第三十一話:元・異世界勇者と元・魔王様最高幹部


「フハハハ! どうした! 逃げてばかりか勇者よ!」


「くっ……やり辛い」


 ラピズとアレハンドロの戦いに比べると、田中とアズールの戦いはかなり厳しい戦いを強いられていた。


 その原因を上げるとするなら二つ。


 一つは周囲に展開された感知用の術式、恐らくはアレハンドロの仕業だろう。

 そのため、こちらの動きが読まれやすく、相手の意識を上手く外しても反応してくるので田中は必然的に真正面からの戦いを強いられていた。


 無論、あくまで相手の隙をつくのが難しいというだけで真正面から相手を打倒するのも田中は不得手というわけではない。

 単に隙を突いた方が効率がいい、理由としてはそれだけで好んでいただけだ。


 だからこそ、真っ向勝負に持ち込むこと自体は田中にとっては問題は無いのだが、ここで厳しい戦いを強いられている要因の二つ目が大きくのしかかってきた。


「フハハハ! ただの魔法力で強化した木刀ではなァ!!」


「っ!」


 田中がおされている二つ目の要因。

 それは単純に装備の差であった。


 相手のアズールは仮にも大幹部の七天王の一体、向こうの世界において最高レベルの武器と防具で身を固めている。


 対して田中は動きやすさ重視の安物のジャージ上下に、武器もタダの木刀だ。

 一応、魔法で強化こそしているものの装備の差は明らかだった。


「切り裂けない……っ!」


「フハハハッ!! 装備の差は歴然! いくら魔法で強化したところで!!」


 そう言って突っ込んでくるアズール。

 今までは本気ではなかったのだろう、まるで瞬間移動をしたかと思うほどの速度で距離を詰めると徒手空拳で襲ってきた。


「っ!?」


「フハハハッ! どうした、どうした! その程度か勇者よ!!」


 まるで嵐のように降り注ぐ拳撃。

 碌な装備もない田中では致命傷になり兼ねない一撃一撃を田中は捌いていく。


 だが、持たない。


 田中は直感した。

 拳撃を逸らすために振るった木刀から嫌な感触があった。


 ミシリッという明らかにまずい感触が手に伝わった。

 咄嗟に距離を取ろうとするも、


「そこだ! ディアルバ!!」


 その隙を見逃さなずにアズールが放った魔炎。

 

 ――避けられない!


 それを理解した田中は木刀を深く握り、そして一閃。


「一の太刀―菫―」


 魔法力を一気に引き上げ放たれた剣閃は魔炎とぶつかり合い。

 そして――



 爆発。



「ぬぅ!?」


「ぐっ!?」


 両者共に反対方向に吹き飛ばされてしまった。


「ふん、仕切り直しというわけか……。いや、違うか」


「…………」


 田中はアズールの声には答えなかった。

 代わりに無言で残骸となった木刀を放り捨て拳を握り構えを取った。


「フハハハ、武器を無くしたな? どうする勇者よ」


「関係ない、無くても戦える。……ちょっとばかし戦い辛いけど」


「ハッ、徒手空拳はそれほど得意ではなかろう?」


「得手不得手は戦うかどうかには影響を与えない。田中として倒すべき相手がいるなら全力を持って戦う……それだけだ」


「フハハ、御高説をどうも。しかし、勇者タナカよ。こうして大人しく言葉を交わす辺り、やはり苦しそうだな?」


「ぐぬ……」


 アズールの言葉に田中は少しだけ呻いた。

 痛いところを突かれてしまったからだ。

 口では息巻いては見せたものの、武器となるものを失ってしまったのはかなり辛い。

 敵に対する田中の剣術に容赦というものは無く、先程までの攻撃だって十分に本気で放っていた。


 だが、結果はこの通り。

 更には一番得意とする獲物を失ってしまった以上、状況は悪化する一方だ。



「だとしても関係ない。田中は田中としての役目を果たすだけだ。アズール、お前が悪を為す以上、田中は田中としての使命を全うする」


「フハハハ、虚勢を張るものではない。かの聖剣もなく、防具も碌に着ず、剣を失い、更には魔王様との戦いの傷も癒えてはおらぬだろう? そして、何よりもこの世界では忌々しき女神の後押しもない。……貴様はもはや勇者タナカではなく、ただの田中に落ちてしまった。そうではないのか?」


