとんとしているが、アーシュラは興奮を押さえきれないようだ。
「惑星陸軍や軌道海兵隊が採用しているC-A1対人制圧用ボディアーマーを貫通する威力だ。実戦部隊にも配備が始まったばかりだというのに……」
手元の端末で確認すると、その新鋭火器が三丁も持ち込まれている。アーシュラはギルの方へ視線を巡らせると付け加えた。
「これも皇位継承者の特権か?」
しかしギルはその問いには直接答えない。
「使わせてやろうか? それなら俺の護衛をやれ」
「そういう事にならなければいいんだがな」
アーシュラも直接、ギルの要望には答えなかった。
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