01-07:「これでよろしいか?」

 へさき同士が接触する刹那『紅い狼』が回避運動に入る。


 一方、前方から突っ込んできた装甲客船『シラキュース』はその方向を変える事は無かった。


 宇宙空間だから当然、音などはしない。しかし周囲の僚艦内でその光景を見守っていた海賊たちは、宇宙空間が波打ち、両艦に打ち付けきしみを上げる音を聞いたような気がした。


『シラキュース』の舳が激突しようかと思われた寸前、辛うじて『紅い狼』はそれを回避する事には成功した。しかしバンスが心配した通り、『紅い狼』最外装甲の一部を『シラキュース』の舳が削り、双方に振動が走った。


          ◆ ◆ ◆


「うお!! 来た来た!」


「おー! 揺れてる揺れてる、あはははは!!」


『紅い狼』ブリッヂ内では乗員が衝撃と振動に声を挙げていた。しかしそこは経験のある元軍人そして現役の海賊だ。パニックに陥る事など無い。この程度で沈む事は無いと分かっている以上、楽しんでいる様子すらある。言うまでもなくその余裕は経験があればこそだ。


 通信用ディスプレイの向こうにいる少年は相も変わらぬ落ち着いた風情でこちらを見つめていた。背後に映るブリッヂでは、乗員が少なからず慌てているのが見て取れるにも拘わらずだ。


 この野郎……!


 自分を睨み付けるアロンゾの視線に気付いていないはずがない。しかし少年が反応を返したのは、二隻の艦が完全に通り過ぎてからだった。


「ご苦労。もう少しばかり急いでくれれば有り難かったのだがな」


 この自信、ふてぶてしさ。アロンゾのみならず『紅い狼』ブリッヂのそこかしこから笑い声が上がったほどだ。


「おい、クソガキ。俺の艦に傷を付けたんだ。名前くらい教えていけ」


「知らない方がお互いのためだ」


 そう言うと少年は自分の船の乗員にDEXを起動して、リープストリームへ突入する準備をするように命じた。

 そんな少年にアロンゾは重ねて尋ねた。


「この借りを返さないと気が済まないんでな。大人の言う事は聞くもんだ、クソガキ」


 少年はアロンゾへ一瞥をくれると答えた。


「ならば自分で調べろ、海賊」


 そう言うと少年は一方的に通信を切ってしまった。


「首領。ライアンから連絡が来ました。高速艇内のレーザー機雷ですが……」


「どうせデコイだろ」


 先に答えを言われてしまった通信手は罰が悪い顔をするだけだ。


「クソガキのやり方が分かったぜ。今さら分かっても意味ねえけどな」


『紅い狼』の艦尾方向を映すディスプレイ上では、リープ閘門の煌めきに向かって加速している装甲客船の姿が映っていた。それを見やりながらアロンゾは言った。


「バンス」


 長年、苦楽を共にしてきた仲だ。すべて言わずともアロンゾの用件は承知している。


「分かりました。出来るだけの伝手を使って調べてみましょう。あれほどの装甲客船。大貴族と言えども私用で使える者は多くはないでしょう」


「おう、頼んだぞ」


 そう言うアロンゾの横顔には、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。


          ◆ ◆ ◆


『シラキュース』はDEX起動時特有の霧のような現象に包まれながら、リープ閘門を通り抜けようとしていた。


 リープ閘門を通り抜けると、その先は雲の中を思わせるチューブ上の空間が続いている。淡く発光する雲の間からはリープストリーム外の星々が覗いていた。この空間内では相対性理論を無視して光速度の何倍、何千倍もの速度で移動できるのだ。


 無事に『シラキュース』がリープストリームに突入した事を確認するとミロは無言で踵を返す。VIPシートに戻る途中で足を止め、所在なさげにしていたハッチソン船長

に声を掛けるのも忘れなかった。


「有り難うございます。ハッチソン船長。あなたのおかげで海賊から逃れる事が出来ました」


「あ、いえ……。そう言って戴けるなら……」


 突然の言葉に船長の方が狼狽していた。


「やはりミロ皇子が……」


「ああ。間違いなだろうな。ルブー辺境区で偽辺境伯マクラクランを倒した、あのミロ御本人だ」


「惑星エレーミアのミロ……。やはりミロ皇子だったのか」


 ブリッヂのあちらこちらでそんな囁きが聴いて取れた。VIPシートを隠していたパーティションが上がり、ゼルギウスがそんな囁きを戒めるかのような鋭い視線を送ると、ブリッヂ乗員たちはみな口をつぐみ自分の仕事へ戻った。


 ミロはVIPシートに歩み寄り、今度はゼルギウスに向かって言った。


「これでよろしいか?」


 その口調はいささか堅い。海賊や船長にかけた時とはまったく違うものだ。ミロの問いにゼルギウスは無言のまま小さく肯くだけだった。


 それを確認するとミロは小さく会釈してVIPルームの後ろにあるドアから出て行った。


「ちょ、ちょっと待て……」


 腰を浮かしかけてミロを追いかけようとしたスカーレットだが、ゼルギウスを気にして足を止める。


 しかしゼルギウスはスカーレットをちらりと見やっただけで、特に何も言う事は無かった。


 これを肯定のサインと解釈したスカーレットは小さく礼をしてミロを追いかけた。

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