第二十六話:元・魔法少女と元・異世界勇者



 ――「ようこそ、いらっしゃいました。我らの呼び声に答え、異なる世界からやってきた救国の勇者様。お名前を教えて頂いても……?」


 ――「えっ? あー、あのー……た、田中です?」


 ――「タ、ナカ……タナカ様ですね? 勇者タナカ様、ともに魔王を討ち倒し、世界に光を取り戻しましょう」


 ――「あっ、はい」


 始まりはそんな咄嗟に出た言葉からだったという。


 夢にまで見た高校生活。

 青春の一ページが始まるかとワクワクしていた時期、突然謎の光に包まれ――異世界に勇者として呼ばれ、使命を託された。


「田中は流されるままだった」


 咄嗟に名乗った偽名を修正することも出来ず、ただただ流されて田中は……タナカを名乗った男は戦いの日々へと身を投じた。


「田中には力があった」


 それでも田中には異世界勇者としての役目を果たすだけの力があり、やっていくことが出来たという。

 魔王軍の侵攻に抗えるだけの力があり、協力し合うことで何度となく勝利を掴むことが出来た。



「だが、それも振り返ってみれば単なる力任せ。勇者として与えられた力によって何とか出来ただけで……あの時の田中はタナカではなかった。勇者タナカではなかった。それを演じているだけの……いつも逃げることを考えているだけの男だった」



 田中は淡々と語る。

 感情を乗せず、ただ事実だけを告げるように。




「田中は嘘つきだった。本当の名前を告げるも出来ず勇者タナカだと煽てられ、戦地を渡る日々、怖くて痛くて辛くて――かと言って弱音も吐けないで……。ただ、田中はタナカを演じていた、みんなが求める勇者タナカを」


「でも、それも限界で田中はとある日に逃げ出した。次の戦地へとたどり着くまでの道のり、そこにポツンとあるよつな小さな村だ。田中は……そこで逃げ出した、誰にも見られないように村から離れた森に行った。そこでただ泣いた。家に帰りたいって。……そんな時だった。彼女にあったのは」


 彼女はその村のただの村娘だった。

 魔王軍の侵攻のせいか少し痩せ細った彼女は、田中を勇者一行の関係者だと思い話しかけてきた。


 そして、目をキラキラとさせなら勇者タナカの活躍の話をせがんできたのだ。


 ――「それで、それで!?」


 ――「あっ、ああ。それで町を襲っていた魔王軍の一派のボスをこう……剣で切り裂いて倒して……」


 ――「それで町を救ったのね! 凄いわ、勇者タナカ様! どんな人なのかしら……きっと、素敵な人に違いないわね。こんな田舎の村にまで話が聞こえて来るほど、勇者タナカ様は各地でみんなを助けているのですもの」


 ――「いや……それは無理やり……あとたぶん喧伝のために大分誇張も……」


 ――「もうすぐ妹が生まれるんです。もしかしたら弟かもしれないけど、私は妹がいいなー。お父さんたちは弟が良いっていうんですけど」


 ――「本当は口減らしもあるし、貯蓄も十分じゃないから「産むのをやめようか」……なんて。でも、勇者タナカ様が現れて各地の支配されていた町も解放されたって話を聞いて、「もう少しの辛抱だから」って決めたそうです」


 ――「…………」


 ――「勇者タナカ様は私たちに希望を与えてくださいました。妹を、あるいは弟をくださいました。だから、私……信じているんです。勇者タナカ様のことを」


 ――「…………」



 ――「お兄さんはどう思いますか?」


 ――「……そうだな。きっと勇者タナカは素晴らしい人なんだと思う」


 ――「そうですよね!!」



「田中は噓つきだ」



 ――「確か、勇者タナカ様たちは明日向こうの魔王軍の城に赴くのですよね。お兄さんも?」


 ――「そうなる」


 ――「きっと勇者タナカ様は勝ちますよね?」


 ――「……きっとね、死にたくはないだろうから。帰りにはここをまた通りがかることになる予定だ。その時は……」


 ――「ええ! その時にはまた教えてください勇者タナカ様の活躍を! 約束ですよ? 勝利のお祝いを用意して待ってますから!」


 ――「ああ、約束だ」



「どうしようもないほど……嘘つきだ。名前も偽り、心も偽り、正体も偽り、でも約束だけはした。そこまで本気にしてない、ただのその場しのぎの約束。彼女がただ真っ直ぐにありもしない田中勇者の在り方を信じているから。つい、口から出てしまった。そんな約束……」



 ――「これは……」


 ――「恐らくは別動隊だろう。生存者は……」


 ――「これは花輪か? 来た時にはこんなの……」


 ――「我々が戻ってくるのを信じて用意していたのでしょうか?」


 ――「……やり切れんな。もう少し、私達が速やかに城を落すことが出来ればあるいは――タナカ様? どうされました?」


 ――「タナカ様?」




「田中はタナカ《勇者》ではなかった。それがわかった、どうしようもなくわかった。田中がタナカ勇者なら、異世界勇者として相応しいタナカ勇者だったのなら……あの少女は、名前もまだ聞いていなかった少女は、きっと助けられていたはずだ。きっと死ぬ直前まで勇者タナカを信じて待っていたであろう彼女を……」




                   ◆




「田中はタナカとして相応しくない男だ」



 独白が終わる。

 普段の田中に比べると何処か小さく見えた。


「それに比べて佐藤は魔法少女としての在り方を最初から貫いている。だから――」


「田中」


 それがどうしようもなく瑠璃之丞はイラついたので、



「おらァ!」


「っ?!?!? な、何故殴るっ!?」



 ズゴンっ!!

