03-09:「臨時で特別か」

「一人で来いと言ったはずだが……」

 翌日、自治会役員室に現れたミロたちを見てキースは憮然とした面持ちで言った。


「一人で来いとは言われていない。それを言うなら自治会長以外の役員にもご退席願いたい。メールには『自治会長カスガ・ミナモト自らお話がある』としか書いていなかった」


 キースは無言でメール送付を行ったアマンダに目をやった。アマンダは狼狽しながらも頭を上げた。


「す、すいません!! 書き忘れていたみたいです」


「なぁに、気にするなって。そうだ、いい考えがある。きみ、アマンダ・ブレアさんだったね。僕とデートしないか? 退屈はさせないよ」


 そう声を掛けたのはミロに着いてきたカスパーだ。ミロは他にもスカーレットとアフカンを連れてきていた。


「いえ、その……。それには及びませんので……。あ、お茶を淹れてきます」


「まぁいいわよ。別にシュライデンくん一人じゃ無きゃ困るわけでもないし。どうぞ座って座って」


 苦笑を浮かべてカスガが椅子を勧めた。


「ミロで構わない。俺も自治会会長室がこんなに狭いとは思わなかったのでな」


 ミロの言う通り、九人も入れば部屋は一杯だ。


「会長室は別にあるんだけどね。ここは役員室。みんなと打ち合わせをする部屋よ」


 そう言うカスガにミロは尋ねた。


「なるほどな。それはそれとして一つ質問がある。自治会長殿」


「ええと、それじゃミロ。私もカスガでいいわ。それで質問は?」


 その言葉にキースとアーシュラは不快な顔をしたが、カスガはそんな二人を意に介してないようだ。


「俺の仲間がこの自治会棟一階のロビーで足止めを食らっている。もちろん全員来てもこの部屋には入れなかっただろうが、なぜ仲間が止められたのか。その理由を聞きたい」


 ミロの問いにキースは壁に掛けてあるディスプレイを操作した。画面に一階ロビーの様子が映る。監視カメラの映像だ。音声は聞こえないが画面ではマットやエレーミアラウンダーズの連中が、執行部員たちともめている様子が映った。


「市民階層出身の生徒か」


 キースは露骨に侮蔑を含んだ笑みを浮かべてミロの方へ振り返った。


「この自治会棟ビルには、市民階層出身の学生、生徒は特別な許可が無いと入れない。今回、会長が名指しで招待したのはミロ、君だけだからな」


「生徒、学生のまとめ役足る自治会に、特定の生徒だけが入れないとは理解に苦しむな。第一、学園規則のどこを見てもそんな項目は無いぞ」


 ミロの問いにキースはさも当たり前だと言わんばかりに答えた。


「貴族出身の生徒、学生しか自治会役員、執行部員になれないからだ。決まっている。あぁ、それとな。規則を持ち出す前に言っておく。規則には明記されてないが、そういう慣例になっているんだ」


 キースの言う通りだ。事実上、自治会役員と執行部員は貴族出身の生徒、学生しかなれない。自治会会長は選挙で選ばれるが、これも有力貴族出身者による持ち回り。


 役員、執行部員は会長が選任するが大抵貴族出身者が選ばれる。


 上級貴族出身者ならそれぞれが自らの取り巻きフォロワーを持っており、いざという場合、結果的に多くの人間を動員できるのだ。


「ならば今すぐに撤回しろ。自らが選んだ自治会長に生徒、学生たちがいつでも会いにいける。それが一般社会、一般的な学校の慣例だ」


「その慣例はいつ……」


 ミロに反論しようとしたキースだが、直前で思いとどまった。ここでうかつに『いつどこで決まった慣例だ』と問えば、それがそのまま自分にも返ってくる。唇を噛むキースだが、すぐにカスガが事態収拾に動いた。


「確かにミロの言う通りね。これからは一般市民出身の生徒、学生でも自由に自治会棟に入れるようにします」


「会長!」


「それであなたを呼び出した理由だけど……」


 キースが声をあげるが、カスガは無視して話を進める。キースの意見など聞くつもりがないという事だ。


「ミロ・シュライデン。あなたに自治会臨時特別執行部員をお願いしたいの」


「臨時で特別か」


 そう言うミロの横で、アフカンが肯いた。


「ああ、要するに一定期間、特定の件のみに対応してくれと言うわけだな」


「止めておけ、ミロ。間違いなく厄介事を押しつけられるぞ」


 スカーレットもそう言うが、ミロの考えは違うようだ。座った椅子から身を乗り出して尋ねた。


「詳しく聞かせてくれ」


「学園内で一部貴族、いわゆる下級貴族と裕福な市民層出身生徒の間で、色々とトラブルが起きてるのは知ってるでしょう」


ポテト派とローカスト派だね。今さら再確認するほどの問題では無いでしょう。会長」


 横から口を挟むカスパーをカスガは一つ睨み付けてから話を続けた。


「ミロ。あなたにその調停をお願い……」


「きゃあああ!!」


 時ならぬ悲鳴が上がり、皆が声の主の方へ視線を向けた。悲鳴を上げたのはお茶のカップを配っていたアマンダ。


 その横にはカスパーが座っていた。すぐさま色めき立ったアーシュラがカスパーに詰め寄った。


「貴様、アマンダに何をした!」


 そんなアーシュラにカスパーは平然として答えた。


「尻を触った」


「……は?」


 余りにも堂々とした受け答えだったため、アーシュラは返す言葉に窮した。そんなアーシュラとは対照的に、当の被害者たるアマンダは少し照れ笑いを浮かべてカスパーの頭を叩くだけだ。


「もう、いい加減にしてください。キンスラーさん!」


「ははは、カスパーでいいよ」


 呆気にとられている一同の中で、ミロだけが苦笑を浮かべていた。

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