01-02:ミロ・ベンディット 帝国第13皇子

 21世紀中頃、人類は木星周辺で謎の発光現象を確認。発光現象の観測の為、木星へ向かった探査船『セーガンIII』は、その周辺で正体不明の金属製立方体を多数発見、回収に成功した。


『ドーヌム』と名付けられた一辺60センチほどの金属製立方体は、地球人類以外の知的生命体により作られた、様々な機械類と判明した。


 大半の機械は用途不明だったが、幾つかは発光現象の正体を探る手がかりをくれた。


 発光現象は真空の揺らぎであり、銀河系を縦横に走る、いわば超空間の川であった。それを利用して光よりも早く宇宙を移動する事が出来るのだ。


 発光現象が最初に確認されてからおよそ百年後。人類は『リープストリーム』と名付けた超空間の流れを利用して、勇躍、恒星間へ乗り出したのである。


          ◆ ◆ ◆


「くそ! リープ閘門ロックが目の前だというのに!!」


 シュライデン一族が所有する豪華客船『シラキュース』のブリッヂでは、ウォーレン・ハッチソン船長がそう呻いていた。


 ブリッヂの前面には立体映像ディスプレイ。そこには周辺空域の模式図と外部の様子が映し出されていた。


『シラキュース』の前方映像中央には、星空を映す夜の水面を思わせる輝きがあった。


 それがリープストリームの入り口であるリープ閘門。ただ接近してもそのまま通過するだけだが『ドーヌム』から得られた真空のゆらぎを拡大する装置DEXディストーションエクステンダーを使えば、そのまま次元を越える超空間の川へ飛び込み、超光速で飛行出来る。


 しかしその輝きと『シラキュース』の間には、一隻の宇宙船が立ち塞がっていた。この時代に地球人類が使用している宇宙船は、一見すると摩天楼が建ち並ぶ街の一角がそのまま浮いているような形状をしている。


『シラキュース』とその前に立ち塞がる宇宙船も概ねそのような形状をしているのだが、一つ大きな違いがあった。


『シラキュース』の前に立ち塞がる宇宙船は、艦腹に巨大な紅い狼のマークが描かれているのだ。


 しかもそれは一隻だけではない。『シラキュース』周辺を映し出す立体ディスプレイを見れば、大小十隻を越えるの艦隊に取り囲まれているのが分かる。


「追加の防盾シールド艇を出せ。それを盾にして対艦レーザーとレーザー機雷で強行突破を……」


 まるでハッチソン船長がそう口にするタイミングが分かっていたかのようだ。突然、立体ディスプレイが真っ赤な警告表示で埋め尽くされ警報が鳴り響く。続いて『シラキュース』全体が再び揺れた。


「船首レーダー大破。後部ブロック最外層の三割にダメージ。威嚇射撃です。前方および後方の海賊船三隻からの対艦レーザー砲撃です」


 ブリッヂクルーがそう報告した。


「ええい、防盾艇はどうした! 死角を作らないようにしろと言ったではないか!」


「この船に装備している防盾艇だけでは、完全に死角を無くすことは不可能です。それに敵海賊船の射撃はかなりの腕前です。防盾艇の隙を狙って、しかもこちらに致命的なダメージを与えないように……」


「もういい!!」


 ハッチソン船長は苛立ちに任せてそう怒鳴りつけた。


 大貴族シュライデン一族所有とは言え『シラキュース』はあくまで客船。


 頑丈な作りだが、武装と言えば自衛用の対艦レーザー砲にレールガン。レーザー照射を反射、分散させる防盾シールドを展開する無人小型艇が十数隻。そして緊急用のレーザー機雷を数基装備しているだけ。さらに言うのならば『シラキュース』を預かっているハッチソン船長も、戦闘については全くの素人だ。


 なぜ私に今回の任務が任されたのだ。


 ハッチソン船長は唇を噛む。シュライデン一族に仕えてから二十年余り。要人が乗る客船を任されていたが、それは観光や視察目的の航海に限られていた。今回のようにきわめて重要な人物の移送など経験が無い。


 言うまでもなく要人移送はテロリストや宇宙海賊の標的になる。そこで遠回りをしてでも、安全を期する事を優先したのだが、それが完全に裏目に出てしまったのだ。


 この一帯にはリープストリームの入り口であるリープ閘門ロックが多数存在する。しかし同時に重力場の関係で無数の小惑星や分厚い星間ガスが漂っており、余り利用される事が無いのだ。


 それならば安全だろうと、このルートを選んだのだが、逆にそこで宇宙海賊の待ち伏せに遭ってしまったのである。


「強行突破するか? しかしそれは無謀だ。必ず被害が出る。では一旦、撤退……。後方の包囲網には隙がある……」


 ハッチソン船長はそうつぶやきながら、周囲の立体ディスプレイに頭を巡らせた。その視界の隅にある光景が入ってきた。『シラキュース』ブリッヂは概ね扇型をしている。船長の席はその中央に有り、その背後、扇ならばちょうど要に当たる部分には、透明なドームに覆われたシートがいくつかある。いわゆるVIP席だ。


 いまそこに座っているのは『シラキュース』の事実上のオーナーであり、シュライデン一族の長老ゼルギウス・シュライデン。その横には帝国士官学校の制服に身を包んだ少女が座っていた。


 ちょうどその時、VIPシートの背後にあるドアが開いた。そのドアは艦内エレベーターに直接繋がっている。


 開いたエレベーターのドアから入ってきたのは、黒髪で痩身の少年だった。


 その少年こそがハッチソン船長が『シラキュース』で移送する事になってる人物。


 ミロ・ベンディット。汎銀河帝国インペリウム パンギャラクシア第13皇子。その人なのだ。


 ミロ皇子が『シラキュース』に乗っているのは最重要機密事項。取り囲んでいる海賊連中も、さすがにこの事実は知るまい。


 ならばこそ何が何でもこの包囲を突破せねばなるまい。もしもこの任務に失敗すれば……。


 ハッチソン船長はシートの肘掛けを握りしめ懸命に考えを巡らせるが、出てくるのは脂汗だけで、窮地から脱出できる名案はついぞ浮かばなかった。

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