04-08:「慌ただしい奴だな」
『聖域』のあだ名は伊達ではない。
帝国学園宇宙船ヴィクトリー校、その中央区画にある中等部女子特別コースの学舎と寮。それがある区画には男性は親兄弟たりとも容易には入れない。
無論、身分が明らかであってもだ。
生徒はもちろん教職員に警備員、警備兵も全て女性。中等部特別コースとは名ばかりで事実上、政略結婚の道具として少女を教育する為の機関である為、そこまでの徹底ぶりが要求されているのである。ましてや肉親でも無い男性が、在籍中の女子生徒と面会するとなればなおさらである。
◆ ◆ ◆
「やれやれ、妹の友人と会うだけで一週間か……」
さすがのミロもほとほと疲れ果てたようだ。用意された席に腰掛けるなりそうぼやいた。
「面会できるだけでも感謝して欲しいものだ。本来、肉親でも無い男性がそうそう会えるはずも無いのだからな。彼女の身元を保証しているシュライデン家だからこそ、出来た話だ」
そう言いながらスカーレットもミロの隣りに座る。ミロはその部屋の中をぐるりと見回してから、念のためにスカーレットに確認した。
「会話を聞かれる心配は無いのか?」
部屋は円形。中央に長方形のテーブルが置かれており、両端には椅子が二脚ずつ用意してある。そして天井はかなり高い。
ミロが確認したのは部屋の周囲、少し高いところに並んでいる窓だ。無反射処理されたスモークガラスに向こうには何人かの人影が見えていた。
女子中等部特別コース専任の警備兵である。当然、相応の武装もしている。
「部屋には防音設備が整っているし、電波も遮断している。ガラスもスモーク処理されてるので、こちらの唇を読む事は出来ない。それでも動きはわかるから、いざという時には予告なしに部屋に入ってくる事もある」
そう説明するスカーレットにミロは重ねて尋ねた。
「確証は?」
「シュライデン家として調査した。間違いない。それでも学園側が何か隠しているようなら、こちらとしても腹をくくるしかない」
「まぁその通りだな」
ミロはそうつぶやいた。ただでさえ殺風景な部屋をさらに異様に見せているのは、中央で室内を分断している半透明のパーティション。まるで刑務所の面会室だ。
「……遅いな」
ミロと二人だけという状況に落ち着かないのか、それほど時間が経過していないのにスカーレットはそわそわし始めた。
確かに予定の時間は過ぎているが、まだ痺れを切らせる程でも無い。しかしこの状況に耐えきれなくなったのか、スカーレットは勝手に説明を始めた。
「ポーラのシモン家はもともと前皇帝ヘルムートに近くてな。だからグレゴール陛下の即位後は冷遇されたのだが、我がシュライデン家の取りなしで何とか存続できたのだ。シュライデン家が口添えしなければ、ポーラがこの学園に入学できたかどうかも怪しい」
そういう口調はいささか自慢げだ。
「順番万端、ぬかりなし。現皇帝のベンディット王朝、前皇帝のシュトラウス王朝。どちらに転んでも生き残る算段はつけてるあるわけか」
ミロの皮肉げな口調にスカーレットは眉をひそめた。
「言いたい事は分かるが、これもシュライデン家の為だ。それに口幅ったいが私は自分なり純粋にルーシアが一番幸せになる方法を考えているつもりだ。おそらくポーラもそれは同じだろう」
そして少し間を置き付け加えた。
「そのポーラからも、今のお前と同じような事は言われたのだがな」
スカーレットはそう言って自嘲を浮かべた。その時だ。反対側、透明のパーティションで仕切れた方にあるドアがやにわに開かれた。
防音機能が完備されているので、直前までドアの向こうに誰かいるとは分からなかったのだ。しかしそれにしてはおかしい。この部屋に入る前、警備員から面会相手が入室する前に連絡があると伝えられていたのだ。
「なんだ?」
ミロは思わず腰を浮かしかけた。途端に少女の声がパーティションの向こうから響いてきた。
「……本人確認が必要なのは分かっています! でも今は急を要する事態なんです!!」
警備員の手を振り払い入ってこようとしているのは、女子中等部特別コースの制服を着た少女。
