04-02:「茶化すな! まったくお前は……」
学園宇宙船の航路は極秘。しかし補給の為、定期的に宇宙港に立ち寄らなければならない。無論その予定も極秘にされているのだが、どうしても相当の補給物資が必要になる以上、どうしても事前にある程度の予想は付いてしまう。
帝国学園宇宙船ヴィクトリー校はリープストリームを出て、ウィルハム星系宇宙港へ接近中。ウィルハム星系には人間が住めるような惑星はないが、多数のリープストリームが繋がっており、恒星間における交通の要衝になっているのだ。
帝国学園宇宙船ヴィクトリー校は、久々の寄港を前にしてその準備に追われていた。
◆ ◆ ◆
「……お前たちの言い分は分かった。心当たりはある。掛け合ってみるが余り期待はしないでくれ。自治会の承認も得なければならないのでな。まあ要求通りにいけば儲けものだろう」
「それじゃお願いしますよ。本当」
生徒はミロにそう言うと部屋を出て行った。その生徒が出るなりミロは仲間の一人に声を掛けた。
「キャッシュマン、どうだ?」
「はい」
エレーミアラウンダーズの一人キャッシュマン・バンクは手にした計算機の表示をミロに見せた。
「こんな所ですね。帝国学園ともなれば取りっぱぐれが無いですから、多少は値切っても話に乗ってくれる業者はいると思います。あとは寄港中に搬送が間に合うかどうかですねえ」
「寄港期間は二週間だったかな。少し長めだけど、間に合うかな」
首を傾げるカスパーに、アフカンが言った。
「よろしければ協力させてくれないか。俺の家は大手流通会社に投資をしている。俺もいずれそちらに進むつもりだ。今から言っても多少の無理は利くだろう。コンテナ船の隙間に少し詰め込むだけだ。手間も金も大して掛からんだろう」
「助かる、アフカン」
答えたのはカスパーでは無くミロだ。
「すぐに頼めるか? 結論が出たら教えてくれ。キャッシュマンも業者との交渉を急いでくれ」
ミロはそう言うと座っていた椅子から立ち上がろうとする。今まで無言のままだったアーシュラが、そこでようやく口を開いた。
「おい、ミロ。お前の一存でそこまで決めていいのか?」
ミロは生徒、学生から補給に関する要望を受けているところ。時間も資金も限界があるので、無制限に要望を受け付けるわけにはいかない。ミロはその交渉を任されているのだ。
「自治会の承認も得なければならないと言ってるだろう? ハリントン副会長、ミナモト自治会長に承諾を取って置いてくれませんか」
アーシュラに一言言ってから、ミロはキースに向かって付け加えた。
「うん……。あ、あぁ。分かった。会長には話を通しておく」
やにわに水を向けられたキースは言われるままに肯いてしまった。
「授業があるから俺はこの辺で退席させて貰う。あとで自治会室にも顔を出す。それでいいかな?」
「ああ、そうだな」
再び曖昧に肯くキースを、アーシュラは苦々しげに睨み付けていた。ミロと一緒に部屋を出て行こうとしたカスパーだが、途中で足を止めてキース、アーシュラの横にいたアマンダに声を掛けた。
「それでどう?」
「……どうって、何がですか?」
きょとんとして聞き返すアマンダにカスパーはウィンクしてみせた。
「あれ、忘れちゃったの? 僕とデートしないかって話」
「ええ、本気だったんですか? だって私より、会長やアーシュラさんの方が……」
「私を巻き込むな、アマンダ!」
もじもじしながらそう答えるアマンダに、アーシュラは心底嫌そうに言った。
「生憎と自治会役員の中では、僕の好みは君だけなんだよ。いい返事を待ってるよ」
そう言うとカスパーは部屋から出て行った。ミロやカスパーたちを見送ると、キースは一つ嘆息してみせた。
「やれやれ……。時間はまだ有るな。僕は会長の所に今の件を報告に行くよ」
「私はまだ授業があるので」
ぺこんと頭を下げてアマンダが先に出ていく。カスパーにからかわれたと思っているのか、どうにも今ひとつ居心地が悪そうに思えた。
「私も同行する、キース。カスガにはひと言言っておきたい」