 という音を響かせてその後頭部をエクセリオンを出してぶん殴ってやった。

 いつもなら回避できるだろうに無防備に食らったことに、更に瑠璃之丞のイラつきは増した。


「勝手に私を引き合いに出して消沈するな! 鬱陶しい! なんか私が悪いみたいじゃん!」


「うっ、それに関しては確かに悪かったけど……」


「あと、私を変に持ち上げるのもやめろ。単純に出発点が違うだけでしょ。私も……まあ、選択の余地はない状況に追い込まれてから魔法少女の身にはなったけど、最後の最後は自分で選択したことだからね。……アニメやゲームみたいな魔法少女になれるって浮ついた気持ちだって確かにあって、そう決めたのよ。要するに自業自得。でも、田中は違うでしょ?」


「…………」


「同意もなく異世界に引っ張られて、勇者なんて役割を与えられて望まれて振り回されて……私だって同じ立場になっていたら、きっと同じように流されていたでしょうね」


「でも、田中は」


「勇者タナカはやめなかったんでしょ? 馬鹿みたいに自分は田中だなんて言って……それは何故?」


「……嘘にしたくなかったからだ。田中はタナカに相応しくない、立派な存在じゃない。だとしても信じてくれた思いを無駄にはしたくない、だからずっと田中はタナカ勇者だと暗示をかけた。合わせる顔が無いから」


「そう」


 前々から疑問ではあったのだ。

 変なキャラ付けだな、と。


 まあ、異世界勇者なんてやってたやつなのだからそれぐらいのアクがあってもおかしくはないとスルーをしていたのだが……なんてことはない、こいつは普段から変身をしているだけだったのだ。

 瑠璃之丞が魔法少女ラピズ・ラ・ズーリになって振る舞うように、こいつは常に勇者タナカだっただけ……。


 ――全く、真面目なやつねコイツ。


「なら、それを貫きなさいな。他人と比較して自分の価値を決めるなんて、それはタナカ勇者的ではないでしょう?」


「それは……確かにそうだ。うん。これは田中的ではない」


「それに……さ。アンタは普段の自分のことを偽っていると思っているかもしれないけど、私からしたらその悩みはだいぶ前に解決したのと同じ悩みなのよね」


「そうなのか?」


「そっ、佐藤瑠璃之丞ラピズ・ラ・ズーリワタシよ。どっちも真実でどっちかが嘘ってわけじゃない。そりゃ、私だって最初はあくまで魔法少女としての私は別とか考えていたけど……いつの間にか境界線なんてなくなっていた。きっとアンタもよ、田中。確かにアンタも最初は勇者タナカとしての自分を意識して振る舞っていたんでしょうけど……」


 ――こいつ、自分で思っている以上に不器用ってことに気付いてないのよねー。



「聞くけど、じゃあ佐々木を助けようとしているのは勇者だから? 勇者なら助けるだろうから助けたいの?」


「?」



 瑠璃之丞の言葉にきょとんとした顔をする田中に吹き出した。

 この男は全く気付いてもいないのだ。


「はっ、ばーか」


「なんで罵倒!?」


 気にしているのはコイツだけ、多くの依頼を受けて慕われたのはあくまで演じている田中だと思っているのだ。

 馬鹿だなぁ、と思うもそこら辺を突っつくのは後でいいだろうと思い直す。


「まっ、田中が馬鹿なことを言ったってことで話はお終いね。さっさと作業に戻りましょう。早く佐々木の奴を助けないと」


「いや、その方針に関しては田中としては否はない。けど、これって殴られ損じゃないか? ちょっと佐藤が元気をなくしていたから元気づけようとしただけなのに」


「アンタの気の使い方は変なのよ。あんなされ方をされて、やる気なんて上がるかー! というかまあ、アレよ。互いに深い話はしなかったけど、これで色々と聞けるようにはなったわね。なんだかんだ異世界の話って気にはなっていたのよねー」


「前置きしておくと大体戦地でどうやって魔王軍の拠点を破壊したかとか、野戦で打ち破ったとか、暗殺したとかそういう血生臭い話ぐらいしかないが……」


「もうちょっと文化とか向こうの歴史的な話とかそういうのでいいから……。あっ、あと一つ思ってたんだけどさ」


「なんだ?」




「田中ってこっちに帰ってきて家族とゴタゴタして居場所がなくなったとか言ってたけど、もしかしてその時も「田中田中」言ってたんじゃないでしょうね?」


「田中は田中なんだから、自らを田中と称するのは当然」


「……バイト面接落ちまくったって話だけど、もしかして名前の欄は――」


「田中は田中なんだから、自らを田中と書くのは当然」


「…………」


「どうした、佐t――」





「このアホーーーー!!!」





 事情はまあわかった。

 とはいえ、コイツ一回躾け直した方がいいなと瑠璃之丞は心に誓った。

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