ルーシアより少しばかり背が高くスリムな体型。黒い髪を短めのポニーテールにまとめていた。見るからに活発そうな少女だ。
「すぐに済みますから! 規則を守って貰わないと、学園側から停学などの処分が下る可能性がありますよ!」
警備員にそう悟られて少女は不承不承ながらもドアの向こうへ戻った。バタンと閉まるドアを見て、スカーレットは思い出したように言った。
「今のがポーラ・シモンだ」
そんなスカーレットにミロは苦笑した。
「ある意味、動じないタイプだな」
「……それはどういう意味だ?」
ミロのその言葉を皮肉と受け取ったのか、スカーレットは少々不満そうだ。
「スカーレット・ハートリーさん、ミロ・アルヴィン・シュライデンさん。面会予定のポーラ・シモンさんが入室いたします」
分厚いドアが開かれ、顔を出した警備員がそう言うなり、その陰からポーラが飛び込んできた。
「スカーレット・ハートリー!」
手に携帯端末を持って、ポーラは血相を変えてパーティションを挟んだスカーレットに詰め寄った。
「ああ、ポーラ。こちらがルーシアの……」
平然としてミロの紹介を始めようとしたスカーレットだが、ポーラはまったく聞く耳を持たないようだ。
「そんな事はどうでもいいんです! これはどういう事なのかと聞いています!!」
ポーラは半透明のパーティションに携帯端末の画面を押しつけて来た。
「……『ただいま電波が受信できません』」
ミロは画面に表示されている文章を読み上げた。それも当然。面会室は不要な通信を制限するため、各種電波も遮断されているのだ。慌てて忘れていたのか、ポーラは携帯端末の画面を再確認すると、そのまま無言で面会室を飛び出して行った。
「慌ただしい奴だな」
そうぼやくスカーレットにミロは呆れたようだ。
「お前も大概天然だな」
「……はぁ? 馬鹿を言うな! 私のどこが天然だと……」
スカーレットが言い終える前にまたもやポーラが飛び込んできた。
「動画データをダウンロードしてきました!!」
またもやパーティションに携帯端末を突きつけた。そこでようやくミロとスカーレットは、ポーラが慌てふためいている理由が分かったのだ。
『ギルフォード皇子。前皇帝ヘルベルト陛下の孫との婚姻を表明』
そんなテロップが画面に表示されていた。
「一体どういう事だ!」
今度はパーティション越しにスカーレットがポーラに詰め寄った。
「そんな事こちらが聞きたいです! 校舎内と寮では放送の電波が入らないので、私も控え室で携帯をチェックしている時に初めて気がついたのです!」
中等部特別コースが『聖域』と呼ばれるのは情報面でも同様だ。
校舎や寮内では自由に外部へ連絡を取る事が出来ず、また不用意に有害情報へ触れさせないという建前で、各種マスメディアも自由に閲覧できないのだ。
面会室がある建物は女子中等部特別コースの敷地外だ。面会に来た部外者を敷地内に入れないという配慮からそうしてある。
「ポーラ、携帯を動かすな。もう一度、最初から見せてくれ。実のところ俺たちも今ここで初めて知ったのだ」
スカーレットはポーラに、ルーシアの兄であるミロと一緒に訪問する。ルーシアの件で話したい事が有ると伝えてある。
スカーレットの横に座る黒髪の少年がミロだというのは、向こうから名乗らずとも分かる。
前皇帝時代からの因縁も有り、ポーラは無言でミロの方へ携帯の画面を突きつけた。画面の中ではギルがインタビューを受けているところだった。場所はどこかのスタジオのようだ。
「……なるほど、それでは前皇帝であるヘルムート陛下のお孫さんとの婚姻を望まれているわけですね」
「ええ、その通りです。そうすればシュトラウス王朝とベンディット王朝、双方の血筋が一つになるわけです。そして僭越ながらこの私ギルフォード・ロンバルディ・ベンディットが次期皇帝になれば、もはやシュトラウス派、ベンディット派で争うこともないんです。みんなハッピーでしょ。はははは」
さすがにいつもの粗暴な態度は鳴りを潜めているが、およそ皇帝を目指す男とは思えぬ軽い仕草でギル皇子は肩をすくめながら言った。そんなギルにキャスターは重ねて尋ねた。