憤然としてそう言うアーシュラにキースは少し意外そうな顔をした。
「君は会長に心服してるのだと思っていたんだけどな」
「カスガは信頼している。しかし今は別だ。ミロに入れ込みすぎだ」
アーシュラは吐き捨てるようにそう言った。
「あいつは秩序やものの順序という事を知らない。好き勝手にやり過ぎだ」
「それはまあ、そうだが……」
煮え切らないキースにアーシュラは食ってかかった。
「そもそもお前ものんびりはしていられないだろう? このままでは次期会長をミロに取られてもおかしくない」
「それはさすがに……」
キースは後の言葉を飲み込んだ。確かに無いとは言い切れない。生徒、学生の間で徐々にミロの人気は高まっている。
もちろんアーシュラのように反発を示す向きもあるが、全体としては貴族、市民双方分け隔て無く支持を得始めているのだ。
自治会長は一部の限られた上級貴族出身者の間で持ち回りされてる現状とはいえ、建前場、選挙を行わなければならない。次期自治会長選挙にミロが立候補する事になると言えば番狂わせが起きないとも限らない。
「いや、分かってる。分かっているさ……」
キースは自分に言い聞かせるようにそう答えた。
◆ ◆ ◆
「ミロ……!」
集会棟の建物から出るなり、スカーレットが息を切らせて駆け寄ってきた。
「おやおや、可愛いお嫁さんだよねえ。旦那さんを待ちかねたかな」
カスパーがそうからかうが、スカーレットの表情はかなり切羽詰まった様子だ。一目でただ事では無いと分かる。
もっともカスパーもそれを分かったからこそ、敢えて冗談を飛ばしたのだ。
「それじゃ僕たちは先に授業へ向かわせて貰うよ。行こうか、アフカン」
「うむ」
二人は連れだって校舎の方へ向かった。
「何があった?」
ただならぬ気配を察してミロは尋ねた。
「ああ、ちょっとまずい事態だ」
そう言うとスカーレットは周囲に目配せする。人影は少ない。声が聞こえそうな場所には誰もいない。
「気にするな。今さら聞かれてもどうという事は無いだろう」
「……お前、その言い方はちょっと嫌らしいぞ」
スカーレットは少し頬を染めて言ったが、ミロは笑みを浮かべただけだった。気を取りなおしてスカーレットは話し始めた。
「ロンバルディ侯爵家のギルフォードがこの学園に入学してくるらしい。先程マリウスさまから連絡があった」
「ギルフォード?」
聞き覚えの無い名前だ。しかしロンバルディ家というのは知っている。有力な貴族だが当主が大層な放蕩者で余り良い評判は聞かない。
「皇位継承者、つまり皇子だ」
そしてスカーレットは声を更に潜めて付け加えた。
「お前と同じだ。表面はな」
「同じ学校に皇位継承者が二人か。良くある事なのか?」
「知らん。皇位継承者は成人するまで身分を明かさぬ事になってるからな。ギルフォードはこの前二十歳になったばかりだ。皇子である事も公表した」
「ほう、皇子さまらしく白馬に乗ってやってくるのか?」
ミロの冗談にスカーレットは別の意味で真っ赤になった。
「茶化すな! まったくお前は……」
突然、大声を上げたスカーレットに、少し離れた所を歩いていた生徒や学生たちが、ぎょっとなって振り返る。それを見てミロはスカーレットの肩を抱き寄せた。
「悪い、悪い。それで何だっけ」
そしてスカーレット同様、声を潜めて付け加えた。
「これなら大丈夫だろう。それで何が問題なんだ。そのギル皇子」
確かにこれだけ密着すれば、傍目には痴話ゲンカの収拾を図ろうとしてるカップルに思えるだろう。
スカーレットは肩に回されたミロの手に、決まりの悪そうな一瞥をくれてから言った。
「ギル皇子は本物のミロと面識がある。それに奴の狙いは多分、ルーシアだ」
ミロ・ベンディットの身代わりとなっているアルヴィン・マイルズは何も答えなかった。ただスカーレットの肩に置かれた手が一際強く握られただけだった。
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