01-05:「我に道を空けよ!!」
「たまにこういう連中がいるんだよな」
今までの軽い調子とは打って変わって、アロンゾは吐き捨てるようにつぶやいた。
「乗員を見捨てて自分たちだけ逃げ出す貴族さまや金持ちがよ……! 分かっていたぜ、この宙域に乗り込んで来た時の、臆病な操船振りからしてな!!」
貴族だか資産家なのかは分からないが、船を捨てて自分たちだけ脱出したわけだ。
脱出した高速艇がリープストリームに飛び込むまで、客船とその乗員には身を捨てて海賊つまりアロンゾたちを、足止めさせるという腹づもりなのだろう。
アロンゾに言わせれば最低最悪の判断。これなら金で通してくれと言ってくる方がまだましだ。
「首領、客船の方はどうします? 結構、撃って来てますぜ」
火器制御を担当してる乗員がそう尋ねた。
「所詮、客船の自衛用だ。狙いも目茶苦茶だし、当たったところでこの船が沈むわけもなし。適当にあしらっておけ。どうせ客船に乗ってるのは逃げだした連中の家臣や部下だ。被害者だ。逃がしても構わん」
「高速艇がライアン隊に接近します。映像が来ました」
通信手がそう言うとメインディスプレイに新たな映像が浮かぶ。夜の海面のように光が揺らいでいるリープ閘門にダーツのような形状をした高速艇が向かっている所だ。その周囲には無数の岩塊が浮かんでいる。
その時だ。岩塊のいくつかが突然ばらばらに吹き飛んだ。その中から現れたのは、先端にくちばしのようなパーツを付けた小型艇だ。これが
高速艇を映し出していた画面にも一斉に細かな岩塊の破片が飛び散る。この映像も別の
接近してくる
移乗攻撃、
古代から中世にかけて水上船に積める火器に制限があった時代には盛んに使われた攻撃手段だったが、兵器や造船技術の発展と共に廃れていったのである。
それが宇宙時代になって復活したのだ。惑星上で使う以上、水上艦艇には自ずと大型化には限界がある。
しかし宇宙で使用する限り宇宙船の大型化はほぼ制限がなくなり、また水没もしないため、航行不能になっても内部に立てこもり抵抗される場合が増えたのだ。
そこで敵艦艇に乗り込んで制圧、あわよくば奪取を目的とした
当たりそうにないまま乱射されるレーザーをかいくぐり、一隻目の強襲艇が高速艇に接舷。
くちばしを思わせる
敵が大型で純然たる戦闘用ならば、続いて二隻目、三隻目と続けざまに取り付くのだが、今回の相手は小型の高速艇だ。
先頭の一隻だけで充分。残り二隻の強襲艇は前方に回り込んで高速艇の進路を塞ぎ押さえ込んだ。
抵抗は無意味と分かったのか、高速艇は減速してレーザーによる反撃も止んだ。攻撃が止んだのはアロンゾが乗る艦の前方にいる客船も同様だ。
「こちらライアンです。これより目標の高速艇に突入します」
「よし、いつも通りやれよ。ビビって逃げ出すお貴族さまだ。大した抵抗はしないと思うが、ボディガードがいる可能性がある」
「分かってますって。司令」
「首領だ」
これで今回の仕事はほぼ終了。アロンゾは安堵しながら通信を切った。
「前方の客船はいかがいたしましょう。攻撃は止めましたが、未だにこちらへ向かって微速接近中です」
バンスの言葉にアロンゾは客船が映るディスプレイに視線を戻した。客船はそのままの速度でアロンゾが乗る海賊船へ向かってきている。背後にあるリープストリームの入り口リープ閘門へ突入して、この空域を離れたいのだろう。
「逃がしてやれ。どうせ乗ってるは家臣や部下たちだけだろう。主人が逃げ出すのを援護できなかったと叱責されるかも知れないが、俺たちの責任でもないし、そもそも逃げ出す方が悪い」
「分かりました。右舷回頭します」
アロンゾが命令する前に操舵手がそう言った。真正面から艦艇がすれ違う場合、相手の左舷を見る方向へ回避する。これは地球時代からの伝統として今も残っていた。
おかしいな……。
アロンゾはその事に気付いた。客船は回避する気配がない。そのまま突っ込んでくる。
しかもリープストリーム突入に備えて収納されるかと思ったレーザー砲も、新たな目標に向けて照準を変えたようだ。
……しまった、やられた!