「前皇帝陛下のお孫さまと仰いますが、私どもの調査でもお名前などのプロフィールははっきりしませんでした。どこにおいでなのかギル皇子はご存じなのでしょうか?」
「それはもちろん。しかし彼女の安全を考慮して今は何も言えません」
ギルのその答えには自信が感じられた。間違いなく『前皇帝の孫』はルーシアを指している。
「ご結婚の件は、相手方もご承知なのでしょうか」
「いえ、残念ながら。しかしまんざら知らない仲でもないので、これからじっくりと話し合っていきますよ。なにしろ銀河系社会にとって、これが最も良い判断なのですからね」
インタビュアーとギルのやり取りは淀みなく進んでいた。間違いなく最初に打ち合わせた通りの展開なのだろう。
前皇帝の孫娘との婚姻については、話を聞く限り実際にはギルがそう言ってるだけで具体性などまったくない。まともなキャスターなら、その点を指摘するはずだ。つまりこのやりとりは予め仕組まれたやらせの可能性が高い。
「これはどこの局だ?」
「ええと、ウィルハム宇宙港のローカル放送局だと思いますけど……」
ミロの問いにポーラは携帯の画面を確認してから答えた。
「ローカル放送局がいきなり皇位継承者の単独インタビューを組めるとは思えんな。恐らくギル皇子からの申し入れだろう。他の大手マスメディアにも流れてるのは間違いない。スカーレット、この局のバックを探るぞ。きっと何か出てくる」
言うや否やミロは立ち上がった。
「待て、探ると言ってもどうやって……」
「キャッシュマン・バンクやジャクソン・マクソンに当たれば何らかの伝手はあるだろう。迂闊だった。奴らに先手を打たれた。のんびりしすぎていたな」
そう答えミロは唇を噛んだ。
「ちょっと待て、ミロ。ポーラはどうするんだ?」
立ち上がりドアの方へ向かうミロの背中にスカーレットは声を掛けた。ミロはドアの前で振り返り、そして一、二歩戻りながら答えた。
「話は後だ。まずは現状把握と対策を講じる事が優先だ。……ポーラと言ったな? ルーシアにはこの件を伏せておいてくれないか」
出し抜けにミロから話しかけられポーラは面食らったようだ。
「そ、それは当然です。こんな事、ルーシアには話せません」
シュライデン一族、そして現皇帝グレゴール血縁への憎しみよりも、ポーラはミロの気迫に押されて素直にそう答えてしまった。
「すまない。まずはルーシアの事を最優先に考えなければならないからな。君には苦労をかけると思うが、しばらくは頼んだぞ」
「……え、はい」
やはりまたミロに押し切られる形でポーラは肯いた。ミロも満足げに肯き返すと、スカーレットの方へ向き直ると声を掛けた。
「まずは情報集めだ。手伝ってくれスカーレット」
「手伝うも何も……。こちらには拒否権は無いんだろう? まったく人使いの荒い奴だ」
文句を返しながらもスカーレットは、ミロから頼りにされてる件についてはまんざらでもないようだ。
「すまないポーラ。後でまた連絡する」
スカーレットの言葉と共に二人は慌ただしく面会室から出て行ってしまった。
「シュライデン家は、ヘルムート陛下やシュトラウス王朝と、グレゴールを両天秤に掛けて……。今もルーシアと皇位継承者のミロの二人を手中にしたままで……」
二人が出て行ったドアを見ながらポーラはぼんやりとつぶやいていた。ポーラはまだ皇位継承者にしてルーシアの本当の兄であるミロ・ベンディットが死んだ事を知らない。
当然、今のミロが替え玉で正体がアルヴィン・マイルズという事実も知らない。
ただミロとスカーレットの真剣な態度を見ると、自分の中にあったシュライデン家と皇帝グレゴール血縁者への怒りと憎しみが揺らいでいくのも分かっていた。少なくともルーシアを政争の道具として見てる人間ばかりではないのは確かだ。
まだ安心は出来ない。
しかしポーラはわずかばかりの光明を感じ取っていた。
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