「どういうことだ」



 アズールの嘲笑。

 だが、田中は揺るがない。

 何故なら田中だからだ。


「勇者よ。貴様のことはずっと見てきた。私は貴様がフィンガイアからこちらへ帰った時に一緒に紛れてこの世界にやって来たのだ」


「……なに?」


「召喚魔法と対を為す帰還魔法の発動、その際の時空の乱れを利用して私は貴様を追いかけた。逃がすものか……と思ったのだ。魔王様を討った勇者タナカ……貴様が去ったフィンガイアで再起しようとしたところで何の意味がある?」


 アズールは言った、それでは意味がないなのだと。


 田中が去ったフィンガイアで魔王軍を再起させて、仮に一大勢力となって世界の征服という魔王ですら出来なかった偉業を為したとしても、陰では「勇者から逃げて帰ってから暴れ出した臆病者」と揶揄をされる。

 それは許せるものではなかった。


「だからこそ、無理を承知で時空の乱れに自身をねじ込んだ追いかけたのだ。流石に無茶をし過ぎたのか、こちらに来た時にはかなりの力を消耗ししばらく動くことも出来なかった。ようやく、動けるようになって勇者……貴様を見つけたのは今から半年前のことだった」


「半年前? 半年前と言うと……」


「ああ、そうだ。半年前、星の綺麗な夜に私は決着をつけるべき敵である勇者……貴様を見つけたのだ! そう――」






「死んだ目をしながら夜勤のコンビニアルバイトをしている貴様をなァ!!」


「…………」






 田中は目を逸らした。


 不退転の田中としての矜持の下、

 因縁の敵である七天王の一人でもあるアズール相手に、

 睨み合っていたというのに、田中は思わず目を逸らしてしまった。


 アズールの言葉はまだ続く。



「なんだあの死んだような目は! 勇者として心の強さはどうした!」


「夜勤のコンビニバイトって変な人、マジで来るんで……仕事量もあるし、理不尽な内容でキレられて怒鳴られるわ。それで頭下げて、どんどん心が死んでいくというか」


「クレーム相手に軽々に頭を下げるな! 理不尽な内容のクレームであっただろう! 昨今の事情でレジ袋が無料じゃないことぐらい当たり前になった時期、更には必要な方が「レジにお申し付けください」と注意書きまで貼ってあった。それなのに「レジ袋がないのはおかしい」など、「聞かなくてもレジ袋も入れておけ」だとか、「注意書きなんて読まない、不親切だ」などと……なにを抜かしているのだあの婆! そんな相手に勇者! 貴様はペコペコと……っ!!」


「いや、客商売だし」


「へらへら笑いながら凡俗相手にレジ打ちをして、横柄な客には舌打ちをされる。商品出ししている店に来た不良のガキ相手に「邪魔」の一言で軽く足で小突かれて舐められる。それが仮にも魔王様を討ち倒し、世界の一つを救った勇者への態度か?!」


「こっちではただの経歴に行方不明の時期がある中卒の二十歳だから……。改めて考えると田中ヤバいな。……いや、しかしアフラフを始めたお陰でバイトはやめれたし、生活だって上向きに……」


「――なった給金をゲームやプラモデルの新作を買い込み、休日は家に引き籠って趣味に埋没する。魔法少女と酒盛りしてぶっ倒れ、次の日の二日酔いに地獄を見る……勇者の姿か、これが?」


「じ、事実陳列罪……」



 アズールの怒涛のに田中の精神はグロッキー状態だ。

 田中的であるはずの田中の精神が、だ。



「フハハハ……この程度の言葉で揺らぐなど、やはり貴様は堕落したのだ。勇者タナカ……いや、元・勇者タナカよ。かつて勇者だった男よ。堕落ししまったというのならこの手で――」


 そう言ってアズールは剣を取り出した。

 「傲慢のアズール」の力を結集させた黒き稲妻の魔剣――プライド・ディード。


 全てを滅ぼす雷霆の魔剣である。



「露と消えるといい。勇者だった男よ」



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