アロンゾがそう叫ぶ前に、高速艇へ突入していたライアンからの通信が飛び込んできた。
「司令! 大変です!! やられました!!」
「どうした!?」
ライアンの緊迫した口調に尋ねるアロンゾも声がうわずった。
「高速艇の内部には誰もいません! あと格納庫には……、レーザー機雷が入っています!!」
しまった! アロンゾは唇を噛んだ。
「レーザー機雷はどんな状態だ?」
「格納庫に入っていますが、周囲は金属製の柱で囲まれています。船舶用の梁だと思いますが急遽、設置したようで作りは雑です」
レーザー機雷は内蔵した超小型核爆弾を爆発させ、それによって発生したエネルギーで周囲に強力なレーザーを発射する兵器。
基本的な理論は数百年も昔、二〇世紀末には成立している。もしも起動すれば高速艇内部に乗り込んでいるライアンたちはもちろん、周囲にいる強襲艇も間違いなく撃破される。
海賊『紅い狼』は貴重な
撤収だ……!
言いかけた言葉を飲み込む。向こうはここまでの仕掛けを用意したたのだ。見つけたらすぐに逃げ出す事は想定した上で、さらに罠を張っているに違いない。
アロンゾはまず自分を落ち着かせてから、改めてライアンに尋ねた。
「レーザー機雷の状況はどうだ? そこから時限式かリモコンか、とにかく起動手段は分からないか?」
「駄目です。梁で囲われて接近できません。壊すにせよ手持ちの道具では小一時間ほどかかりそうです」
続いてライアンと一緒に高速艇に乗り込んだ他の部下から通信が入った。
「高速艇の操縦席ですが、こちらも金属製の梁が溶接されて中には入れません。でも見たところここまでの操船と射撃は外部からのリモコンではなく、予めプログラムしてあったようです」
するとここまではまんまと向こうの目論見に填まってしまったという訳か。ならばレーザー機雷に関しても目論見通りになってる可能性が高い。
しかしあの客船に乗って、今の俺たちをにやにや笑いながら見ているであろう相手は、一体全体どういう目論見を持っているのだ?
アロンゾは自問するが正答は見つからない。
「客船の自衛用レーザーの標的が分かりました。この『紅い狼』艦腹のハッチです。全レーザー砲がハッチを狙ってきています」
今度はレーダー手がそう言ってくる。
向こうはピンポイントでこちらの弱点を狙ってきたか。本来、戦闘は艦首を向け合い撃ち合う。脇腹を晒す事はまずない。しかし今は例外だ。戦闘の意思がないと見て、回頭の為、脆弱な脇腹をさらしてしまった。
そこに狙いを定められたのだ。レーダー手は続けて報告した。
「この狙い方……。自動じゃありません。マニュアルです。ハッチの隅を狙っているものと、中央を狙っているものがあります。最初の一撃でハッチを吹き飛ばして、続けざまに開口部へ撃ち込むつもりのようです」
どうやらそれなりに腕に覚えがある人間が乗っているようだ。
ハッチの内部には倉庫、そして兵士用居住区。さらには士官用居住区とこのブリッヂへと繋がる通路がある。直撃されたらここもただでは済まない。
やべぇな、完全に向こうのペースだ。何とかしないと……。
その時、通信手が報告を寄越した。
「首領、目標の客船から通信を呼びかけてきています」
交渉か。その報告にアロンゾはむしろホッとした。これならこちらのペースで話を進められる。
「つなげ」
アロンゾがそう指示すると、ブリッヂ中央にカメラ一体型の通信用三次元ディスプレイがせり出してきた。すぐにそこに映像が表示された。
映ったのは長身痩躯、黒髪の少年。身につけてるのは帝国学園士官候補生用コースの制服。それそのものは特に珍しくも無く、学年章やクラス章もないので、少年がどこの学園の生徒なのかは分からない。
年の頃は一六、七歳というところだろうか。まだ幼さを残しているものの、甘さとは無縁のマスクだ。
そしてなによりも印象的なのは、黒曜石を思わせる独特の輝きを放つ瞳。まるで刃のようにディスプレイの向こうからアロンゾへと突き刺さってくる。
経験豊富な元帝国宇宙海軍大佐、そして海賊の首領であるアロンゾも思わずたじろぎ、すぐに言葉を発せられなかったほどだ。
なぜ年長者の船長や船のオーナーが現れず、制服姿の少年が映ったのか。アロンゾにはそれを訝しむ余裕もなかった。ただ余りの威圧感に彼が交渉相手なのだろうと察するだけで精一杯だったのだ。
我に返ったアロンゾは口を開き掛けた。少年はまるでそのタイミングを見計らっていたようだ。
少年は言った。
「
その声はまるで砲声のようにブリッヂに響いた。
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